それは偶然であり、敵対は必然である。
「――ミディエル!! こっち!!」
「ま、待ってよ! ユフィリル!」
天界都市エンジェリアン。
空に浮かぶこの島には異世界に存在する悪魔を監視し、それを撃退する神の使い、天使達が暮らす街である。
そんな街の端には小さな森があった。
私達はその森を駆け抜ける。
その森を真っ直ぐに進むと、雲海の広がる崖に到着した。
「さあ、今日も人間界を見ましょう!」
「うん!」
崖から雲海を見下ろすと、その先には雲はなく、高い高層ビルの並ぶ人間界が広がっていた。
これが私達の最近の日課。
人間界を見下ろして人間達の生活を観察していた。
鬼ごっこやかくれんぼ。公園で遊んでいる姿を見てとても楽しそうに思っていた。
この天界には空を浮かんでいるのにそれを人に認識することができない特別な結界が張られており、魔の者から、そして人間からこの島を守るために強力かつ見えない施しをしているとか……。
そんな天界から楽しそうに遊んでいる子供達を見て、羨ましく思っていた。
「私達の世界じゃ、あんな遊具とかお遊びはないから、遊んでみたい!」
「そうだね」
私も少し憧れる。
あんな風に天使とか人間とか関係なく、楽しく笑って遊んでいられたらなぁ……。
――グワンッ
そんな風に思いながら人間界を眺めていると、空中に波のようなものが広がった。
「え? なに?」
目の前の光景に戸惑っていると、目の前を何かが通過した。
通過した何かを追って上を見上げるとぶれていた残像がなくなり、ローブを纏った白い髪の男の子が私達の背後に降りてきた。
「……」
降りてきた男の子がこちらを向いてくる。
目元が真っ黒で半目の男の子……。
そんな彼の目に輝くキラキラとした瞳に目を奪われた。
〜〜〜〜〜〜
予想外の展開になった。
まさかいきなり天使に出会うとは……。
俺はツォルンが最速最短で終わるタイミングで天界がちょうど街の真下にくる周期に合わせて行動をしていた(目のサポートの下)。
だけど天界の観察はあえて行わなかった。
単純に俺と同じく世界を見渡すことができる神に邪魔されたくなかったからだ。
そんな色々と考えて調整してきたのだが……。
「なんでこのタイミングで天使さんがここにいるのかね……」
完全に予定外なんだけど……。
「こんなことなら、ちゃんとチェックすべきだった」
「あ、あなた! 何者なの!!?」
「………。人間、意外になんに見える?」
オレンジ色の髪の女の子がこちらを警戒しながら尋ねてくる問いかけに思ったことを答える。
一応これでも人間だが、ヘルスフィアから恩恵をもらってるからどんな反応が返ってくるか……。
「……人に見えるけど……なんだか人間とは別に見える……かな」
金髪の方がそう答える。
なるほど。今の俺はそう見えるのか……。
(身体の素体は元の俺がベース。だからスフィアの影響を感じ取りにくいのか?)
正直力尽くで奪うことも視野に入れてたからバレてないのは嬉しい誤算か?
「――いや、この子達がそうであるというだけで、他の天使達には俺は悪意ある存在という認識をされるのか?」ブツブツ……
「あ、あの……」
「あ、ああ、すまん。ちょっと考え事してた」
いかんいかん。今は目の前に集中。
「……俺は、とある目的でここエンジェリアンに来たんだけど……君ら2人のどちらかでいいから、上位天使にお目通りすることはできない?」
「上位天使様……ですか?」
「それはちょっと、無理だと思いますよ〜」
「だよな〜。まあ、初対面で簡単に合わせてもらえるなんて期待、してなかったよ」
そこまで緩かったら、警備的に問題だろう。
「あなたはどうしてここにきたんですか?」
「ちょっとあるものの恩恵預かりたくてな。それが済んだらすぐに帰る予定」
「あるもの?」
「ヘブンアクア、っていうんだけど、君達は知ってるかい?」
俺がそう問いかけると2人互いを見つめ合い、そして首を傾けた。
「へぇ〜。以外。俺、天使は誰でも知っちょんもんやと思っちょった」
「ならばそう思ったまま死んでいけ!」
上空からそんな声が響き渡ると強い光が降り注いだ。
「「きゃあ!!?」」
突然空から光が降り注ぎ、驚いたミディエル達は互いを抱き合い身を守る。
光が収まり、砂埃が上がる。
その場で動けなくなる2人の前に空から1人の老天使が現れた。
「ザフラエル様!」
「無事であったか、2人とも」
「は、はい……」
「いったいどうしたんですか?」
「うむ。先程、このエンジェリアンに張ってある結界の一部が破壊、いや正確には、突破されてな。
その原因であるものを排除しにきたのだ」
「で、ですが彼は、ヘブンアクア? なるものの恩恵を受けにきただけと申していました。
排除ではなく、話を聞くぐらいは」
「ふん。人間ごときが、我らと言葉を交わすなどと、片腹痛いわ」
「ならこの程度で私目を倒しただなんて、ちゃんちゃら可笑しいですね」
その声が聞こえザフラエルは声のした方へ振り返る。
すると砂埃が一気に晴らされ、そこには先程2人と話していた時には無かった大きな魔法使いの帽子を被り、手には魔法使いにはありがちな杖を持っていた。
「不意打ちで攻撃すればやれるとでも思いましたか?
