32話 「悲しき策略 ②」
婚姻の約束から二日後、討伐軍はアドミッド・キングリーの書状に従い兵を出撃させた。
これにベルトホルトはブランディスをクリンケンベルクへ向かわせたのであった。
そして、アドミッドは彼が出撃するのを見送った後、宮廷に出仕しザイン・ベルトホルトの下へ行って、まずその座下ざかに拝跪はいきした。
「仲父、よろしいですか?」
「キングリー殿。そちが話かけてくるとは珍しいな。何の用だ?」
「毎日の政務、仲父もさぞお疲れかと存じます。仲父が酒宴を催させる日は満城を挙げてお慰みを捧げましょうが、また時には茅屋の粗宴もお気が変わってかえってお慰みになるかと思われます。そんなつもりで実は小館にいささかの酒宴の支度を設けました。もし来訪して頂けただければ、一家の喜びにすぎたるものはありません」
「何、わしと酒が飲みたいと申しておるのか?」
「はい。この機会に感謝の意を表したいと思いましてこうしてお願いを」
聞くと、ベルトホルトは手を打つように叩いて喜んだ。
「それは良い考えだ。実はわしもそなたと腹を割って話したいと思っていたのだ。しかしそなたはわしだけを招待せぬので、嫌われていると思っていたぞ」
「とんでもありません。忙しい身ですので、ただ遠慮していただけです」
「そのような遠慮は無用だ。喜んで行くぞ。して何時に行けばよい」
「明日の正午では?」
「分かった。せひ、明日行こう」
「お待ちしております」
アドミッドは家に帰ると、これまでの経緯をひそかにソフィアにささやき、また家人にも「明日の正午に、仲父がお越しになる。一家の名誉だし、わしの一代の客だ。必ず粗相そそうのないように」と取り締まった。地には青砂をしき、床には錦繍をのべ、正堂の内外には帳や幕をめぐらし、家宝の名品珍宝を出して供応の善美をこらしていた。
次の日。やがて正午に至ると、「大賓のお車が見えました」と召使が報じる。
アドミッドは朝服をまとってすぐに門外へ出迎える。
見れば、仲父ザイン・ベルトホルトの馬車は、武装した数百の衛兵に囲まれ、行装の絢爛は皇帝の儀仗も惑わせるものである。
馬車から降りると、たちまち側近の力者などに前後左右を守られて門内へと入っていく。
「ようおいで賜りました。今日は我がキングリー家の棟に紫雲が降りたような光栄を憶えます」
アドミッドは彼を高座に迎えて最大の礼を尽くす。
彼も家を挙げての歓迎に大満足な様子で「主人は我が傍にあるがよい」と席を許す。
やがて、嚠喨たる奏楽と共に、盛宴の帳は開かれた。酒泉を汲み合う客達の杯に、月虹は堂中の歓語笑声を貫いた。また、座上は杯が散乱し、楽人楽器を擁して、騒客杯を挙げて歌舞し、眼も開けられないほどひどく、耳も聞こえなくなるほどであった。
「仲父、ちとこちらで休憩遊ばしてわいかがでしょうか?」
「ウム……」
ベルトホルトは主に任せて、護衛の者を皆宴に残し、ただ一人彼についていく。
彼はベルトホルトを後堂に迎えて家財の宝樽を開け、夜光の杯についで、献じながら静かにささやく。
「今宵は星の色までもが、美しく見えます。これはわが家の長寿酒です。仲父の三千歳を願い、初めて栓を抜きました」
「やぁ、ありがとう。こう歓迎されては、何をもってキングリー殿の好意にむくいてよいか分からんな」
ベルトホルトはそう言って、喜んで杯を飲み干す。
「実はかねてより娘のソフィアが仲父を尊敬しており、お会いしていただきたいのです」
「遠慮はいらぬ。呼ぶがよい」
「ありがとうございます。……ソフィア、これへ」
間もなく、室の外に楚々(そそ)たる気配がして、召使が帳をあげた。客のベルトホルトは杯をおいて、誰が入ってくるかと瞳を向けていた。
ゆっくりと室に入ってくる影があった。
純白のドレスをまとった美しい女性、ソフィアである。
彼女はベルトホルトに挨拶した後、得意の歌を披露する。
彼は彼女に酔いしれアドミッドの言葉も届かずただ彼女を見つめるだけである。
彼女は一曲歌い終わると彼に会釈し、部屋を退出する。
「どこへ行くのだ? もう一曲歌ってくれ」
「着替えに行ったのです。すぐに戻ります」
「そうか。着替えにか。それはよいな。……ところで彼女はいくつになるのだ?」
いやらしく涎をたらしながら、ベルトホルトはアドミッドに尋ねる。
「十七でございます」
「十七か。よい年頃だ。キングリー殿。どうしてあんな美女をただ家においておくのか? もったいないぞ」
「もったいない? と言いますと」
「いや、わしが言いたいのはつまり……皇太子様は未婚であらせられる。ソフィアを皇太子様の妻とするべきではないか。」
「……何とも恐れ多いこと。何とぞご容赦ください」
「いや、そんなことはない。わしが間に入って話をまとめよう。わしが推薦すれば全て上手くいく。よいな。話はこれで決まりだ」
彼は強い口調でそう言う。こういわれては臣下のアドミッドは賛同意外の言葉を口にできない。
「はい、ありがとうございます」
「……それでは二日後に、宮廷の車を回しソフィアを迎えにこさせよう」
「二日後ですか。お言葉ですが、皇太子様の婚礼をそんなに慌ててはなりません。詔に、招聘状、祭祀に式するべきことはたくさんあります。婚礼までに少なくとも百日はかかるかと思われます」
「確かにそうだが……今は乱世なのだぞ。何事も簡略が一番だ」
「なるほど……乱世ですか」
「わしはそう思っておる。二日後が急ぎすぎというなら、四日後ではどうだ? 皇太子様もいろいろ準備があるだろう」
「承知しました」
こうして彼の策は着実に実を結ぼうとしていた。
その数時間後宴会は終わりを迎え、ベルトホルトはほとんどその満足を表す言葉も知らないほど喜んで、車へ移るのだった。




