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 澄み渡る青い空。

 若葉の季節に吹く爽やかな風。

 木々の隙間から聞こえる小鳥のさえずり。


 純白のドレスに身を包んだシャンディアナ・フォルトことシャンティは、ホウキや空き箱が置かれたままの教会の裏庭で、こんな日に相応し……くない気持ちを現在進行形で抱えていた。






「いや、逃げるって………マジで?」


 そう呟いたシャンティに、再び優しい風が吹く。


 ”喜びを運ぶ”という花言葉を持つクチナシの花の香りもそれに乗っかって、シャンティの鼻孔をくすぐった。 


 けれどシャンティの現実は、何一つ優しいと呼べる状況ではない。そして喜びも運べるものなら運んでみろよと思う状況である。


 なぜなら───


「っていうか、逃げるくらいなら求婚しないでよ。………しかも式当日に逃げるってアリ?控えめに言ってナシだわ。いやもうナシナシのナシだわ」


 と、いうわけだったから。


 ここではっきり言葉で表すと、シャンティは結婚式当日に花婿に逃げられた哀れな花嫁だったりもする。


 ちなみにこれは、友人がしかけた悪質なドッキリでもなければ、夢オチでもない。どれだけ頬っぺたを引っ張っても、まごうことなき現実。

 それと余談ではあるが、シャンティにはこの王都では友と呼べる人間はいない。

 

 そんな友も無く、花婿も消えてしまった哀れな花嫁は、はぁーっとため息を零す。


 項垂れた拍子に顔の両端に垂らした胡桃色の髪が頬をくすぐる。鬱陶しい。


 そして流行りのゆるふわ感を出した今日という日の特別な髪型が、あまりに滑稽過ぎて笑い出したくなる。

 

 ああ、張り切ってこんな髪型にするんじゃなかった。

 そうすれば、この惨めな気持ちが少しは減っていたかもしれない。……んなわけない。


 シャンティは一人ツッコミを入れた後、乾いた笑いを漏らした。

 そしてたまたま視界に入ったとある樹に目を向けた。


 ───丁度いい高さに、丁度いい太さだ。このまま、この枝で首をくくってしまおうか。


 自棄(やけ)っぱちになったシャンティは、一瞬だけそんな愚かなことを思った。


 でも、そのスミレ色の瞳は既に生気が無い。一足早く、木の枝にぶら下がってしまったようだった。


 けれどすぐシャンティは首を横に振る。

 それだけは、絶対に、何があっても、やってはいけないことだというのは、絶賛捨て鉢状態でいてもわかっているから。


 両親が死んで、王都に引き取ってくれた祖父母のためにも、首が伸び切った花嫁姿の自分を見せるわけにはいかない。


 それに、在りし日の母が娘のためにと暇を見つけてはちまちま作成し、その後、祖母が引き継いで完成を迎えたこのコラボドレスも、こんなふうに役目を終えるのは望んでいないはず。


 第一、そんなものを見せたら祖父母までショック死しかねない。


 3人揃ってどの面下げて天国の両親と対面できるのだろうか。

 いやきっと、両親は血相変えて速攻”帰れ”と言うだろう。問答無用で襟首つかんで雲の下に落とされるのがオチだ。そして落ちた先は……地獄?


「いやそれ、おかしい」


 思わずシャンティは、再び一人ツッコミを入れてみた。そしてそのままの勢いで再び口を開く。


「っていうか、地獄に落ちるのは私じゃなくて、あの人でしょ?」


 多分この問いを100人にしても、100人全員が同時に頷くだろう。”そうですねー”と、どこかの世界のお昼のバラエティー番組の最初のやり取りのように。

 そしてそのまま「やっ(殺し)ちゃって良いかな?」とノリ良く聞けば「いいともー!」なんていう元気の良い返事がもらえるだろう。


 ……と、まぁ話がだいぶズレてしまったけれど、出来心で首をくくってしまいたいと思ったシャンティは、そもそも地獄に落とされるような悪いことなど何一つしていないのだ。

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