36話 「ザイン・ベルトホルトの死」
読んでくださった読者の皆様には、大変申し訳なく思いますが、自身の小説に思うところがあり、誠に勝手ながら色々直させていただきました。
登場人物の名前や設定についても一部変更しています。
今後このようなことがないように十分留意してまります所存です。
何とぞご容赦くださいますよう、お願い申しあげます。
今後ともどうぞよろしくお願い申しあげます。
ブランディスはキングリー邸へ着くと、門を叩き叫んだ。
「父上! 父上!」
キングリー家の召使が急いで門を開けると、彼は取次も待たずに屋敷に押し入る。
彼の声はアドミッドの部屋にも届いたらしく、彼はブランディスを出迎える。
「ブランディス殿。いったいどうされた?」
「どうかこの俺に策を。ソフィアを取り戻す策をお与えください」
「……。ここで話をしては誰かに聞かれるやもしれん。続きは中でしよう」
彼はそう言ってブランディスを自室へ案内する。
「父上。俺は生れてからこんな無念な思いをしたことがない」
「さぞ無念でしょうな。ブランディス殿のお気持ちはよく分かります」
「そこでどうかこの俺にソフィアを取り戻す策をお与えください。あの老賊を殺してでも、取り返したいのだ」
アドミッドは彼の言葉にわざと大げさな身振り手振りで、彼を諫める。
「滅多なことを口にしてはならん。もし、そのようなことが外に漏れたら、その身を滅ぼすことになりますぞ」
「いいや、もう俺は堪忍袋の緒が切れた。大丈夫たるこの俺が老賊ごときを恐れることなどあろうか」
「おぉ、ブランディス殿。そなたはやはり稀代の英傑でいらっしゃる。そなたの覚悟にこの私も胸を打たれましたぞ」
「う~む。だが……」
ブランディスは悔しがり歯を強くくいしばりながら呻く。
「あの老賊の甘言にのせられて奴と養父養子の約束さえしなければ、今すぐにでも事を挙げるのだが。この約束のため俺は怒りを抑えているのだ」
「ほほぉう。ブランディス殿はそんな非難を恐れていたのですか。世間は全く気にしないというのに」
「なぜだ?」
「国賊を殺すという大義のため、義親子の契りを破るという小不義を行う。これのどこに恥じることなどあるのですか? 社稷のため、私情を捨てる将軍を非難する者などいません」
「よし。俺はやる。ザイン・ベルトホルトなどもう赤の他人だ。必ず老賊の首を取ってみせる」
するとブランディスは誓いの文章に署名し、自らの親指を切り捺印する。
その夜、アドミッドは直ちに日頃の同志、財務大臣エルキュール・フィラデファルツ、帝国銀行総裁ベネディクト・デルモンドの二人を呼んで、自分の考えを打ち明けた。
フィラデファルツ大臣が口を開く。
「いいことがあります。詔と称し、偽の勅使を奴の屋敷に遣わしてはいかがでしょうか。陛下のお言葉として、余弱力のため帝位を仲父に譲るべしと偽りの詔を下すのです。奴は喜んで参内するでしょう」
これにデルモンド総裁も続く。
「それは飢えた狼に生餌を見せるようなものだ。すぐ飛びついてくるだろう。禁門に力のある兵士を大勢伏せておいて、彼が参内する車を囲み、有無を言わせず誅殺してしまうのです。アベリオン将軍がこれに当たれば、万に一つも逃すはずがありません」
「偽勅使には誰をやるか」
「カール・フランクが適任でしょう。私とは同郷の人間で気性も分かっていますから大事を打ち明けても心配ありません」
「中尉のフランクか」
「そうです」
「あの男は以前、ベルトホルトに仕えていた者ではないか」
「いや、近頃ベルトホルトのやり方に思うところがあり、彼の扶持から離れ、それがしの家に身を寄せています。怏々として浮かない日を過ごしているところですから、よろこんでやるでしょう。また、ベルトホルトは以前目をかけていた男だけに、勅使として来たといえば必ず心を許して、彼の言葉を信じましょう」
「それは好都合だ。早速会いに行こう」
深夜、四名は人目をしのんでフィラデファルツ大臣の邸宅へ行き、そこでフランク中尉に会う。
「夜遅くに申し訳ない」
アドミッドがまず言う。
「これは……!」
カールは時ならぬ客に驚いて愕然としていた。
数分の世間話の後カールは口を開く。
「しかしこんな世更けお越しになるとは一体何事ですか?」
「ケイヴェン殿の知勇を見込んで頼みがあるのだ」
