28話 「一本の矢」
無人の王都フェルストブルクを落とした我々連合軍は怒涛どとうの勢いでグレナラメインへと向かっていた。
所々に伏兵がいて少し手こずったが、さずがにこの我々の大軍に敵うはずもなく次々と討ち取っていった。卑怯なことに賊軍は老人などを盾に使っていたが、先鋒の将軍が躊躇すれば、相手の利となるし、独断で盾ごと賊兵を討ち取ったのだ。この報に僕は最初不快感を抱いたが、戦術的には効果的であった。人質に効果なしと判断した賊兵は彼らを捨て次々と敗走したのだ。敗走する賊兵を討ち取りつつ、盾とされた民衆を保護し、ついに我々はクリンケンベルク周辺まで到達した。
クリンケンベルクを超えれば、国賊ザイン・ベルトホルトに王手をかけることができる。
一か月どころか、数日でヴェルトリアを安らかにできるはずであった。
我々は軍勢を三つにわけ、そのカストディオ将軍を指揮官とする一つの軍勢をクリンケンベルクへ向かわせた。
これは敵の注意を引くための囮の兵である。クリンケンベルクは難攻不落の要塞であり、その守りは天下の名将と名高いハイドランジア将軍が守っているという。我々が攻めたとしても正面から迎撃されるのがおちだ。
故にクリンケンベルクを捨て、高を括っている敵の裏をかき進軍するのだ。一手はソヘロフ川の東から渡り、対岸の谷合いに潜んで僕らの合図を待つ。そして僕の軍勢は北から進軍し、合図を出したのち共に二つの軍勢で一機にグレナラメインを落とす。これこそが兵法にも適う策である。しかし、敵の背後に回るのには度胸があり、知恵のある者でなければならない。
そこで名乗りを挙げたのが、僕と先のロブヴィリオンの戦いの敗戦により肩身を狭くしていたオリンスト・クレトス将軍、勇猛果敢で知られるディスケル・エレクサンデル将軍、三傑の一人インディカウム将軍であった。僕とインディカウム将軍を北軍とし、残りの二人を西軍とした。
「味方の大半はすでに渡河を終えたか。首尾はよさそうだ」
味方の渡河の成功を見届け、刻々と報告させる戦況を聞いていた。
「先生。ハイドランジア将軍も大した男ではないようですね」
世に名高いハイドランジア将軍なら我々の策を見破り渡河中に攻撃を仕掛けてくると思い先方をインディカウム将軍に任せたのだが、どうやら僕は彼を買いかぶっていたようだ。
「ご油断はなりません。彼ほどの将がこれしきの策を見抜けないはずがありません。何か仕掛けてくるやもしれません」
「仕掛けるなら仕掛けてほしいものですね。しかしこの三本矢を攻略するのは彼でも不可能でしょう?」
そんな軽口を叩いていると、第二、第三の伝令を続いて報告してきた。
「後背より敵襲!」
「ハイドランジア将軍を大将とした二千ばかりの兵が迫ってきています」
伝令は狼狽し、まわりの兵士も愕然とし騒ぎ立った。
「くっ、ハイドランジアめ。奴は川向こうにいたはずでは……」
そのとき、味方の大軍は既に渡り尽くしていたので、僕のまわりには百人にも満たない兵士しかいなかった。
戦争において敵兵を全て倒す必要はない。その指揮系統である大将さえ倒せばいいのだ。なるほど他の兵士は捨てこの僕だけを狙ってきたか。
「敵は早くも味方の裏をかいて、背後に回っています。早く船にお乗りください」
先生に急かさせ、僕達急いでは小船に乗り込んだ。
「かくなる上は殿下のお命こそ大事です」
「それでは先生が……」
「殿下。貴方が今ここで倒れたら、この国に未来はありません。この老兵の命でこの国を救えるのなら、喜んで差し出しましょう」
先生はそう言うと五十の兵を連れ、殿に務めた。
あぁ何という事だ。あれしきの兵では瞬く間に包囲され殲滅されてしまうだろう。
先生の奮戦もあってうまいぐわいに逃げあせたが、水流は急で瞬く間に下流へと押し流されていった。
「逃すな」
「あれこそ逆賊レオンハルト」
アソラエーデンの兵は弓を揃えて雨のごとく矢を乱れ放った。
次々にまわりの兵士が討ち取られていく。
才色兼備、その熱舌と気迫をもって各地の諸侯を動かし、ついにザイン・ベルトホルトを王都から退かせたこの僕が夢はやはり夢として、儚き現実の末路をたどるのだろうか。
そんなことは絶対に認めない。
(こんなところでこの僕が死ねるか。なんとしても生き残ってやる)
僕は川波の揺れに体勢を崩した。
その時。
一本の矢が僕のわき腹へと突き刺さってくる感触に、僕は気づいた。
僕の体は船上からふわりと吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた体は川に投げ出され、急激に体から感覚がなくなっていくのが分かった。
薄れゆく意識の中で、僕は思う。
これは死んだな。
(結局、僕は何も成すことができなかった……)
そのことを思うと水の中だというのに涙が出た。いや、出たような気がした。




