第一章〜漂流者〜
1章〜漂流者〜
レイは海岸沿いを歩いていた。磯のにおいが鼻をつく。早く風呂に入って、冷えた体を温めたい。
海を眺めながら歩いていく。さすがに、雨の中泳ぐ者はいなかった。
そこで、何かに注意がひきつけられた。岸から七〜八メートルあたりの位置。波間に白いものが見えた。注意深く見てみる。パイロットであるレイの視力は高い。漂流物が何か分かると、傘を投げ出して、走り出した。
――人だ。
人が流されている。
砂浜を駆け抜ける。ぬかるんだ砂のせいで走りづらい。上着を脱ぎ捨て、海に飛び込んだ。体温が奪われるのを感じる。七月とはいえ、雨天時の海水は冷たかった。波を掻き分け、近づいていく。息を切らしてたどり着くと、抱きかかえ、砂浜に戻っていった。
呼吸を整えながら、漂流していた人物を見る。もとは白かったのであろうドレスを着ていて、手には指輪をはめていた。どこかのお偉いさんの娘だろうか。まだ脈はある。仰向けに寝かすと、あごに指をかけ、上に持ち上げるようにして気道を確保した。
きれいな少女だった。肩の辺りまで伸ばした、わずかに褐色がかった髪。小さめの顔に大きな目。体も細く、周りから注目を集めるような整った容姿。
「大丈夫ですか?」声をかけてみるが、反応はない。
どうすれば良いだろう。医者に連れて行くか。しかし、病院までは四十分ていどかかる。
――家に連れて行こう。
ここからなら五分くらいだし、なにより美人と一緒にいられるのは、悪い気はしない。
「よっと」
おんぶして、家に向かう。背中越しに、かすかな体温が伝わってきた。
「ただいまぁ」古びた木製の扉を開け、我が家へ入った。
「おっかえりー! ご飯できてるよ!」妹のリアが出迎える。奥からは、こげた焼き魚のにおいが漂ってきた。また焦がしたのか、と顔をしかめる。
「あれ? その人誰? 彼女?」背中の少女に気づいたらしく、尋ねてくる。
「ちがうよ、海で流されてた。ドレス着てるし、どこかの貴族の娘さんだろう。船から落ちたんじゃないか?」
「へぇ……」
廊下を歩き、部屋に入る。暖炉の前のソファに寝かした。暖炉に火をつけると、もう一度廊下に出た。物置に向かう。昔、母が使っていた服を探す。手当たり次第に抱えると、部屋に戻る。
服をソファに置き、少女を見る。ドレスに手を伸ばす。すでに下半身が反応し始めている。
――着替えさせないとな。
言い訳しながら作業に取り掛かろうとした。が、
「こらっ、お兄ちゃん! 今、やらしいこと考えてたでしょ?」頬をつねられる。「あたしがやるからお兄ちゃんは部屋から出て」
「はい…………」
――残念だ。
風呂に入り、冷えた体を温める。湯船の中で、あの少女について考えていた。
――あの少女は誰なのだろう。
――なぜ海に流されていたのだろう。
風呂から上がり、寝巻きに着替え、部屋に行く。
「様子はどうだ?」
「まだ寝てる。ちょっと熱っぽい」
リアは、テーブルに夕食を並べていた。やはり、こげた焼き魚だ。
「ねえ、あの人誰なの?」
「さっきも言ったけど、どっかの貴族の娘さんだろ」
「じゃあさ…………」
と、そこで少女が起きた。
「んっ……あれ? ここは…………?」
「大丈夫ですか?」少女の顔を覗き込む。「痛いところはありませんか?」
「えっ? あっ……はい」状況が飲み込めないようだ。「あのぅ……ここは……どこですか?」
「サンタレムです。海で流されていたのを見つけて、つれてきたんです」
サンタレムは、東大陸の端に位置する街だった。軍や民間の飛行場がたくさんあり、飛行機を使った輸送を生業とするものも多く、空の町といわれている。
「僕はレイ・フロックハート。こっちは妹のリア。君は?」
「こほんっ……ええっとぉ……アルシアといいます。……あの、助けてくださって、どうもありがとうございます……」アルシアは咳き込みながら自己紹介した。おそらく風邪だろう。
「あの、あまり体調が優れないなら、明日、病院にいきましょうか?」きつそうだから提案してみる。
「やめてくださいっ……大丈夫ですから、あまり心配なさらないで!」アルシアは即座に立ち上がり、拒否してきた。あまりの勢いに気おされる。
「そっ……そうですか? それならいいのですが…………」
アルシアは息を切らしながら、ベッドに倒れこんだ。
「だっ……大丈夫ですから……周りには、わたしのこと言わないでくださいっ。お願いします…………」
「……わかりました」
アルシアはそのまま眠りに落ちた。毛布をかけてやる。
静かに寝息を立てて眠る少女を見る。どこかで見たことがあるような気がする。新聞か何かだろうか。考えても思い出せず、結局あきらめた。
「まあ、似てる人間なんて山ほどいるからなぁ」




