第七章〜封印解除〜
封印解除
「アルシアが……アリス・エインズワース?」
一瞬、竜王の言っていることが理解できなかった。だから尋ねた。
「そんな、アルシアは、アルシアですよ。たしかにあいつの身分とか家族とか全く知らないけど……」
「そうだろう? お前は何も知らない。アリス・エインズワースは都へ向かう途中、西大陸から襲われた。海に流されたが、奇跡的に助かった。世間は誰も知らないが、我々は魔法で監視していたのでね。西が襲ってくるまでは」
アルシアは、王子の許婚、アリス・エインズワースだった。そのことについては驚かされたが、分かった。竜王が言っているのだ。嘘ではないだろう。
「彼女がアリス・エインズワースだということは分かりました。ですが、それならさっさと自分の身分を明かせばよかったのではないですか? たかがパイロットの家に居候しなくたって、軍に行けば保護されたでしょうし、都へ行けば王子が迎え入れたでしょう。なぜ彼女は偽名を使ってまで身分を隠そうとしたのですか?」
「そのことについてだが、王子との婚約自体、彼女は了承してなかったんだ。あの子の親、特に母親のほうが結婚について勝手に話を進めてな。彼女は結婚に反対していた。軍に助けを求めたのでは、また王子のところへ向かうことになる。それが嫌で黙っていたんだ」
そういえば、病院に連れて行くか提案したとき、彼女は断固として拒否した。あれは、そのためだったのだ。
「……それで、そのことを何でおれに?」
「睨むな。彼女だって、悪気があって黙ってたわけじゃない。このことをお前に伝えたのは、彼女の指輪が、この戦争の結末を左右するからだ」
「風を操るとかいうあれですね。さっき説明されました」
「あの指輪の力があれば、世界樹にかかった雲を吹き飛ばすことができる。王子が欲しがってたのもそのためだ。あれを使って頂まで飛び、結晶を使って願いをかなえる。われら竜の一族は願いをかなえてはいけない掟があるため、願うのは人間だ」
「それを、おれにやれと? あいつから指輪を奪って?」
「奪えとは言っていない。譲ってもらえばいい。気づいてないだろうが、彼女はお前に特別な感情を抱いている。それを利用するのも手だろう」
アリスが自分に特別な感情を抱いている。女性から好かれることは今まで何度もあったが、全く気づいていなかった。
「質問があります。何でおれがその重要な任務を?」
「お前がこの大陸で最も腕のいいパイロットだからだ。撃ち落されたのもライ・フロックハートからだけだろう?」
「その名前を口にしないでください。……もうひとつ。何で今この時期に、そんな任務を?」
現在、竜の島付近での戦闘が激化していた。日々壮絶な戦闘が繰り広げられている。そこにあえて近づくのはなぜか。
「西大陸が、魔物を目覚めさせようとしている」
竜王は一度言葉を切った。言うべきか迷っているようだ。
「やつらは、海の魔物、リヴァイアサンの封印を解くつもりだ」
ライ・フロックハートは、最新型戦闘機、蒼雷の操縦かんを倒した。竜の幼体の鱗から造られているこの機体は軽い。これまでとは比べ物にならないほどの性能を持っている。最近は敵が弱すぎて張り合いがないと感じるほどだった。
唯一の例外は自分の息子、レイ。
あいつは東の中でも、トップクラスのパイロットだろうと思われた。その息子でも、自分には敵わなかったが。
豪雨の続く暗い海原に目をやる。見慣れた光景だが、普段と異なる点が一つ。
半径数百メートルに及ぶ、巨大な魔方陣が浮かんでいた。
西大陸は、今の滞った戦況を打開するため、海の魔物を呼び覚まし、何もかも破壊するつもりだ。リヴァイアサンの封印を解き、腕に自信のある者たちが、東大陸の方へ誘導する。
魔方陣の周りを三周した頃、魔方陣が輝きだした。陣の中心に、暗い影が浮かび上がる。影はだんだんと大きくなってきた。
「来た」
海面がせり上がり、盛大な水しぶきと共に、そいつは現れた。
リヴァイアサン。それがこの魔物の名だった。
何百メートルもあるだろうと思われる巨体。深い青色の鱗。蛇のようにうねる身体。牙をむき出しにした、竜のような頭。
爆音が轟いた。他のパイロットが誘導のために小型ミサイルを撃ったのだ。リヴァイアサンにはほとんどダメージはないだろうが、注意をひきつけるには充分だ。
次々とミサイルが放たれる。リヴァイアサンが動き始めた。狙い通り、東に向かっていく。
ライも誘導のためにリヴァイアサンに近づく。こんな化け物が暴れれば、ひとたまりもないだろう。さらに、リヴァイアサンは豪雨を呼ぶ。陸地の近くで暴れさせれば、洪水による被害の拡大も狙える。
この戦争の勝利は、西大陸がもらったも同然だ。
気がつくと笑っていた。こらえられず、声に出して笑う。
こちらに来て正解だった。敵を落とすだけで多額の報酬をもらうことができ、東にいたときとは比べ物にならないほど贅沢な生活を送っている。レイも来ればいいのに。何でこないのだろう。そう疑問に思った。あいつの技量なら、おれと同じように裕福な暮らしができるというのに。
――この世は、力こそ正義だ。くだらない良心など捨ててしまえ。