2話 「絶世の美女」
僕がこの地に生を受けてから十四年の月日が流れた。そして僕は今叔父上である大元帥に説教を受けている。
「ご自分の命の重さを分かっておられるのですか!」
叔父上は僕に説教を続ける。
彼の名はウィリアム・ダス・クリストフ。彼の妹であるレイナーレ(僕の母)は一介の貴族に過ぎなかったが、宰相のルイファルツ・ゼーレマンに見出されてヘルシング王の王妃となった。兄のモンクスもそのおかげで全官軍を指揮する大元帥にのし上がったのである。叔父上は一見すると小物のように思えるが、なかなか見どころのある人物であると言える。確かに叔父上は強情で、お世辞にも能力が高い人ではない。しかし富を軽んじ、財産を民衆に分け与え、部下には仁をもって接することから部下からの信頼は厚い。
「はい。今回は軽率な判断だったと反省しております」
いい加減にしろ。二時間だぞ。二時間。誰か僕を助けてくれ!
以外にも僕の望みはすぐに叶えられた。
「クリストフ殿。殿下もお疲れのようです。お説教もほどほどに」
そう話す神経質そうな線の細い男はヴェルトリア王国、内務大臣のアドミッド・フォン・キングリ―だ。我が王国ヴェルトリアにおいて、内務省は地方行政・土木・衛生・社会(労働)、警察などといった幅広い分野に権限を持っている。その長である内務大臣は宰相に次ぐ副宰相の格式をもったポストとみなされているのだ。宰相・内務大臣・大元帥の3つがヴェルトリアにおいて、最高位に位置する官職である。また彼は政治だけでなく、宗教、文学、地理、天文など様々な学問に通じており、僕の師でもある。それ故に、幼い頃から親交がある文官の一人である。
「確かに、キングリー殿の言う通り、少し長くなりましたな。まだ言い足りないことはあるが、この辺で終わるとしよう。それでは殿下、以後気をつけてください。あと、今日の会議には遅れないように」
叔父上はそう言い残し、部屋を去っていった。
周囲を見渡し、キングリー先生以外誰もいないことを確認すると僕は大きく息を吐いた。
「疲れた……」
二時間も立ったまま説教を聞かされ続けたのだ。肉体的な疲労はさほどでもなかったが、心の疲労のようなものが僕の肩にのしかかる。
「長い……長すぎる」
嫌がらせの類たぐいだろ。
叔父上の話を聴いていて、そう突っ込みたかった。確かに、大元帥派と宰相派との権力闘争が激化しているなか、護衛をつけずに町へ出たことは、軽率だったかもしれない。 しかしこうして無傷で帰ってきたのだから、こんなに怒らなくてもいいのに。僕はそんなことを考えながらも、キングリー先生にお礼を言う。
「先ほどは助けていただきありがとうございます」
「礼には及びません。本当は私も殿下に言いたいことがあったのですが、お疲れでしょう」
「少し疲れましたが、これしきのこと問題ありません」
「そうですか。では私の邸宅でお茶を楽しみながら、話をするというのはどうでしょうか?」
「喜んで」
・・・
キングリー邸来客間。
豪華であるが、派手でないそんな部屋の窓近くに置かれたテーブルのところに二人の男が座っている。
一人は当然この家の主であるアドミッドだ。
そして、向かいに座った少年。高貴なる金の髪を生やし、その名声はとどまることを知らず。我らの主人公レオンハルト・ロード・フェル・ファントムロードだ。つまり僕である。
「大元帥派と宰相派の争いは日々激化しています。そのことはご存知ですか?」
「もちろんです。王城内でも殺伐とした空気が漂っていて、心配していたところです」
「ですから殿下はより一層注意してください。宰相派の連中が刺客を差し向けてくるかもしれません。今のヴェルトリアに安全な場所など一つもないのです」
キングリー先生は熱意が籠った言葉で僕に忠告する。
ヴェルトリア王国は今、僕を次期国王の地位に就かそうとする大元帥派閥と弟の二コラを持ち上げている宰相派閥による権力闘争の真最中である。ちなに僕の弟に二コラは庶子であり、僕に比べ正統性は低く、次期王にまることは万に一つもないだろう。だからこそ、叔父上やキングリー先生は宰相派が僕を暗殺することをひどく恐れているのだ。しかし二人は心配しすぎと言えよう。なぜなら、僕は天下の王族なのだ。いったいこの世の誰が僕を暗殺しようと言うのだ。仮に僕を暗殺すれば、天下の人の誹りを受け、さらに神もその者を許さないだろう。結局のところ、僕を殺せるものなど、この世にいるはずがないのである。
「肝に銘じておきます」
だが、用心にこしたことはない。ルイファルツ・ゼーレマンが事を起こさなくとも、功を焦った馬鹿が、僕を手にかけるということも十分あり得る。
トン トン
先生と話していると、突然扉をノックする音が聞こえた。
「お父様、そろそろ会議の時間かと存じます」
「おぉ、ソフィアか。入ってきなさい」
「はい」
扉がゆっくりと開くと、純白のドレスを纏った美しい女性が僕の視界に飛び込んできた。ドレスと正反対のシルクのように滑らかな黒髪は艶あでやかに流れ落ち、腰のあたりまで届いている。はにかみを含んだやさしい藍色の瞳も儚い桜色の唇も、健康そうな色に輝いていた。
「先生。この方は?」
「我が娘のソフィアです。ほら殿下にご挨拶しないか」
彼女は六月の青い薔薇のようなほほえみをうかべながら、僕に挨拶をする。
「ソフィア・フォン・キングリーが殿下に拝謁したします」
僕はあまりの美しさに見とれてしまっていた。彼女を見た瞬間から心臓の鼓動が跳ね上がり、僕のドクドクという音が二人に聞こえないか心配になった。今まで経験したことはないが、これを一目惚れというのだろう。ソフィアさんか。美しい名前だ。容姿だけでなく名前まで美しいとは。レンテ湾からルビー波止場はとばにあがり、ベルマイトからフェルストブルクを探したとしても、彼女ほどの乙女を見つけることはできないだろう。
客観時間にして数十秒もの間、僕は彼女を見つめること以外何もすることができなかった。
「殿下、どうかされましたか?」
先生の言葉でレオンハルトはふと我に変える。
「あ……いや、第一王子のレオンハルトだ……です。……よろしく」
驚いたため、少し声がどもってしまった。「あぁ我ながら何たる失態か!」僕は心の中で吐き捨てる。そして、こんな時どのようにして会話を繋げればよいのか分からない。僕のバカ、せっかく知り合えたのに。僕の女性耐性の低さには、本当に辟易するものがある。
「殿下、ご挨拶も済んだとこで。あまり遅くなりますと、大元帥も心配しますから」
「そうですね」
先生に助けられたと言うべきか、それとも邪魔されたといべきなのか分からないが、僕は先生と共に馬車に乗り、王城へと向かう。




