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第二章〜居候〜

過去



 昔、レイの父は、東大陸のエースパイロットだった。

 母は体が弱く、リアを産んだ後から、病にかかった。

 七年前、リアの手を引き家に帰ると、病気で寝込んでいる母の横に、珍しく父がいた。脇には、大きな皮袋が三つ。

「レイ。父さんは、この家を出て行く。西の大陸へ行くんだ。この袋には、たくさんお金が入ってるから、これで生きていけ。じゃあな」

「え?」父の言っていることが、理解できなかった。理解したくなかった。

 父は去っていった。病気の母と、幼い子供二人を残して。

 レイの父は、エースとしての腕と東大陸の最新戦闘機の設計図を大金で買われ、金目当てで家を出て行った。残された金は、父親としての最後の愛情だったのだろう。当時レイの家は貧しく、その日の食事にも困っていた。当然、母の薬も買えなかった。だから、金はうれしかった。

 しかしレイは、父を恨んだ。看病の甲斐なく母が死んだとき、手紙一枚よこさなかったからだ。その後も、二度と帰ってくることはなかった。

 家族を捨て、自分だけ幸せになろうとする父が許せなかった。

 それからレイは、リアと二人で暮らし始めた。レイは十歳。リアは五歳だった。押さない兄妹二人で生きていくのは辛く、大変だった。

 十五歳になったとき、レイは父への復讐のため、空軍学校に入った。

 その後、十七歳で正規空軍に入隊。サンタレムでは、最年少のパイロットになった。

 それからは任務のたびに、空に、憎き父の姿を探した。

 そしてこの前の任務で、ついにレイの父、ライ・フロックハートを見つけた。



 窓から日差しが差し込んできた。朝だということを認識する。

「はぁ」

ため息をつきながら起き上がる。気分は最悪だった。

 また自分の生い立ちの夢を見ていた。今まで生活に困らなかったのも、学校に通うことができたのも、父のおかげだ。しかし、憎しみが消えるわけではない。幼い兄妹二人で生きていくのが、いったいどれだけ辛く、寂しかったか。母がどれだけ悲しんで死んだのか。そう思うと、感謝などできるわけがなかった。

 ――絶対に墜とす。

 改めて心に誓った。

 


 服を着替え、朝のジョギングに出かけた。五年くらい前から続けている日課だ。街の中心の広場に向かう。

 息を弾ませて走る。広場では、早くから店が出ていた。多くの人が、朝食の材料や新聞を買いに来ている。顔なじみの新聞配りの男性を見つけ、近づいていった。

「おはよう、おじさん」小銭を差し出しながら話しかける。「新聞買いに来たよ」

「おはようさん、レイ。今日も早いな」笑顔で新聞を差し出してくる。「今日も仕事か?」

「いや、しばらく休みなんだ。この前墜とされちまって、新しい機体ができてないんだ」

「そうか、まあ、たまにはゆっくり休めや」

「じゃあね」手を振りながら、広場の端のベンチに向かう。青い塗装がはげかけていた。

 新聞を開く。まず目に飛び込んできたのは、西大陸が、東大陸の船を襲撃したというものだった。

『……次期王子の許婚、アリス・エインズワース嬢を乗せ、王城へ向かっていた船舶が、西大陸空軍に奇襲された。近辺からは、部分死体が多数発見されているが、現在、行方不明とされている……』

 部分死体。想像してしまい、吐き気がこみ上げる。落ち着くのを待ってから、家に向かって走り出した。

 ――戦争は嫌いだ。

 周りに言っても、「戦闘機乗りが何言ってるんだ、人殺し!」と罵られるだろうが、本音だった。

 無駄な争いはしたくない。ただ、父に復讐したい。それだけだった。だからこの、『結晶戦争』と呼ばれる戦争だって、早く終わってほしかった。

 結晶戦争。戦争のきっかけは、東大陸と西大陸の間に位置する竜の島。そこには世界樹が聳え立ち、その頂には、どんな願いでもかなう結晶があるとされている。それをめぐって、大陸同士が戦争を繰り広げているのだ。

 東が科学を進歩させれば、西は新たな魔法を生んだ。

 やがて戦局は滞り、現在に至る。西が、大規模な魔法を使い、強大な魔物を呼び出そうとしているとの噂もあるが、軍の上層部は、機密事項といって教えてくれない。

「さっさと終わらねえかな……」

 飛びたいと思った。辛い過去を捨てて、どこか戦争のない世界へ飛んでいきたい。そう願った。



居候 

 


 目を覚ますと、目の前の光景がいつもと異なることに気づいた。自室よりもはるかに小さな部屋。天井には古びた電球。窓は薄く汚れ、外の景色がかすんで見える。

 アルシアは上体を起こし、伸びをした。額に手を当てる。熱は下がったようだ。

ここはどこだろう。必死に記憶を呼び覚まそうとする。

 確か、海に流されているところを助けられ、この家に連れてこられたのだ。熱があり、医者に連れて行かれそうになったときは慌てた。不幸中の幸いとはいえ、せっかく抜け出せたのだ。今ばれたら困る。

 ――いろんなことがあった。

 ――あのことは、もうすでにニュースになってしまったのか。

 考え込んでいると、部屋のドアが開いた。端正な顔立ちの少女が顔をのぞかせる。

「おはようございます、アルシアさん」リアは、トレイにトーストとミルクを乗せて、よたよたとベッドによってきた。

「おはようございます……。昨日はありがとうございました」礼を言い、頭を下げる。

 リアは、明るく話しかけてきた。「朝食食べます?」ベッドの横のテーブルにトレイを置く。

「はい……ありがとうございます」もう一度礼を言い、頭を下げる。

 あの日から何日たったか知らないが、ずいぶん腹が減っていた。トーストをかじりミル

クを飲む。朝食は、あっというまに胃袋に収まった。

「ただいまぁ」

 ドアが開き、レイが入ってきた。運動してきたらしく、タオルで汗をぬぐっている。見上げていると、目が合った。

「あ、おはようございます。体調はどうですか?」レイはしゃがみ、顔を覗き込んできた。

 レイの髪は金髪で、長めに伸ばしていた。瞳は銀灰色で、体は細く、女性にモテそうな容姿だった。

「どうしました? ゴミでもついてます?」こちらがじっと見つめているからだろう。キョトンとした顔で尋ねてきた。

「いっ、いえ……何でもないです!」顔の前で手を振り、必死にごまかす。思わず見とれてしまっていた。頬を染めてうつむく。

 レイは、アルシアの好みのタイプではないが、なぜかひきつけられる……気がする。

「あのぅ……昨日は助けていただき、ありがとうございました。それで、あのぅ……ひとつお願いがあるんですが……」

「何ですか?」

 引き受けてくれるだろうか。今は、軍へ助けを求めることはできない。せっかく抜け出したのだ。

「あの、しばらくの間、わたしを泊めていただけないでしょうか? どうしても、他に頼ることができないので……いえっ、わたしの勝手な事情なんですが……家事や仕事の手伝いはします。迷惑はかけません。おねがいしますっ」

 兄妹は顔を見合わせ、しばらく熟考していたが、数分後、口を開いた。

「いいですよ。二人より、三人の方が楽しいですし」

「本当ですかっ? ありがとうございます」

 

 二人を中心に、世界の運命が動き始めた。


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