桃太郎から追放された〝ヒツジ〟ですが、逆に犬を追放してやります!〜後から謝ってもどんぶらこくらいもう遅い!〜
「ヒツジ……お前は真のお供ではないから、追放する必要がある!」
都を騒がす鬼どもを退治する為に、桃から生まれた桃太郎は、鬼ヶ島へと四匹のお供を引き連れて、今日も今日とて元気いっぱい夢いっぱいに、意気揚々と道を進みます。
そんな道すがら、桃太郎たちが今にも桃が流れてきそうな綺麗な小川のほとりに腰掛けて、長い旅路に向けた休息をとっていると、桃太郎がヒツジに対して、急にそんな事を言い出しました。
桃太郎のお供と言えば、そう皆さんご存知、犬、雉、猿、そしてヒツジですよね。
「ええ!? 僕ですか!?」
急に追放するなんて言われて、ヒツジは横に長い瞳孔を丸くして驚きます。
ちなみに何故、横に長い目をしているかといえば、肉食動物から逃げるために、視野が広くなっているんですよ。
「僕になんの問題があるっていうんですか! キビ団子を分け与えられた立派なお供の一人じゃないですか!」
「何故だろう、俺はそのことに激しく違和感を覚えてならないんだが……」
桃太郎は何故か犬、雉、猿、ヒツジの並びに、釈然としない様子で首を捻っています。
ここまで一緒に旅をしてきた仲間だというのに、おかしな話ですね。
「いいですか桃太郎さん。犬、雉、猿、そしてヒツジという並びはごく自然なものなんですよ! 今、それを説明してあげます!」
ヒツジは鼻息を荒くして、蹄で地面を引っ掻きながら、円状に文字を書いていきます。
そうして書かれたのがこちらです。
北 鬼門
亥子丑
戌 寅
西 酉 卯 東
申 辰
裏鬼門 未午巳
南
「これは十二支か?」
「その通り! これは十二支を、司る方位によって並べたものです! 十二支は陰陽五行より古い起源を持つので、後付けされたものだと考えられますが、後の世に様々な影響を与えました。さて、これを見て何かに気付きませんか!」
桃太郎はしばらく首を捻って図を眺めますか、何も思いつかなかったのか、諦めたように適当なことを言います。
「うーん、西と酉が滅茶苦茶似ているくらいだな」
「そこも面白いところですが! ここではその周辺の戌酉申に注目してください!」
ヒツジは図の西と書かれた場所の周辺を強調します。
「お供の三人が並んでいるんだな」
桃太郎はようやくその並びに気付きました。
しかし、本当にヒツジが言いたいのは、その並びがどう繋がっているかということなのです。
「そして、続く名前は……未! つまり、この僕、ヒツジなんですよ!」
ヒツジはビシッと輪を指差し……いや、蹄ひずめ差します!
黄金の蹄と称されるこのこがね色の蹄は、牧草地を踏み締め、丈夫にすることで有名です。
「なんだってー!?」
黄金の蹄による黄金の指摘を受けた桃太郎は、大変に驚きました。
そう、戌、酉、申……即ち、犬、雉、猿の次に続くのは存在はヒツジだったのです!
衝撃の事実に動揺する桃太郎にヒツジは回復の隙を与えません。
畳み掛けるように、勢いよく話を続けます。
「さらにですよ! 何故我々が鬼と戦うお供なのかという話ですが……それは丑と寅が関係して来るのです!」
「なんで今、うしおととらが関係してくるんだよ」
「それは藤田和日郎の漫画です。関係ない! と、言いたいところですが、全く関係ないと言い切れない面がありますね……でも今は置いておいて、桃太郎さん、鬼と言えばどんなイメージを持ちますか」
「そりゃあ、ツノが生えてて、虎柄の腰巻きを……はっ!?」
桃太郎は自分で言いながらその共通点に気が付きます。
そう、虎柄は寅から……ツノは丑からなのです!
「そうです! 鬼という存在はこの丑寅と密接な関係があるのです! 故にここを鬼門と呼びます!」
「なななな、なんだってー!?」
桃太郎は驚きに驚いて、川に足を滑らせ、水の中に転んでしまいます。
あらあら、一足早い里帰りでしょうか?
川出身ですもんね!
