序章
はじめまして。ジロ〜といいます。国語の成績は絶望的。急な展開やパクリっぽい表現など、いろいろあると思いますが、よろしくお願いします。
序章
――昔、陸地が一つだったころ、神竜様は、ヒトを創った。
神竜様は、陸の真ん中に、願いをかなえる、美しく、大きな結晶を創った。
――神竜様はヒトに知恵と魔法を与え、ヒトの暮らしは豊かになった。
ヒトは豊かになると、もっと豊かになろうと考えた。
ヒトはますます豊かになった。欲張りになっていった。
――しかしあるとき、結晶の存在がヒトに知られた。
ヒトの欲は、とどまるところを知らなかった。
やがて欲におぼれたヒトは、結晶を求め、東西にわかれて争いあった。
たくさんの血が流れ、たくさんのヒトが死んだ。
ヒトは、大切なものを失った。
――見かねた神竜様は、ヒトが争わないように、陸地を二つに割り、遠く離した。
二つの海の間に、小さな島を創った。
島には、雲を貫く巨大な世界樹を創った。世界樹の頂に結晶をおいた。
島には、結晶を守る竜を創った。
神竜様は、ヒトから欲を奪い、敵を奪い、争いを奪った。
ヒトは、争うことをしなくなった。
――はずだった。
――神様は、ヒトから知恵と魔法を奪うのを忘れていた。
七月の空。快晴。遥か彼方へと広がる青空。その中に、暗い煙が立ち上る。海面からのびた煙はまるで、天を支える柱のようだ。
レイ・フロックハートは、空戦の最中だった。最新鋭戦闘機、華炎は最高の仕上がりで、今のところ二機撃墜した。敵は残り一機。対するこちらは四機だった。
これなら仲間たちだけで大丈夫だろう。今日は寝不足できつい。早く休もう。そのとき無線が入った。僚機からだった。
「レイ、やべぇぜこいつ。まるで歯が立たねぇ! 助けてくれ」
「わかりました」
反転して、僚機のもとへ飛ぶ。思わずため息をついた。情けないことに、一機相手に三機が翻弄されていた。
この空域に唯一残った敵機の右主翼には、西の王国の象徴である王家、フィルポット家の紋章が描かれていた。左には、青い雷の模様が描かれている。ほかの敵機がプロペラが後ろに付いているのに対し、この機体だけは前にプロペラが付いている。敵機は機敏に動き回り、銃撃をよけていた。
僚機のひとつが敵の後ろから接近していった。そのまま敵を追い、急角度で上昇していく。
そこで急に、敵機が減速した。追っていた僚機が前に飛び出す。
ストールターン。
敵はすぐに反転し追ってきた。速い。
敵機は後ろにつこうとしているのに、対する僚機は体勢を整えている。
おそい。いや、敵が速いのだ。かなりの腕だろう。エースだろうか。あるいは機体の性能に差があるのかもしれない。
敵の機銃が火を吹く。撃たれた僚機は尾翼が吹き飛び、はるか下の海へ墜ちていった。
「さがっててください。おれ一人で充分です」
レイは他のメンバーに指示を出すと、敵へ向かっていった。
――どんなやつが相手だろうと、おれが負けるわけがない。
機体を傾け降下していく。敵機と向かい合った。すれ違う瞬間、一瞬機銃の引き金を引く。敵は右へロールしてかわした。すぐに操縦桿を引き、態勢を整える。敵もこちらに向き直る。と、そのとき、敵機の主翼から何かが放たれた。かなりの速度で接近してくる。
「ミサイル!」
小型のミサイルが一発向かってくる。操縦桿を倒し、急降下でかわす。しかしミサイルは離されることなくレイの後を追ってきた。
「なっ……」
なぜ西大陸がミサイル……しかも、追尾機能のあるものを使ってきたのだろう。
小型追尾ミサイルは、東大陸が発明した武器であった。東大陸の科学と魔法それぞれの専門家が知恵を出し合い、つい最近試作品ができあがった。しかしそれを、科学力で劣るはずの西大陸が使ってきたのだ。まさか、軍部の情報が流出したのか。
小型追尾ミサイルの旋回性能、速度は華炎よりも上だ。このままでは逃げ切れない。
そう判断すると風防をあけ、脱出した。落下傘が開き、ゆっくりと降下していく。主を失った華炎は、小型追尾ミサイルの直撃を受け、爆炎と共に空に散った。熱風が吹き寄せてくる。
悔しさに唇をかみ締めていると、憎たらしいプロペラ音が近づいてきた。首をひねり、初めて自分を撃ち落した相手をにらみつけた。
敵機はレイを嘲笑うかのように、周りをゆっくりと旋回している。そこで、敵機が風防をあけた。パイロットの顔が見える。にやにやと笑っていた。
「……? てめぇは…………!」
パイロットの顔を見たとき、全身に雷に打たれたかのような衝撃が走った。自分はこいつを知っている。忘れもしない、その顔。七年間追い続けた仇。
敵機は遠ざかっていく。銀に輝く翼をふり、余裕綽々のようすで戦場を去っていった。
体中の血が、憎悪と復讐に煮えたぎる。かみ締めた唇に血がにじんだ。
――つぎは負けない。
――つぎは墜とす。
「ぶっころ……」
ごつん。後頭部に痛みが走った。驚いて起き上がる。目の前にはでっぷりと太った男が立っていた。レイの所属する東大陸空軍第二〇八飛行隊の指揮官、アドルファス大佐であった。
