27話 「追撃開始」
王都の奪還は驚くほど簡単にすんだ。
しかし、我々の顔色は暗い。それもそのはずだ。かつて宝石の町と呼ばれた面影はなく、そこにあるのは地を覆う黒煙だけであった。天をも焦がそうとする炎の柱であった。
王城も聖堂も、霊廟さえも燃えていた。僕はこの光景に言葉を失っていた。
一瞬、あまりの悲惨さに目を疑いたくなったが、いずれの軍勢も入城を急いだ。
二十一諸侯の軍勢は雪崩のごとく王都へと溢れ入った。
さっそくカストディオ将軍は将兵に対して命令した。
「今こそ好機だ。全軍グレナラメインへ逃げたベルトホルトを追撃するぞ」
これに対して意義を唱えたのが僕の配下のアンデルセン先生である。
「将軍どうかお待ちよ。ベルトホルトが王都を捨てたのはレイモン・フォルトナ―の献策であり、余力を持ちながら自ら先んじて都を捨てたのです。そして、グレナラメイン周辺は嶮岨に囲まれた天然の要害。ましてや王都の物資を得ることができなかった我々が400キロも遠征するのは無謀かと存じます」
400キロ! これは東京から大阪までの距離に等しい。王都の物資を手に入れることができなかったのは本当に痛い。これは我々の戦術的敗北と言っても過言ではないだろう。
「その通りだ。だが奴らは今何を考えていると思う?」
「ご教授ください」
「奴らは其方の考えを見抜き、追撃はしないと、あるいは追撃したとしても小勢であると高を括っている。それは我らが冥利を追い、私利私欲に走ると考えているからだ。我らが危険を省みて追撃などしないと」
「……確かに。そこまで見抜かれていたとは」
僕は二人の会話についていけなくなった。だが追撃したほうが良いということだけはわかった。
「だからこそ奴らの裏をかき全兵力をもって追撃し、撃滅する」
カストディオ将軍はそう言うと全将兵に進軍の命を下した。
東方グレナラメインへ落ちのびて行った敵は、財宝を載せた馬車や婦女子の足手まといをつれ、心身共に憔悴しきっているに違いない。戦意を失ない雪崩のように逃げる兵士など恐れるに値しないのだ。
「追えや、追えや。敵はまだ遠くには去っていないはずだ」
我々は軍を三つに分け急ぎに急いで追撃した。
・・・
一方
国王を乗せた馬車をはじめとしたフェルストブルク落ちの人々は、途中行路の難に悩みながら、クリンケンベルク要塞周辺まで来ていた。
「陛下。私は苦しんでいるのです。この世に暮らす誰よりも悩んでいるのです。この国を復興させるため、私はこの身を捧げる覚悟でアソラエーデンから宮廷へ参り、寝食を忘れるまで励んできました。薄氷を踏むが如く、心血を注いできたのです」
国王は「そうか、そうか」と頷き、苦々しい表情を浮かべ聞いていた。
「それで得たものは何だと思いますか。私は大臣、諸侯から怒りを買い、恨まれただけです。特にレオンハルト王子には寝首をかかれそうになりました。数え切れぬほどの攻撃・陰謀もありました。天下の者は私を殺し、その首を市中に晒したいと考えているのです。まるで火の海を泳がされているようなものです。私は誰よりも苦しんでいるというのに、誰も理解しようとしない。陛下ならお分かりになるでしょう。陛下だけがこの思いを分かっておいででしょう」
ベルトホルトは少しでも国王の信認を得ようと、こうして自分の話をするのだ。
実権はないと言っても、国王の権威は未だ衰えていない。
そこへ早くも「連合軍が追ってきた」との諜報に色を失って、悲し気な嗚咽をする者さえいた。
「まさか全軍で追ってくるとは……」
ベルトホルトはため息混じりに呟く。
「レイモン! クリンケンベルクは誰が守っているんだ」
「確かハイドランジア将軍に守らせているかと」
彼の言葉にベルトホルトは一瞬にして色を取り戻す。
アンデルセン、インディカウム、ハイドランジアの三名はヴェルトリアの三傑と呼ばれ、その筆頭がハイドランジア将軍なのである。
名将揃いのヴェルトリア王国軍の中で特に名将と名高い人物で、ヴェルトリア王国軍最高の頭脳と称されるほどの男なのである。
ではなぜ彼を今まで戦場に投入せず、待機させていたのか。それは簡単だ。彼とベルトホルトは折り合いが悪いのだ。
ハイドランジア将軍は剛直な性格であり、誰であっても容赦のない意見を言う。そのことがベルトホルトの癇に障るのだ。
一時は彼を処刑しようかとも考えるほどであった。しかし、ブラビゲンを失うなどそうとも言ってられない状況が続いたので、彼を使うことに決めたのだ。
「そうかハイドランジアか。……だが奴の一族を人質にとってるとは言え、少々心配だな」
ベルトホルトは部下のシギルとブランディスを呼び見張りのため、クリンケンベルク要塞へ向かわせた。
「レイモン。我々がクリンケンベルクを抜けるまで、時間稼ぎを頼む」
レイモンはただ「御意」とだけ言うと、山岳に伏兵を忍ばせ、また足手まといの病人、老人、女子供を盾とした。
ベルトホルトはそれだけでも心が休まるように思えたのである。




