終章
終章
目の前には、出っ歯で肥満で髪もぼさぼさの不細工が一人、満面の笑みを浮かべて立っていた。
天気は快晴で、城の広場には、大勢の民衆が集まっていた。今日は王子の結式である。戦争が終結に導かれ、人々の顔には安堵の表情が浮かんでいた。
だが、自分はそんな幸せな気分にはなれない。
あの任務から一週間。レイは帰ってこなかった。
アリスは一人で泣いた。このまま枯れてしまうのではないか、そんな気もした。
どれだけ時間がたったかも分からなくなった時、王城からの使いが来た。軍から連絡が行ったのだろう。王子はすっかり喜んで、すぐに挙式の準備を始めさせたとのことだった。
結局自分はこうなる運命だった。どれだけ幸せなときを過ごしても、結局は何もかも失い、不幸な未来に進むしかない。
「それでは、誓いのキスを」
神父が高らかに告げる。王子が寄ってきた。酷い口臭がするが、顔には出さず我慢する。
王子が肩に手をかけてきた。顔を寄せてくる。
「ファーストキスだね」
王子がつぶやいた。本当は、レイとしたので初めてではないが、黙っていた。
と、王子が唇を押し付けようとした瞬間、大地を震わす咆哮が轟いた。王子が顔を離し、空を見上げる。広場の人々も空を見上げていた。つられてアリスも空を見る。
晴れ渡った空には、一頭の竜が飛んでいた。広場の上を旋回し、こちらに降りてくる。広場にいる人々のほとんどが、竜を見るのは初めてなのだろう。誰もが一様に驚きの表情を浮かべていた。
「な、ななっ……何だぁ? この僕の結婚式と知っての無礼か?」
アリスと王子の側に降り立った巨大な竜に、王子が歩み寄ろうとする。が、国王が駆けてきて、王子の頭をつかみ、強引に頭を下げさせた。
「申し訳ありません、竜王様。王子はお姿を拝見するのは初めてでして、竜王様とは知らず、とんだご無礼を……どうかお許しください」
いつも威厳にあふれている父がへりくだる様子を見て、王子が目を丸くする。事態を飲み込むことができていないようだ。
「今日は、この結婚式を中止するためにここに来た」
「と、言いますと?」
国王が尋ね返す。王子はまだパニックに陥っていた。
「この少女は王子との結婚を望んではいない。他に愛するものがいるのだ」
この城に集まった人々が、いっせいにアリスを見た。あまりの視線にうつむく。
「そんな、このものが僕との結婚を望んでないなんて、嘘だ! 嘘に決まってる!」
王子はかなり取り乱していて、国王の制止も聞かずに竜王に詰め寄った。
「僕より素適な人間なんて、いるわけが無い! いるなら連れてきてみろ!!」
「そうか。それでは降りなさい」
竜王が背中を振り返って告げた。青年が一人飛び降りてくる。
「あっ……」
ぼろぼろになった飛行服に身を包み、長めの金髪を風になびかせながら、その青年は微笑んだ。とっくに流しつくしたはずなのに、涙があふれてくる。
駆け出して、彼に抱きついた。「おかえり」と言いたいが、言葉にならない。
レイ・フロックハートは、アリスの頭をなで、優しく声をかけた。
「ただいま」
レイは、大勢の群衆の前で、泣きじゃくるアリスを抱きとめていた。
ひとしきり泣いたあと、アリスが問いかけてくる。
「うっ……レイ……生きてるなら、何で早く帰ってこなかったの?」
「ああ、まあ……事情があってね」
レイは少しずつ事情を説明した。
世界樹で敵と遭遇し、怪我を負ったこと。そのあと願いを二つまで叶えたところで、意識を失ったこと。
「ねぇ、じゃあ何で生きてるの? もしかして幽霊?」
「まさか。そのあと倒れてるところを偶然竜王に助けられてね。手当てとか体力の回復待ったりとかで、時間がかかったんだ」
嘘だった。恥ずかしくて本当のことはアリスに言えない。本当は、レイが最後にアリスに会いたいと願ったために、神竜が竜王を呼び、手当てをしてここまで連れてきたのだった。
「お、おい! そこのお前! そのものは僕と結婚するんだぞ!!」
王子がやってきて、レイに文句を言ってきた。つばを飛ばしながらわめいている。
「それでは、せっかく皆が集まっているのだ。皆に意見を聞いてはどうかね?」
竜王が提案した。王子は渋々うなずき、レイを睨みつけた。
「それでは皆に問おう。王子とこの少女が結ばれることに賛成するもの」
しーん。漫画ならそんな文字が浮かぶだろう。しらけた雰囲気に包まれた。
「ななな、なぜだ? どうして誰も僕の味方をしない!? 僕はこの国の王子だぞ!」
国王も王女も側近たちすらも反応しない。冷たいまなざしで王子を見ていた。
「それでは」沈黙を破り、竜王が声を上げる。「この少女と、若き空の英雄が結ばれることに賛成するもの!」
その瞬間、城中が歓喜の声に溢れ返った。喜びの声が大気を震わし、都中に響き渡る。
歓声の中で、竜王が笑いながら問いかけてきた。
「二人とも、新婚旅行はどこへ行く?」
レイとアリスは顔を見合わせ、くすりと笑った。二人とも手を伸ばし、空を指差す。陽光を反射し、指輪がきらめいた。声をそろえて答える。
「空へ!」