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ブローチを捨てた理由は大方予想がつく。婚約者であるアンベールにでも貰ったに違いない。そう考えると苛つくが、テオドルにとってはこのブローチは幸運のブローチだ。
ヘンリエッタに会う口実がようやく出来た。さて、これからどうするか。舞台は整った。テオドルはブローチを握り締めた。
「取り敢えず、彼女に会いに行こうかな」
「あのさ、僕からも1ついいかな?」
暫し静まり返っていた中、テオドルが口を開いた。
「実は、此処に来る前にヘンリエッタのお父上がたまたま登城されててお会いしたんだけど」
その言葉にヘンリエッタもアンベールも目を見開く。
「それで少し立ち話をしたんだ。それで僕とした事がうっかりしてて…君とオルガの事、つい口を滑らせてしまって話しちゃったんだよねー」
テオドルは如何にもワザとらしく眉を寄せた。それを見たヘンリエッタは呆れた。テオドルは嘘を吐いている。
その理由は今朝父から直接陛下から呼び出しがあったと聞いたからだ。まさか陛下ではなく呼び出したのがテオドルだったなんて、驚いた…。
しかし、ヘンリエッタはそろそろ頃合いかと考えていたので、父や母に報告するつもりではあったのだが。テオドルが一足先にバラしてしまった…。複雑だ。
兎に角、テオドルが父にどの様な感じで伝えたのかが重要だ。事実をそのまま補正する事なく伝えたとしたなら今頃父は烈火の如く、怒りに震えている事だろう。
まあ、アンベールとオルガがどうなろうと知った事ではないが。多少同情しないでもない。
「殿下!そんな勝手な事をされたら…」
アンベールは先程から忙しい。驚いたり焦ったり喜んだり、妄想したり…正直鬱陶しい。
「あー…アンベール、お父様の知る事になった以上覚悟はしておいてね。まあ、どの道近い内には私から話すつもりだったから結果は変わらないし。諦めて?勿論オルガも、ね」
ヘンリエッタは先程からずっと黙り込み立ち尽くすオルガにも確り伝える事を忘れない。
「ま、待ってくれ!ヘンリエッタ、頼む!お父上には勘違いだと言って貰えないか⁈このままでは私は勘当されて家を追い出されてしまう‼︎」
青い顔をしたアンベールは必死にヘンリエッタにとりなして貰える様に嘆願する。
「元々浮気を唆して来たのはオルガなんだ!オルガから誘ってきて…私はまんまと彼女に騙され、そうだ!私はオルガに騙されていたんだ!だから私に非はない!」
呆れて物が言えないとは正にこの事だ。今度は己の身可愛さに全ての責任をオルガに擦りつけるつもりだ。
ヘンリエッタのアンベールへ向ける視線は軽蔑をするものだった。窮地に陥ると人は本性を現す。アンベールの本性は今目前にいる彼なんだろう。
見る目ないな、と思った。こんな下らない人の何処が好きだったのだろうか…。悲しくなってくる。いや馬鹿馬鹿しいの間違いか。
なりふり構わず縋り付いてくるアンベールにヘンリエッタは。
「これから大変だと思うけど、頑張ってね?」
ヘンリエッタは使用人を呼びアンベールを無理やり退出させた。アンベールはずっと叫んでいたが全て無視をする。そして部屋を出るアンベールの背に。
「永遠にさようなら、クズ男‼︎」
と力一杯叫んだ。
流石にはしたなかったが、1番言いたかった事が言えてスッキリした!もう会うことはないだろう。
テオドルを横目で盗み見た。かなり引いている事だろう…。だが意外にもテオドルは笑っていた。寧ろ「素晴らしいよ」と褒められた。何故⁈とヘンリエッタは困惑していた。
「じゃあ、私もつまみ出される前に帰ろうかしら」
すっかり大人しくなったオルガは笑っていた。清々しい表情を浮かべ、他意は無いように見える。
「オルガ私…貴方が大嫌い」
「まあ、そうでしょうね」
「でも、今も心の何処かで貴方みたいにになりたいと思っている自分がいるの。馬鹿みたい…」
別にオルガの様に浮気をしたい訳ではない。だがオルガはきっと甘んじて罰を受けるつもりだ。
我儘で傲慢で高飛車でどうしょうもないオルガだが、アンベールと違って彼女は度胸と覚悟があった。多分あんな風に言われてもアンベールを最終的には赦してしまいそうな気がする。それは本当にオルガはアンベールを愛していたからなのだと…。
だってアンベールの背を見ていたオルガはとても優しい表情をしていたから。ヘンリエッタのアンベールへの想いは愛ではなかったのだろう。確かに好きだったが…ただそれだけだ。自分も愛を理解する日はくるのだろうか…。
少しだけ羨ましい、かな。
「相変わらずお人好しね。だから私にアンベールを取られるのよ。でも……嫌いではないわ。ヘンリエッタ、私謝らないから。だから赦さなくていい。だから…たまには私を思い出しなさい」
オルガはそれだけ言うと部屋を出て行く。その際に振り返る事なく「もう、会う事はないけど精々頑張りなさい」と言った。
オルガはその後アンベールと結ばれる事はなく、修道院へと行った。




