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 まったくもう、今日はとんだ厄日だ。


 シャンティはそう思った。


 花婿には逃げられるし、祖父はお貴族様に向かって牙を剥くし、知らない男に俵担ぎにされるし。

 

 そしてこうも思った。


 一度、占いにでも行ってみようかと。星占いに、手相に、タロットカード。はたまた東洋の六星占術も。王都は広い。探せばいくらだって占い師はいる。


 でも数が多い分、イカサマ占い師には気を付けなければならない。ある事ない事でっちあげて、最悪、壺を買えとか水を買えとか言い出しかねない。なにせここは王都、悪魔の巣窟。優しい顔して結婚式をトンズラする人間が……───


 と、思わず思考が脱線しかけたシャンティだったけれど、まず今自分がしなければならないことを思い出した。


「降ろしてください!!」


 もがきながらそう叫んでも、シャンティを担ぐ男の足は止まらない。そしてその男は大変落ち着いた声でこう言った。


「無理だ。黙れ。暴れるな」


 ホップ、ステップ、ジャンプ。みたいなノリで返事がきたけれど、そうですかなど頷けるわけがない。


 そんなわけでシャンティはもがくし暴れる。けれど、自分を俵担ぎしているこの男は、全然びくともしないし、痛がりもしない。


 そして裏庭の木々を通り抜ける際には、空いている方の手で枝を避け、シャンティを気遣う素振りすら見せる。


 その気遣いはいらない。


 男の要らぬ心配りにシャンティは半目になる。そして更に激しく暴れようとしたその時───


「あーいたいた。探したよー」 


 そんな緊張感ゼロ。能天気さ120%の声と共に、一人の軍服を着た青年がこちらに駆け寄ってきた。


 この人は式の参列者のひとりだろうか。シャンティは、まずそう思った。


 シャンティの祖父は軍人ではないけれど、軍事施設で働いている。だから参列者の中に軍人がいてもおかしくはない。


 そして、この人は誘拐されている自分に気付いて助けに来てくれた人なのかも。


 シャンティは期待を込めた眼差しを青年に向ける。ついさっきの能天気な口調にやや引っ掛かりを覚えたけれど、それでも期待する。


 でも残念ながら違った。

 どうやらこの青年は、この人攫いと顔見知りらしく、人懐っこい笑みを男に向けた。


 そして男もシャンティを俵担ぎにしたまま足を止める。


「良かった。確保できたんだね」

「ああ。まさか裏庭にいるとは思わなかったがな」


 この会話で、この青年がシャンティを助けに来てくれた人ではないことがわかった。


 シャンティの目がみるみるうちに死んでいく。けれどそれに構うことなく、2人は軽い口調で言葉を交わす。


「じゃあ僕、ちょっと先行って諸々やってくるね」

「……あのぉー」

「頼む。任せた」

「……助けてください」

「りょーか」


 『い』を言い切る前に、軍服を着た青年は消えてしまった。


 そして会話の合いの手のように助けを求めたシャンティだったけれど、見るも無残に無視をされ、王都の世知辛さを身をもって知った。


 だが、シャンティは諦めない。なら、こうだと大きく息を吸った。


「誰かぁー、助けてく……んぐぅ───」

「ちっ、黙れと言ったのが、聞こえなかったのか?」


 大きな手で口を押さえられたと同時に、そんな不機嫌な声がシャンティの耳朶を刺した。


 そして俵担ぎから、腕に着席させるという”片腕抱っこスタイル”に変更したと同時に凄まれた。


「いいか大人しくしていろ。それと今度、大声を出したら、目的地まで気絶させるぞ」

「なっ───……ん゛?」


 物騒な言葉に、シャンティは息を呑む。けれどすぐに、驚いたように目を丸くした。


 それをどう受け止めたのかわからないが、男はシャンティの口元から手を離す。そして視線だけでシャンティの発言を許可した。


「あの……あなたも軍人さん?」

「そうだが」


 だからどうしたという表情を浮かべた男に、シャンティは泣きそうな声でこう言った。

 

「……花婿に逃げられた花嫁は、何かしらの研究材料にでもなるんですかぁ?」


 王都の軍事施設はとても大きい。

 そしてそこに所属する人間全てが剣を持ち、日々鍛錬に明け暮れているわけではない。


 兵器を開発するもの。情報を収集するもの。暗号を開発するもの。施設環境を整備するもの。


 そして医療に従事するもの。……もとい、()()()()()()()()を研究するもの。


 自分を俵担ぎしている男は、きらびやかな恰好をしているけれど、どう見ても軍服をベースにしている。

 この制服がどこの部隊に所属しているのかはシャンティは存じ上げないけれど、普通の軍人ではないことはわかる。はっきり言ってヤバイ系の軍人にしか見えない。


 そして、いかがわしい何かを研究している人たちの思考は計り知れないと祖父は日ごろから口にしていた。

 ちなみにシャンティはそう言う祖父の思考すら計り知れないと思っている。


 そんなこんなでシャンティが泣きそうな声でそう訴えれば……。


「あははっはははっははっはっ」


 なぜか男は大爆笑をした。


 それはシャンティがこの状況を忘れるほど、朗らかで豪快な笑い声だった。

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