7話 「禁門(信善門)の変 ①」
大元帥ウィリアム・ダス・クリストフは先頃、諸州の英雄に檄文を飛ばした。
『名君は危うきを図て変を制し、忠臣は難を慮りて権を立つ。宰相ルイファルツ・ゼーレマンは私欲を貪り、道理に暗く、民を虐げる。弟王子二コラの師傅シギル・ルミトスは蛇のごとく狡猾にして狼のごとく残忍。宰相一派は上から下にいたるまで醜き奸賊の一味。悪臭を発す。大元帥ウィリアム・クリストフは詔を奉ず。正義の御旗のもと、諸州より王都に召集せよ。万代の革政を諸公と共になさん』
彼らからの反応を待っていたところ、諸州から次々と「上洛致します」とか「兵を援助致します」などという答文を携えた使者が日夜、彼の家門を叩いた。
外戚派、宰相一派に恨みを持つ中立派の文官武将そして、この僕も「王城に居ては危険だ」ということで叔父上の邸宅で待機していた。
キングリー先生が叔父上の前に来て、一礼をした後、真剣な表情で問いかける。
「檄文はザイン・ベルトホルトへもお出しになったのですか?」
「む? ……出したが?」
叔父上は「それがどうした」という表情を浮かべながらこれに答える。
「何て言うことを!」
普段大声などめったに出さない先生が、雷でも落ちたかのような声を上げた。
そんな珍しい光景を目にし、僕は疑問に思う。高が地方の一長官へ檄文げきぶんを送ったくらいで、そんなに慌てる必要はない。しかし、先生の態度から考えると何かありそうだ。では、その何かというのは何であろうか? その疑問はすぐ解消されることとなった。
「天下の人はよく彼を豺狼のような男だと言います。これでは狼を掃うためを虎を引き入れるようなものです。」
先生の憂いに「わしも同感だ」と、部屋のかたすみで参謀の幕僚たちと一面の地形図を開いていた一老将が歩みを大元帥の方へ進める。
見ると、その老将は王国軍中将ヴァルアトレ先生であった。先生もまた宰相派の役人に思うところがあったのだろう。
「おそらくベルトホルトは、檄文を見た時喜んだに違いない。王国の革正を喜ぶのではなく乱を喜び、己の野望を叶える時と考えている。わしも奴のことはよく知っておるが、あんな男をもし王都に入れたら、どんな災いを生じさせるか計り知れん」
ヴァルアトレ先生はわざとキングリー大臣の方へ向かって話しかけた。暗に叔父上を諫めたのである。
「彼は先生がそこまで言う男なのですか?」
「はい。ただ残忍というだけでなく狡猾な男です。宰相ゼーレマンに賄賂を贈り、辺境の地の長官に就き、王都の様子を窺っていたのでしょう。油断できません」
「なるほど。油断ならない奴ですね。叔父上、いかがしますか?」
「なに心配することはない」
ヴァルアトレ先生は僕に続いて苦言を呈する。
「しかしあまりに危険すぎます」
「天下の英雄を操縦するためには、疑心を捨てなければならんのだよ」
「……ですが」
ヴァルアトレ先生がなお苦言を呈しかけると、叔父上は少し嫌な顔をしながら険のある声を発する。
「まだまだ、諸君らは大事を共に謀るに足りんなぁ」
その言葉を発した瞬間、僕の中で空気が凍った。え? 誰に向かってそれを言っているの? キングリー先生、ヴァルアトレ先生のお二人はヴェルトリアを代表するような人物であり、文武百官からの信望も厚い。そんな彼らにこのような態度を取れば、心ある忠臣達も叔父上に見切りをつけ離れていきますよ。
「……そうですか」
キングリー先生もヴァルアトレ先生も、後の言葉を胸に呑んで部屋を出て行ってしまった。
僕はその後を走って追いかける。きっと気分を悪くされただろうな。
「先生方、お待ちを」
かけた声に反応し、くるりと振り返った二人。
「レオンハルト様。何か用があるのですか?」
「気になさらないでください。あの叔父上の驕った態度は一時の気の迷いですので」
上手い言葉が見つからない。こんな時なんと言えばいいのか?
「殿下。我々はこれしきのことで腹を立てたりはいたしません。それよりもするべきことがあるので、部屋から退出したのです」
「えぇ、クリストフ殿にその気がないなら、我々だけで対処する必要がある。何としてもザイン・ベルトホルトの都入りを避けなければならないのです」
二人は真剣な眼差しで僕に語り掛ける。その眼差しからもこのは急を要するというのを十分理解できる。
「先生方これからどうする気ですか?」
「直ちに兵を集め、ベルトホルトが王都に入ってくる理由を消すしかないですな」
「つまりそれって……」
・・・
一方。王城内のゼーレマンらもウィリアムが諸国へ檄を飛ばしたり、檄に応じて各地の諸侯がフェルストブルク付近まできて駐屯しているという大事を知らないはずがない。
彼らは慌てながらも対策を講じていた。
「一大事でございます。ゼーレマン様。我々はどうすればよいのですか?」
周囲の官僚は皆慌てふためき、ゼーレマンに策を乞う。
「落ち着け!」
ビリビリと空気が軋むような、落雷の気合いが響く。
「今更慌てたところで、どうにもならん」
静まり返ったこの場に、自身と貫禄に溢れた声だけが響き渡る。
数十秒考える素振りを見せ、ゼーレマンが口を開く。
「まずは急いでウィリアムを暗殺することだ」
「大元帥を……!」
「元々、奴は殺す予定だったのだ。それが少し早まっただけ。諸侯と言っても一枚岩ではないのだ。ウィリアムが死ねば収拾がつかなくなるだろう」
「……なるほど。そこで力のある将軍を丸め込めれば、切り抜けられると」
「あぁ、その通りだ。勝利を確信した馬鹿を殺すことほど簡単なことはない」
・・・
ゼーレマンらはひそかに手配にかかり、武装した王城の兵士を禁門に伏せておいた。ヘルシング王を騙しモンクスを召す親書を書かせたのだ。
門を出た死者は平和時のように振る舞い、何も知らぬ顔をしてモンクスの邸宅へ届けた。
「なりません」
ウィリアムの側近たちは即座に宰相らの陥穽を見破り諫める。
「陛下の詔とて、この際信用できません。危ない限りです。一歩もこの邸宅から出ることはなさらないほうが賢明かと」
「何を言う。いったい誰がヴェルトリアをこの手に収めようとするこの儂を害するというのか。奴らごとき鼠を恐れていると知られたなら、わしは天下の笑いものだ」
ウィリアムの悪い癖だ。人にこう言われると、それに対し自分にない器量を見せたがるという病だ。それに、驕りもあった。全官軍を指揮するこの儂に危害を加えようものなら、ただでは済まない。それはゼーレマンを含め天下の誰もが知るところであるという驕りだ。
彼はすぐ馬車を用意させ、重装歩兵五百と重装騎兵三百の総勢八百の精兵を連れ、物々しく参内に向かう。




