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 男の笑い声に驚いたのはシャンティだけではなかった。


 付近の木々の枝で羽を休めていた小鳥たちも、ピチチッピッピチッピチチと鳴く。それはまるで”もうやだ、この教会、うるさすぎるっ”と非難の声を上げているようだった。


 でもシャンティは、それらがまったく耳に入ってこなかった。そして、予想外の展開にシャンティが更に目を丸くすれば、男は下を向き笑いを押し込めてから、顔を上げ口を開く。

 

「安心しろ。そういう類じゃない。ちょっとばかり人助けを願いたいだけだ」

「……人助け……ですか?」


 シャンティの長所は気立てが良く、人を疑わないところ。

 そして欠点をあげるなら、馬鹿が付くほどのお人好しだった。


 そんなわけで、シャンティは男が馴染みのある軍人だったということ、人体実験ではないこと。加えて人助けというワードを耳にして、警戒心がぐっと減る。


 それをこの軍人は見逃さなかった。


 飼い始めた子猫を撫でるように、慎重に手を伸ばす。次いで、シャンティの頭をポンポンと軽くたたいた。


「ああ。そうだ。そして君にしかできないことなんだ。……だが今は説明している時間がない。一先ず馬車に来てもらおう。安心しろ、怖いことはない」


 その口調はこれまでのとは一変して、シルクの肌触りのような静かで滑らかな、やさしい語り方だった。


 そして、とても人を惹きつける声音だった。


「……うん。わかりました」

「よし、良い子だ」


 大人しく頷いたシャンティに、男は満足そうに笑みを浮かべる。そして、もう一度シャンティの頭を優しく撫でた。








 そんなこんなで馬車はヤバイ軍人と花嫁を乗せて勢いよく走り出す。


 けれどそれはしっかりと紋章付きで、どう見ても人攫いに使うものではない。あとその男の膝の上に着席している自分をどうよ?と他人事のように思ってしまう。


 随分とオープンで好待遇な誘拐ですね。あと、なぜに自分は椅子に着席せず、ここ?


 なんてことをシャンティは心の中で言ってみる。あくまで心の中だけで。


 なぜなら向かいの席に座っている軍人と執事らしい壮年の男は絶賛打ち合わせ中で、とてもじゃないけれど声をかけれる雰囲気ではないから。


「───......なんだかんだと時間がかかってしまったが、挙式に間に合いそうか?」

「そうですね、予定より遅れております。開式時刻も5分ほど遅れそうですが、大丈夫でしょう」

「定刻より遅れるのに支障はないと?どういうことだ?」

「はい。まずこれは軍事行事ではありません。ギルフォードさまとその奥方さまになる方の人生行事であります。人生というのは何事においてもトラブルがつきものです。参列者もその点はご理解いただいているでしょう」

「そういうものだろうか......」

「そういうものでございます。かくいうわたくしも、っん十年前の自分の挙式の際、妻がギリギリになって髪型が気に入らないと言い出しまして、予定時刻から30分ほど遅れました。ですが、この通り平穏無事に今を迎えております」

「そうか」

「はい。式当日のトラブルは、夫となる花婿に神が与えたもう試練でございます。妻となるものに、どれだけ誠心誠意つくせるかと。どれだけ忍耐が必要かという教えでもございます」 

「なるほど。奥が深いな......為になった」

「いえ、老人の戯言でございます」

「あのう……」


 シャンティはそんな二人に恐る恐る声を掛けた。


 同時に鋭い視線を浴びて、ひぃっと情けない声を上げる。


 けれど、ヤバイ軍人のほうはすぐに怯えた花嫁をみて表情をやわらげた。


「すまない。こちらも急いでいたので手荒な真似をしてしまった。あと馬車が狭いため、座り心地が悪いのは認めるが少々我慢してもらおう」

「……いえ」


 ガタイが良く、しかもイケメンに謝られたら、面食いのシャンティはすぐさま首を横に振る。


 あと、面食いなのは自覚しているが我ながら現金だとも思う。


 だがこの軍人、本当に顔が良い。きれいに撫で付けられている濃緑の髪は、つやつやのさらさら。一筋だけ額にかかっているのが、妙に艶かしい。そして鋭い琥珀色の瞳は、まぁ......色はきれいだ。ただ、良く斬れる刃物に見える。


 ただ眼光の鋭さはおいておいて、凛々しい眉やすっと通った鼻筋、形のよい唇の配置はすばらしい。そしてがっしりとした体躯。眩しい程のきらびやかな軍服が滑稽に見えないところが、憎らしい。


 この男を総称するとやっぱりカッコいい。この言葉につきる。だがこの男、顔が良いが強面でもある。控えめに言って形相が悪い。

 

 そして、ちょっとばかり思い違いというか、察しが悪い男であった。 


「ああ、そうか。自己紹介が遅くなってすまなかった」


 いや、いや、待て、待て。謝るのはそこじゃない。

 

 シャンティは心の中でツッコミを入れた。


 けれどこの男は読心術に長けているわけではないようで、シャンティの心情などまったく気づかない様子で自己紹介を始めてしまう。


「私はギルフォード・ディラスだ。ギルと呼んでくれたまえ。あと、すまない。少し打ち合わせをしているので待っててくれ。終わったら簡潔に説明させていただく」


 3度目のすまないに対し、シャンティは引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。 


 挙式、花婿、人助け。


 この3つのワードで、だいたいの察しがついてしまったから。


 そしてこの男、ギルフォードの服装は軍の制服ではなく、軍人の花婿衣装だというのにも気付いてしまった。......気付きたくはなかったけれど。

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