そのままどんぶらこどんぶらこと流されれば良いものを、桃太郎は立ち上がり、焦ったように反論を始めました。
そのよく動くお口のおかげで、お供を団子一つで懐柔できたのでしょうか。
「冷静に考えたら丑寅が鬼と関係あるからなんだっていうんだよ!」
「ふふふ……丑寅に、鬼門に相反する位置には何がいますか」
「なにって……さ、申と未だと!?」
ついに明らかになった真実に、ヒツジは得意満面です。
そう、そこにいるのは猿とヒツジ。
いけ! ヒツジ! そのまま真に追放されるべき存在を追求するのです!
「そうです! これは鬼門に対する裏鬼門と言って、鬼を抑える方角なのです! 要するに、酉も加えて雉、猿、そしてヒツジの私が正しい形なんですよ!」
「ぐぬぬ……」
ぐぬっている桃太郎の姿は大変に心地よいものですが、そこで手を休めるヒツジではありません。
鬼のように追求を続けます。
「これで、桃太郎さんもわかったでしょう。真に追放されるべき存在が」
「真に追放されるべき存在だと……?」
「鬼門を基準に見た時、明らかにおかしい奴がいますよね。追放されるべきは、そいつなんじゃないですかねぇ」
「まさかお前……犬を追放しようと言うのか!?」
「えっ、私に話が回ってくるの?」
横で適当に話を聞いていた犬が、急に話を振られて驚いています。
古くからの人類のペットだからって、調子に乗っているからこんな目に会うのです!
ヒツジだって古くからの家畜ですよ!
「犬、貴女がいるから全てが狂うんです! 貴女さえいなければ、全て丸く収まるんですよ! 貴女こそが諸悪の根源なのです! ちょっと可愛いからって、調子乗ってるんじゃないですか!!!!!」
「ううっ、私、そんなつもりじゃ……」
「やめろ!ヒツジ!」
ヒツジによって、まさに怒涛の勢いで責め立てられている犬を、桃太郎が庇います。
犬め! 悲劇のヒロイン気取りですか!
もふもふしやがって! ヒツジの方がもふもふですよ!
「俺は犬を追放するつもりはない……そして、最初から言っているだろう。追放されるべきはお前だ、ヒツジ!」
あろうことか、桃太郎はここまで完璧な説明を聞いてなお、犬ではなくヒツジを追放しようとするではありませんか。
相当に犬好きなケモナーに違いありません。
「何故です! 鬼に相対すべき存在はこの私なんですよ!」
「いいか、ヒツジ。お前には致命的な欠点がある」
「そ、それは一体なんですか……!」
桃太郎はヒツジにビシッと指差すと、衝撃的な一言を告げました。
「お前、ツノ生えてるじゃん」
ヒツジはその言葉に対して……何も言い返せませんでした。
さらにこう続けます。
「目もキモいし」
ヒツジは愕然とし、その場に立ち尽くしました。
しかし、反論は思い浮かびません。
そんな理由に負けるの!? と思われるかもしれませんが、「うーん、なんか微妙だし他のやつで当てはめるか!」とか、「何となく一個ズラすか!」という思考は神話や昔話においては重要な要素なのです……。
感情論に対して理屈では争ってもどうしようもないというのもあります。
しかし、もっと言ってしまうなら、これは人類は犬が大好きだと言うことでしょう。
ヒツジは人間の犬愛に負けたのです……。
こうしてヒツジは奮闘も虚しく、桃太郎一行から追放されてしまいました。
桃太郎は犬、雉、猿というイマイチパンチに欠けた編成で鬼ヶ島に向かいます。
可哀想なヒツジ……しかし、彼はへこたれません!
「だったら、鬼の仲間になってやる!」
逆転の発想でした。
裏鬼門の位置に存在するヒツジが鬼側に付く……勇者が魔王の仲間になるような熱い展開!
やや性格の悪いヒツジはこうして一人で鬼ヶ島を目指します。
この騒動をきっかけに、桃太郎とヒツジの長き渡る戦いが始まったのです。
果たしてどちらが勝利したのか……それは後の世が証明してくれるでしょう。
あなたが持っている桃太郎の本に、ヒツジのお供がいたら、もしかするとあなたはヒツジが勝った世界にいるのかもしれません。
あるいはタイトルがヒツジ太郎になっていたり、鬼がヒツジになっていたりするかも……是非、確認してみて、ヒツジがそこにいたら、応援してあげてくださいね!
インド叙事詩のラーマーヤナと桃太郎についての話も続くはずでしたがもうインド神話紹介になるので断念。
牧羊犬ということでヒツジ犬の話も考えましたが……断念!
なお、十二支と桃太郎の関係はあくまで説ということをご了解ください。
普段、投稿しているこちらの連載小説もよろしくお願いします。
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