あなた様程度の魔力光線では、ただの私目ではかなりやばかったですが、この身体での私目ではただ単の威力攻撃程度では周囲に威力閑散できる。
あなた様の攻撃では傷一つつきませんよ」
余裕そうな表情を見せる魔法使いにザフラエルは顔を顰め、苛立ちを見せる。
「無闇な殺生はやめませんか?
私目はヘブンアクアをいただけるのでしたら、すぐにここを立ち去ります。
戦う必要は」
「ならば、私の力に恐れ慄くがいい!」
「話……聞いておりませんね」
ザフラエルが左拳を作りそれを開きながら大きく振り払うと、ザフラエルを中心に周囲に光が広がっていった。
「世界展開、『エンジェル』!」
周囲に広がった光の空間に魔法使いは関心の色を見せた。
「『世界変換』か。
やるな」
「す、すごい! 光が、いっぱい!」
「きれい……」
「ご老人。後ろの2人は知らないみたいですけど、説明を行わなくてもよろしいのですか?」
「貴様にとやかく言われる筋合いはないわ!」
ザフラエルは光の光線を放つ。
それを見た魔法使いは杖を上へ投げ、思いっきりジャンプ!
上へ投げた杖を手に取り、それを足へ持って行く。
杖の上に立つと、杖はぷかぷかと浮かび、上空で停止した魔法使いは相対するザフラエルを見下ろした。
「おやおや。そう焦ることではありませんよ。
この度はこの私、ユーステゥリア・レナードがお相手いたします」
「人間風情が! 私を見下ろすな!」
魔法使い、ユースは一例するも、見下ろされたという点で怒りを露わにしたザフラエルは腰に下げていた剣を引き抜き、翼を羽ばたかせ飛翔した。
ユースはザフラエルのその反応に少し驚きつつも、回避の為に後方へ飛ぶ。
後方へ飛ぶと同時にザフラエルの剣が振り上げられ、うまく回避に成功。
杖はそのまま落下を開始するがすぐに空中で止まり、吸い込まれるようにユースの手に収まる。
杖を手に取ったユースは持った杖を振り下ろしながら後ろに下げ、体を横にしてザフラエルを見つめる。
対するザフラエルも抜いた剣を宙に浮かぶユースに向けて構える。
「『エンジェル』のワールドシフトは光魔法の強化と天使族の身体強化かな?」
「貴様に関係のない話だ」
「関係ないことではありません。世界変換は自らを中心に自分が最も有利環境にする改変能力です。
私目が不利になる環境である以上、冷静な分析は必要不可欠にございます」
ユースの丁寧に言葉を返す姿に焦りや不安を見せないことにザフラエルはさらに怒りを募らせる。
「……差し出がましいようですが……あなた様は、どうやって天使としてこの天界にとどまっていられるのですか?」
ユースがそうと言いかけた瞬間、ザフラエルは剣を振り上げ切りかかってきた。
ユースは杖を持っていない手をゆっくりと上げる。
「――サポートの必要はありませんよ」
剣が振り下ろされる瞬間、腕を前へ突き出すと突然の突風が巻き起こり翼で飛行しているザフラエルは後ろへと吹き飛ばされた。
「……おや?」
対するユースは巻き起こった風に疑問符を浮かべる。
「魔法の威力が上がったのですが、何かありました?」
ユースが突然そんなことを聞いてきたので、スフィアの力を得られたと返す。
「そうでしたか。おめでとうございます。
ちょうどその日は魔法の研究をしておりましたので、情報の共有をしておりませんでしたからご挨拶が遅れてしまいました」
真面目だねぇ……と返すとユースはふふふと不敵に笑った。
吹き飛ばされたザフラエルは吹き飛ばされた体勢を整え剣を再度構える。
「さて。では次なる私目達の目的の為、神聖なる聖水を求めるとしましょう」
杖を振り上げ強い魔力を込めると、杖の先端から火、水、土、風という感じによく似た文字が浮かび上がり、それらの文字が回転しながら広がっていき肥大化。
巨大な4つの魔法陣が空中に浮かび上がった。
「エレメンタルクロス!」
浮かび上がった魔法陣から巨大な炎と激しい流水と尖った土の槍と吹き荒れる竜巻が放たれる。
それらは互いに合わさり合い、土と炎が合わさり溶岩となり、流水と竜巻が混ざり合いブリザードを巻き込む嵐となった。
ザフラエルは飛翔する。
