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公爵令嬢のヘンリエッタには婚約者である同じく公爵令息のアンベールがいる。昔から家同士交流があり仲が良く、ヘンリエッタとアンベールの婚約の話も自然な流れで決まった。


アンベールは気さくで優しく紳士的な青年だ。ヘンリエッタより5歳年上という事もあり昔から兄の様に慕っていた。お互い良い関係を築けているとヘンリエッタは信じて疑わなかった、あの日までは。



「何してるの…」


その日は舞踏会に参加していた。ヘンリエッタは体調が優れず欠席する予定になっていたが、城での舞踏会は滅多に開かれる事はない為直前になりヘンリエッタは行く事にした。少し顔を出したら帰れば良いと思い少し熱っぽいまま支度を始めた。


大分開始時刻は過ぎているが、舞踏会の夜は長い。まだ優に大丈夫だろう。ヘンリエッタは広間に入るとオルガとアンベールの姿を探した。2人も無論参加している筈だ。大体社交の場ではあの2人と一緒に行動している。


オルガはヘンリエッタの幼馴染だ。侯爵令嬢のオルガは可愛らしくお淑やかな女性だった。ヘンリエッタを介してアンベールとオルガは知り合い3人で行動する事が増えた。ヘンリエッタはアンベールもオルガの事も昔から大好きだった。


会場中を見て回ったが2人の姿は何処にもない。もしかしたら外の空気を吸いに出たのかも知れないとヘンリエッタは庭へ出る。意外と飽き性な性格を持っているオルガに連れられて会場から外に出る事は結構あった。


ヘンリエッタは庭に出て人影を探した。今夜は月がよく見える。辺りを煌々と照らし出し神秘的な光景が広がる。ヘンリエッタは月見をしながらゆっくりと人影を探していた時だった。声が聞こえる。


「愛してる、オルガ」


「私もよ、アンベール」


咄嗟に木の陰に隠れていたヘンリエッタは心臓が止まったかと思った。聞こえてきた声はアンベールとオルガのものだ。2人は身体を寄せ合い口付けを交わす。


初めは訳が分からなかった。理解が追いつかない。現実だと思えなくて、夢でも見ている気分だった。次第にこれが現実なんだと理解したら今度は頭が真っ白になる。身体が震えてくる。どうすれば良いのか分からない。


思うように動かない身体を引きずる様にしてヘンリエッタは一歩又一歩歩いた。そしてアンベールとオルガの前まで行くと。



「何してるの…」


ヘンリエッタの口から出た言葉は陳腐で間抜けなものだった。我ながら可笑しくなる。でもこれ以上言葉を探せなかった。


「ヘンリエッタ⁈ちが、違うんだ!」


「そ、そうなの!違うのよ」


急いで身体を離す2人の姿はとても滑稽に見えた。弁解する言葉も「違う」とお決まりな台詞。


「何が違うの?愛してるって口付けて、何が、違う、の…」


身体も声も震えていた。泣きたい。でも泣いたら負けだ。自分自身が余計に惨めになる。


「…ごめん、ヘンリエッタ。でも」


アンベールは一瞬言うのを躊躇う。だが決心した様に口を開いた。


「私はオルガを愛している。この気持ちは消せないんだ」


その言葉にヘンリエッタは、まるで後頭部を殴られた様な衝撃を受けた。遊びだと言ってくれたら赦せたのに…どうしてそんな風に言うの。ヘンリエッタは血が滲む程唇を噛み締めた。


「ヘンリエッタ、ごめんなさい。でも私達本気なの。本当に愛し合ってるのよ」


何も言葉が出ない。この2人は一体自分に何を言わせようとしているのだろうか。


私が2人を罵り悲劇の主人公になりたいのか、それとも潔く身を引き2人を祝福しろとでも言いたいのか。どちらにしろ莫迦げている。


ヘンリエッタは何も言わず2人を睨んだ。情けないがこれが今の自分に出来る精一杯だった。2人が息を呑むのが伝わってくる。


暫く沈黙が続く中ヘンリエッタは静かに踵を返した。


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