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第四章〜空〜



 地上が瞬く間に遠くなっていく。アルシアは、複座式飛行機の後部座席から地上を見下ろしていた。

 昨夜、レイから提案されたのは、この複座式飛行機で荷物を運ぶが、一緒に来るかということだった。

 アルシアの入浴中、来客があったらしい。小型飛行機で荷物を運ぶ会社なのだが、パイロットが体調を崩してしまったとのことだった。明日はどうしても断れない貴族からの大切な依頼が入っていて困っているため、地域では一目置かれているレイに頼むことにしたらしい。

 今朝早く家を出て、広場と反対方向に歩いていった。海岸沿いを三十分ほど歩くと、小さな民間飛行場が見えてきた。短い滑走路には、古びた複座式飛行機が引き出されていた。

 薄汚れた風防に、塗装のはがれた主翼。飛び立ったとたんに煙を上げて落ちるのではないかと不安にさせる機体だった。こんな飛行機で大丈夫なのか。

 心配ながらも荷物を積み終え、後部座席に乗り込んだ。前席では、レイが計器類をチェックしている。問題なかったようで、手を振って外に合図を出した。機体がゆっくりと滑走路に向かう。もう一度計器を確認し、滑走路を走り始めた。プロペラが唸りを上げ、加速していくのを感じる。レイは十分な機速を得ると、操縦桿を引いた。機首が持ち上がり、地上から解き放たれた。

アルシアは、子供のようにはしゃぎながら眼下の景色を眺めた。昨日レイに連れて行ってもらった秘密の海岸を見つけ、伝声管越しにレイに話しかける。

「ほら見てっ、昨日行った海岸が見えるよ!」離陸前の不安は無かったかのような、明るい声で話しかける。「楽しいね、空飛ぶのって」

「そうだね。……この後だけど、目的地まで片道約四十分くらいかかるから、もし酔ったら我慢しないで、早めに言って」

「うん」

 それきり会話は途切れた。何か話しかけたいが、いったい何を話せばいいのだろう。

 話すことも無く、機内にはプロペラ音だけが響いていた。小刻みに体をゆする振動が心地よい。ぼんやりと、目の前を流れる雲を眺めていた。

「暇?」

「えっ?」

 いきなり話しかけられたため、驚いて声が裏返ってしまった。恥ずかしくてうつむく。

「ぼんやりしてるからさ、暇なのかと思って。あっ、もしかして気分悪い?」

「そ、そんなこと……ないよ」

「そう、よかった」

「うん……」

 再び会話は途切れた。そこでふと思った。

 ――レイは、わたしのことをどう思っているのだろう。

 はじめはギクシャクしていたが、この数日間でずいぶん打ち解けたと思う。友人のように会話し、友人のようにふざけあえる。

 だがそれらは全て、友人のように、だ。

 レイもわたしのことを嫌いではないと思う。嫌いならとっくに家から追い出しているだろう。しかし、レイの好きは、わたしの感情とは異なるものだろう。

 そこまで考えが及んだとき、目に涙がたまっていることに気づいた。レイに気づかれないように拭う。

 レイは優しい。無関係なアルシアを助けてくれたし、いつも親切に接してくれる。だがその優しさは、アルシア一人に向けられるものではない。レイは、誰にも同じように愛情を注ぐ。

それなのにわたしは、彼に嘘をついたままだ。これでは、いつまでたっても振り向かせることはできないのではないか。

 ……どうして……

 ――どうしてわたしは、こんないい人と出会ってしまったのだろう。

 

 ――どうしてわたしは、こんないい人を好きになってしまったのだろう。



 荷物を運び終わり、再び民間飛行場に降り立った。時刻は昼前。今から帰って昼食を用意すればちょうど良いだろう。

「空飛ぶのは楽しかった?」

「うん。また飛んでみたい」

「そっか。それはよかった」

 家に着き、服を着替えると料理に取り掛かった。リアは学校に行っているため、二人分でいい。

 肉と野菜を炒めていると、シャワーを浴びてきたらしく、肩にタオルをかけたアルシアがやってきた。

「何か手伝う?」

「いや、これはもうすぐ出来上がるからいいよ。そこのパン持ってってくれる?」

「分かった。ジャムはどれ? イチゴ? それともブルーベリー?」

「イチゴ」

 食事の用意を終え、椅子に座った。パンにジャムをたっぷりと塗りたくり、口に詰め込む。すさまじい甘さが口内を襲った。

「ねぇ。レイのご両親って、どこか出かけているの?」

 嫌な質問だ。暗い雰囲気は避けたいと思い、うそをついた。

「二人とも、都まで出稼ぎに行ってる。年に数回しか帰ってこないし、手紙もよこさない。おかげで、女連れ込んだって文句言われない」

「……そうなんだ。自分から出せばいいのに」

「初等学校のあと、中等学校には行かずに訓練学校に行ったから、しゃれた文面を書けなくてね」

「ふーん」

「あ、うそだと思ってる? 面倒だから書かないとでも……」

「思ってます」

「やっぱり」

 おどけた素振りで肩をすくめる。アルシアはクスクスと笑っていた。

「おれ明後日まで休みなんだけど、明日はどうする?」

「海っ」

「……また? 昨日行ったじゃん」

「海!」 

「いやだから、昨日」

「海!!」

「…………はい」

「やったぁ」

 また海に行くのか。昨日と今日の出来事でかなり疲れた。家の中でゆっくりしたかったのだが、しかたない。アルシアはうれしそうに海で何をするか話している。

 ため息をつきながらも、幸せだ、と思った。

 ――こんな時間が、ずっと続いたらいいのに。

 アルシアの笑顔を見て、一緒に空を飛べたら、それでいいのに。

 少し悲しくなって、それをごまかすために甘ったるいジャムパンを口に押し込んだ。

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