ブリザードと溶岩に変わった魔法が翼に当たればそれで飛行している天使達は致命的で空での戦いが出来なくなる。
それを理解している故にザフラエルはさらに上空へ逃げるように翼を羽ばたかせる。
(強化されたこの身体での魔法を回避しますか……。
でしたら、広範囲攻撃で)
上空へ逃げたのなら好都合と、左手を突き出し手のひらを上へ向けると腕を大きく上へ振り上げる。
すると放った魔法がザフラエルを追うように方向を変えて空を登っていく。
空に登っていく魔法は互いに一つに合わさっていき溶岩が急激に冷やされていく。
そして冷やされた溶岩は冷やされたと同時に空中で停止した。
停止した溶岩だったものを見てザフラエルも停止する。
溶岩だったものを落ち着いて眺めていると突如それが消滅。
光となった溶岩の真下からユースが猛スピード駆け上がりザフラエルとの距離を詰めてきた。
ザフラエルは自身に向かってきているユースを見て選択を迫られるが、すぐさま迎撃を選択。
剣を構えて相対することを選んだ。
ユースとの距離が詰まっていく中、ザフラエルは剣を構え直し、こちらから攻撃を仕掛ける。
2人の距離が間近に迫った時、剣を素早く突き出した。
対するユースはその剣に向かって手を伸ばした。
剣と手が触れ合った瞬間、剣が粒子となって消滅した。
ザフラエルは驚愕の表情を浮かべ、その隙を見逃さずユースは杖を突き出して炎の魔法を素早く放った。
「うあぁぁぁぁあああ!!!」
身体中を焼かれ悲鳴を上げるザフラエル。
ユースも自分の力をうまくコントロールできていないのか自身の杖を見つめ冷や汗を流しながら困った表情を浮かべる。
(スフィアの力……かなりコントロールしないといけませんね)
本来は軽く翼を焼いて飛行能力を低下させるつもりなだけであったユース。
自身の力の威力が増していつもよりも力が入ってしまったため、翼ではなく身体全体を焼いてしまうというミスをおかない、飛行能力の低下の代わりにかなりのダメージ与える結果となった。
「……ですがこれで、あなた様の行動はある程度抑えることができます。
……もうやめにいたしませんか?
私目はヘブンアクアをいただけるのでしたそれで良いのです。
それにいま治療をすれば、すぐに――」
「……のるな……」
「――はい?」
「ちょうしにのるなぁぁぁぁぁああ!!!」
強い威圧を放つザフラエル。ユースは冷静に距離を取った。
「人間不在が! 我の翼を! よくも! よくもぉぉおお!!」
ザフラエルは手を天に掲げる。
そして大きな光の球を作り始めた。
「大技で一気に決めようという判断ですか……。
先程の不意打ちの初撃と同じように見えますが、大きさ的に先の光よりも大きく強大な力を使う、という判断なのでしょう」
しかしこの程度ならば、早い段階で回避行動を取れば当たることはありませんし、早速移動を開始して――
―――ダメっ!!!―――
「っ!!?」
移動を始めようとしたユースはその場で静止した。
いや――強制的に止められた。
「……なるほど。『絶対に死なせるな』ということですか」
妙に納得したユースは手に持った杖を空中に突き立てるとついた先端から波紋のような波が広がっていく。
「……『世界変換」
その言葉を告げると光の世界がねじ曲げられていく。
「『エレメント』!」
そして杖を上に掲げると、杖から赤、青、黄、緑の光が同時に輝いて周囲の光を飲み込んだ。
すると周囲の光が収まり、代わりに地面が剣山のように盛り上がった。
剣山のすぐ隣では森に激しいブリザードが吹き荒れ、大地から溶岩が溢れ出る。
島のない空中では嵐が巻き起こり、ゴロゴロと雷が鳴り響いていた。
「さあ、来なさい」
その瞬間、ザフラエルは巨大な光の光線を撃ち放った。
ユースは回避することなく、自ら高度を上げて光線に向かって飛び上がった。
光線とユースが激突する直前、光線に手を伸ばし受け止める。
しかし、止めることが出来ている部分は手が触れている部分のみで、触れていないな部分は威力が僅かに弱まった程度で周囲に拡散していく。
「くっ!」
ユースが顔を歪め、苦しそうな表情を浮かべると伸ばした手で光線を弾いて光の中から脱出した。
「まかせた!!