「レイ・フロックハート。会議中に居眠りとは、感心せんな。まさか、墜とされたのも居眠りのせいではあるまいな」
「しっ……失礼しました!」踵を鳴らし、敬礼する。「以後気をつけます……はい……」
「ふん」アドルファス大佐は、自慢の口ひげをなでながら、スクリーンの前に戻っていった。眠そうにしているパイロットたちを見回し、レイを睨み、一喝する。
「居眠りなど、たるんでいる証拠だ。任務を怠ることは、我らがバーンハード王家に対する無礼と同じ! わかったか!」
「はっ!」全員が、声を合わせて返事する。見事なハーモニーだった。
「明日の任務の搭乗割りは、先ほど伝えたとおりだ。以上。解散!」
パイロットたちは席を立ち、会議室から出て行った。レイは残り、アドルファス大佐に歩み寄った。
「大佐、お話があります。少しよろしいでしょうか?」
「なんだ。言ってみろ」
「はい。先日の任務で、敵機が追尾ミサイルを使用してきました。追尾ミサイルは、我々東大陸がつい最近試作品を完成させたばかりです。それなのになぜ、科学力で劣る西大陸が使用してきたのでしょう」
あの後ずっと気になっていたことだった。もし軍部の情報が漏れているならば、対策を練らなければならない。
「そのことについては他のパイロットからも質問があった。だが、これは上層部のみの機密事項だ。エースパイロットとはいえ、教えることはできん」
「そうですか」
落胆が襲う。予想通りだった。やはり上層部は、たかがパイロットには教えてくれない。
大佐に頭を下げ、無機質な会議室から出る。薄暗い廊下にはレイしかいなかった。これまた無機質な窓の外は、鉛色の雲に覆われ、弱い雨が降り続いていた。廊下を突き当りまで歩き、右に曲がる。傘を差して、外に出た。
確か今日は、次期国王、アドニス・バーンハードの許婚である、アリス・エインズワース嬢が、船で王城のある都へ向かっているはずだ。
「奇襲には最適だな」
今年で十九か。今日ほど憂鬱な誕生日はない。左手につけた指輪を眺めながら、アリス・エインズワースはため息をついた。豪華な装飾の施された窓の外に目をやり、またため息をつく。今朝から降り続く雨が、憂鬱感を助長する。
――なぜ自分が次期国王の許婚なのだ。
約一ヶ月前、次期王子、アドニス・バーンハードから手紙が届いた。内容は、婚約したいという意味のことが、甘ったるい文面で長々とつづられていた。王子は私の外見と、エインズワース家に代々伝わる指輪に惹かれたらしい。
指輪は翼の形をした飾りが付いていているもので、風を自在に操る魔法がかけられている、魔法の指輪だった。王子はこれが欲しいらしい。手にしたって、どうせすぐ飽きるだろうに。
「少し、奥の部屋で休みます」上機嫌で脂ぎった肉にかぶりついている、太った母につげる。父いわく、昔は彼女も美しかった……らしい。
「あら、どこか具合でも悪いの?」母が心配そうに覗き込んでくる。「食事もまったく手をつけてないじゃない」
これから待ち受ける出来事を考えれば、食事がのどを通らないのも当然だろう。何しろ王子はかなりのわがままで、これ以上ないくらい不細工らしい。そんな人と結婚することの、何が喜ばしいというのか。母は熱心に結婚を勧めてくるが、金と権力がほしいだけだろう。
「昨夜はあまり寝むれなかったので」
「そう。じゃあ、ゆっくり休んでね。明日には、王子様との対面式があるから」
「はい」
側近たちが、重たい扉をあける。ため息をつきながら扉へ向かった。と、船外から聞きなれないプロペラ音が聞こえてきた。
何だろう。首をかしげる。次第にプロペラ音は大きくなってきた。接近してくるのを感じる。
そして次の瞬間、爆音が轟いた。大型船が激しく振動する。
「何事だ!」父が立ち上がり側近に怒鳴る。廊下から船員が転がり込んできた。
「西大陸の奇襲です。お逃げください!」
父母の顔が引きつる。二人は慌てて部屋から飛び出してきた。途中食器がひっくり返り、スープがカーペットにぶちまけられたが、かまわずに逃げ出してくる。
「こちらにお逃げください」三人は船員に連れられて、廊下を駆け抜けた。揺れが酷く、走りづらい。
「きゃあ!」甲板に出たところでドレスのすそをを踏んでしまい、こけた。前を行く三人と離れる。
気づいた船員が助けに駆けてくる。しかし、再び爆音が響いた。目の前の床が真っ二つに割れて、傾いていく。
船は火を吹き上げ、蜂の巣になっていた。二つに折れ、暗い海へと沈んでいく。
「お父様っ、お母様!だれかっ…………誰か助けてぇ!」
落ちまいと必死に抵抗するが、ついには重力に抗えず、落ちる。
何度も銃撃音が響き、床や壁に穴があき、鮮血が飛び散り、爆発が起きる。熱風が押し寄せ、軽いアリスの身体は外へ投げ出された。
暗い海へ墜ちていく。わたしは死ぬだろう。恐怖に麻痺した頭の片隅でそう認識した。だが、不思議と不安はなかった。
――これで、不細工と結婚しないですむ。
次の瞬間、視界は泡に包まれた。海へおちたことを認識する。視界は暗転した。