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神よ我らの祖国に栄光を!  作者: 卯柿魯安
第二章:反ザイン・ベルトホルト連合
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35話 「経国 ②」

 ベルトホルトが部屋に入ると、ソフィアはひとりしくしくと泣いている。


「もう泣くことはない。安心せい」

 彼は泣くソフィアに心を痛め一旦慰める。

 彼女も落ち着いたかに思えた頃、彼はバツが悪そうに口を開いた。


「お前に相談があるのじゃ」

「……何でしょうか?」

「ブランディスはそなたを好いているそうだ。ブランディスは義理の息子で天下一の豪傑だ。あれほど忘れがたく恋をしているのなら、やつの望みを叶えてやろう思うのだ……。どうだ?」

 瞳を閉じて彼が言うと、ソフィアは身を投げて、膝にとりすがる。


「何をおっしゃるのですか。仲父に捨てられて、あんな粗暴な男の妻になれということですか。絶対に嫌です。死んだって、そんな辱めは受けません」

 彼女はいきなり仲父の剣を抜きとって、自身の喉に突き立てようとした。

 彼は仰天しながらも、彼女の手から剣を抜きとる。


「待て早まるな!」

「仲父のお傍に仕えさせてもらえないのら、いっそのこと死なせてくださいませ。ご迷惑はおかけしません」

 彼女は床に伏し、声をあげて激しく嘆き泣く。


「泣くな。泣くな。今の言葉は全て冗談だ。そなたをブランディスなどに与えるものか」

 彼はたちどころに彼女を膝に抱き上げて、泣きぬれている頬へ自身の顔をすり寄せる。


「そうだ。その証しとして、わしの妾にしてやろう」

「……本当でございますか。嬉しゅうございます」


 次の日、レイモンは改まってベルトホルトのそば近くに仕えた。


「仲父、今日は幸いにも吉日ですから、ソフィア殿をアベリオン将軍の家にお送りになってはいかがでしょうか。彼は単純な男です。きっと仲父の大恩に感激し、仲父のためなら死をいとわないでしょう」

 すると、彼は色を変える。


「たわけたことを申すな」

 レイモンは彼の豹変に唖然として動揺を隠せない。


「昨日、仲父は私の忠言を収めてくださったではありませんか。どうして今になって心変わりを?」

「レイモン。お前は自分の妻を人にやるのか?」

「……そんな。あの女は恐ろしい女ですぞ。これは計略やもしれません。どうかご再考を」

「くどい。今度同じことを口にしたら首を刎ねるぞ」

「……承知しました」

 ベルトホルトはソフィアの代わりとして、これまで通りに出入りを許し、数多の黄金、絹、珍宝をブランディスの家へ届けた。

 常人なら目が眩むほどの金銀財宝であったが、ブランディスの空いた心を埋める力は持っていなかった。

 彼が欲しいのはソフィア・キングリーただ一人であったのだ。

 その後、ブランディスは宮廷への出仕は欠かさなかったが、以前より無口となりいつもどこか上の空であった。

 ザイン・ベルトホルトが宮廷へ出仕するときはブランディスが必ずその護衛軍の先頭に立ち、仲父が殿上にあるときはまた必ず剣を持ってその階下に立っていた。

 ある時、評定のため仲父が昇殿したので、ブランディスはいつものように剣を執って階下に立つ。

 学のないブランディスには大臣たちの言っていることなど分かるはずもなく、いつものように気怠い眠気を憶える。

 彼は睡魔に襲われながら、ソフィアは今頃何をしているのだろうと煩悩ぼんのうに囚われる。

 ふと彼は「今日は必ずザイン・ベルトホルトの退出は遅くなるだろう」と考え、舞い踊る思慕しぼの炎に駆られ居ても立っても居られなくなる。

 ついに彼は我慢できず、ベルトホルトの屋敷へと駆け出してしまうのだ。

 彼の留守の間に屋敷へと着くと制止する門番を投げ飛ばし、恫喝する。


「俺の邪魔をすれば即座に切り殺す。どけ!」

 勇猛な門番達といえども、彼の怒気にはすくみ上り道を開けるしかなかった。

 そして、彼は勝手に屋敷へと入り、「ソフィア! ソフィア!」と屋敷を探し回る。

 すると柳は緑に、花は紅に、熟れた春の香りを漂わせる美園に彼の求める女性は佇んでいた。


「ソフィア」

 彼女は彼の言葉に振りむいてブランディスの姿を見ると駆け寄って彼の胸にすがりつく。


「お会いしとうございました」

 ブランディスは体中の血液が燃え上がるような気がした。彼は彼女を抱きしめ、これが現実なのかそれとも夢なのかを疑っていた。


「ブランディス様。私が心に秘めた思いの花をふみにじられ、この身を汚されても生きながらえていたのはブランディス様に会うためでした。こうして願いが叶った今、思い残すことはございません。どうかこの私の心根だけは不憫ふびんなものと忘れないでください」

 彼女はそう言い終わると、池へと身を投げようとした。

 彼は驚き「死んではならぬ」と抱き止める。


「ブランディス様と一緒になれないのなら、生きていても何の意味もありません。たとえ生きていてもけだものの辱めを受け続け、日々苦しむだけです。せめて、後世の契りを楽しみに冥府へと旅たち、ブランディス様を待っております」

「愚かなことを申すな。来世よりも今世を楽しもうではないか。今にきっとそなたを取り戻す。だから死ぬなどという短気な事は考えないでくれ」

「今のお言葉、本当でございますか?」

「想う女に嘘などつくものか」

 彼はザイン・ベルトホルトを殺してでも取り返すと彼女に約束し、その場を去った。

 当然彼は策を得るため、キングリー邸へ急いで馬を走らせるのであった。

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