まかせなさい!!」
まるで一人芝居のように返事を返すと、ユースは杖を再び直進を始めた光線の方へ突き出した。
杖を突き出すと突き出された剣山がバラバラに砕け、周囲にあった溶岩やブリザード、雷と共に光線が直進する正面に集約し、強いエネルギーとなった光線に相対するように放たれた。
エネルギーと光線は互いにぶつかり合い強い余波を放ちながら相殺していく。
その勢いは収まることなく激しくぶつかり合っていたが、突然光線とエネルギーが一つに集約し、波動の波が消える。
次の瞬間、ぶつかり合っていた場所の中心で辺り一面を吹き飛ばす凄まじい爆発が起こった。
「「キャぁぁああ!!」」
木は薙ぎ倒され、構成されていた空間も破壊され元の世界へと戻され、空を覆っていた雲や霧が一瞬にして晴れていく。
1分にも満たない時間で収まっていき、その場に大きな砂埃が巻き起こっていた。
「イツツッ……!!? どうなった!!?」
薙ぎ倒された木の間から頭押さえながら体起こし、俺は急いである一点を見つめた。
「……さすがユース」
そう言って安堵の息を漏らす。
目を凝らしてみた先には地面から盛り上がった大きな土壁とその土壁に守られるように互いを抱き合っている小さな天使達の姿があった。
「よかった〜……」
これで巻き込まれたって寝覚が悪いからな。
助かったぜユース。
ーー大金はその目を調べさせてくださいね(どんな解剖をするか楽しみです)ーー
「っざっけんな! この詐欺魔法使い!」
「動くな」
「っ!!?」
聞こえてきた声(心の声も含めて)に文句を言うと背後から剣が喉元に突き付けられた。
俺は少し背後を見て掌を上に向けて膝の上に置いた。
それを見た背後にいる者は首元に突き付けた剣を動かすことなく背後から表に回り、剣を少しだけ離して剣先を向けてきた。
目の前に回ってきた天使はゴテゴテの鎧を身に纏い、青を覆い尽くすほどの兜を被ったいかにも騎士であると見せつけてくる天使であった。
だがそれ以上に目を引いたのはーー
「ーー天使の中でも常に上位に位置し、さらには魔王討伐の使命を帯びた7人の天使には色付いた正義を示すと言われる『美徳の天使』……。
7代天使のリーダー、金色の翼を持つ忠義の天使、ミムエル様に会えるとはな」
「だまりなさい、人間!」
あなたが悪魔と手引きし、このエンジェリアンを落しにきたのはわかっているのです!」
「はぁぁああ!!?」
なんだそれ、ふざけんな!
「冗談じゃ無い! そんなことをすると、ワールドクリスタルにたどり着けねえじゃねぇか!」
「なに?」
「ヘブンアクアは天界が存続していなければ効力を発揮されないんだ!
だから上位天使であるあんたらに交渉してアクアを分けてもらうとわざわざここまできたのに。
やれ予想外の天使があるわ、いきなり攻撃されるわ、やられないために反撃したらブチギレてあいつら含めて辺り一面焼け野原にしようとするわでたいへんだったんだぞ!」
「……」
「そもそも、世界の危機なんだ。
ちったあ協力しろっての!」
「!!? なんの話だ!!?」
俺はミカエルの反応を少し見てから……。
「話を聞きたければ主人にこの2つをいいな。
俺は、この2つの世界の始まりを知っている。
そして、残りの日数は……1ヶ月と半月だってな」