アドミッドはカールのそばへすり寄り、ことの仔細を語る。
アドミッドが「もし彼が嫌だのなんのと言ったら一刀のもとに切り捨ててしまえ」とブランディスに命じていたこともあって、ブランディスは腰にさす剣に手をかけ、彼の一挙手一投足を見逃さんとしていた。
しかし、彼の反応は彼らの期待していたもの以上であった。
「よくぞ打ち明けてくださった。私も久しく老賊を討たんとうかがっていたのですが、めったに心底を語る者もいないのでそれを恨んでいたところでした」
彼は四人の密謀を聞くと手を打って喜び、即座に誓いを立てて加担した。
そこで五名は万事を示し合わせ、その翌々日ケイヴェンは二十騎従えてザイン・ベルトホルトの邸宅へ赴いた。
「陛下、カール・フランクをもって勅使として寄越し給う」
城門へ告げると、仲父は何事かと彼を引いて会った。
「皇帝陛下におかれては、度々のご不予のため、ついに仲父へ御位を譲りたいとご決意なされました。どうか天下のため帝位にお昇りくだい。今日はその詔をお伝え参ったわけです」
そう言って、じっと彼の顔を眺めていると包み隠せぬ喜びに、彼の老顔は紅色に染まっていた。
「それは誠か! ……だが無理だ。陛下がそうおっしゃったとしても、キングリーや諸大臣どもがその話に従うわけがない」
「ところがキングリー大臣は喜びに耐えず、受禅台を築いて仲父の即位をお待ちしているしょうです」
「はっはっはっ。それはよいぞ。この身が帝位についたら、そちらに尽きせぬ栄華をくれてやろう」
「忠誠を誓います」
カールが再拝しているまに、侍従に公装の支度を命じた。
そして彼は駆けこむようにソフィアの住む一角に行って「明日儂は帝位に就く。そうなればそなたは皇帝の妻だ。この世の栄華を存分に味わおうではないか。」と早口に言う。
ソフィアは一瞬目を輝かせてたが、すぐに無邪気な表情を浮かべ狂喜してみせる。
また彼は親類縁者を呼び出し、事の次第を説明した。
「明日わしは皇帝となる。さすれば其方達は皇族と敬われる身になるのだ。嬉しいであろう」
彼の親類縁者は皆彼に祝いの言葉をかけた。
その夜は、さすがに婦女を寝室におかず、眠りの清浄を保つ。
けれど、明日は皇帝の位を受ける身かと思うと、眠りにつけない様子であった。
彼が眠りにつかなくとも、朝は確実にやってくる。
ふと窓を見ると、朝の光が彼の枕辺に差し込んできた。
彼は斎戒沐浴し、儀仗を整え天をも侮る行装をこらし、朝霧のうすく流れている宮門へ向かって進んでいった。
宮中の鳳凰門へとさしかかる、禁門の掟なので、儀仗の兵士すべてに武装解除を命じ、禁廷へと進む。
「やっ」
ザイン・ベルトホルトは馬車の中で叫ぶ。
見ればアドミッド・キングリーとエルキュール・フィラデファルツ、ベネディクト・デルモンドの三名が剣を執って、殿門の両側に立っていたのだ。
彼は異様な空気を感じたのであろう。彼はカール・フランクに大声で怒鳴る。
「カール・フランクよ。彼らが抜刀してるのは如何なる訳か」
彼は大声で怒鳴るが、さっきまで隣で警固していたはずのカール・フランクは消えていた。
彼が仰天していると、アドミッドは剣を天に掲げ叫んだ。
「国賊ザイン・ベルトホルト! お前の命運もこれまでだ。殺せ!」
声を合図に駆け寄った勇兵百余りが、剣を手に賊兵へ斬りかかる。
ザイン・ベルトホルトは巨体を大地に転ばしながら、絶叫を放つ。
「ブランディス! ブランディスはおらぬのか!」
すると、ブランディス・アベリオンの声で「心得た」と聞こえたかと思うと、彼は名剣『狼王』をふりまわし、アソラエーデンの兵士をバラバラにしながら、ベルトホルトの前に立つ。
「逆賊ザイン・ベルトホルト、死すべし!」
ブランディスはそう大声をあげるや否や、狼王で彼の巨体を貫いた。
鮮血は霧のごとく噴いて、太陽も曇るかと思われるほどである。
「……おのれ。裏切り者の匹夫が」
ベルトホルトは朱に染まりながらも、ブランディスを睨んで、まだ何か叫ぼうとする。
「悪行の報いだ」
ブランディスはその胸元をつかんで罵り、とどめの一撃をさした。
禁廷の内外は怒涛のような空気につつまれたが、やがてどこからか「万歳!」と叫び声が聞こえた。
武官・文官から宮廷に仕える召使いや、衛兵にいたるまで皆「万歳!」と唱え合い、その声はレヴィオニア全土を覆うふどであった。




