23話 「ブラビゲンの戦い ①」
カイゼル討たれたり。
カイゼル軍崩れたり。
敗報の早馬は王都を驚かせた。レイモンは仰天してベルトホルト大公に急いで告げた。
「大公殿下。カイゼル将軍がアルフォンス・サマナークとに討ち取られました。ロブヴィリオンは賊の手に落ち、我が全軍二万は全滅であります」
これにはベルトホルトもさすがに色を失った。
「味方はなぜ崩れたのだ。あのカイゼルほどの勇将がむざむざ討たれんだろう」
「大変申し上げにくいのですが……」
「早く申してみよ」
「……はい。カイゼル将軍に代わりロブヴィリオンを守らせていたインディカウムがカストディオらと共謀し、カイゼル軍を挟み撃ちにしたのです」
「何! あの裏切り者が! おのれインディカウム。一族諸共皆殺しにしてやるわぁ」
ベルトホルトは怒りに身を任せ、椅子を蹴り上げた。吊り上がった両の眼が血走り、唇を歪めていた。
「殿下、これは一大事です。連合軍は日に日にその勢いを増しています。さらに、伝え聞くところではすでにブラビゲンも窮地に陥っているとか」
ベルトホルトは数秒、辺りを歩きながら考える素振りを見せブランディスに命令を下した。
「ブランディス。全人馬を集めてまいれ。儂が陣頭指揮を執る」
「御意」
ブランディスは拝礼し、部屋を退出する。
「大公殿下ご自身が出陣されるとなると、勝利は必定の事と思われます。しかし、懸念も……大公殿下が出陣なされば、予期せぬことが起こるやもしれません」
「何? 一体どういう意味だ?」
「朝廷の大臣たちは上辺は従順でも、腹の中で何を考えているか測りかねます。例えば、レオンハルトの祖父ダグラス・クリストフはカイゼル将軍の死を知ったとき小躍りしたというではありませんか。よくお考えください。またインディカウムのような者が現れ、殿下が自らが出陣中に大臣たちが国の内外でカストディオと呼応でもしようものなら、絶対絶命の危機に晒されましょう」
それは確かにと、ベルトホルトも頷く。
「ロズエル。即刻ダグラス・クリストフらを捕らえてまいれ。明日出陣するとき、その首を城門にかけ景気づけとする。儂を敵に回した者どもの哀れな末路を見せつけてやるのだ」
「御意」
「よく聞け! 明日儂は出陣し、十日以内にレオンハルトとカストディオの首を討ち取る」
「御意」
クリストフ家の屋敷へ、すぐにアソラエーデンの兵千余りが向けられた。
表裏からも火を放って、逃げ出してくる男女はもちろん召使も護衛も皆殺した。
翌朝、城門前にてベルトホルト軍全人馬と大臣百官が集められていた。
手錠をはめられたダグラス・クリストフの一族は手錠をはめられ、一列に跪かされている。
「キングリー殿。内務大臣のアドミッド・キングリー殿」
ベルトホルトは猫が前脚でひっかくような手ぶりで近くにこいと手招きした。
「儂はこれより国賊征伐に出向くが、何か言葉をくれぬか?」
「大公殿下が出陣なれば、必ずや勝利することと確信しています」
彼は心ここにあらずといった様子で、景気づけの言葉を話す。
それも、そのはずである。
「はっはっはっ。よう言うたぞ。キングリー殿」
ベルトホルトとその側近は機嫌が良さそうに笑う
「キングリー殿。あれを見ろ。乱臣共の末路じゃ。どうだ?」
彼は跪かせたクリストフ一族を指さした。
「哀れな姿にございます」
「……哀れか。其方もああなりたくないであろう」
「……おっしゃる通りにございます」
「それで良い! わしが戻るまで問題を起こすでないぞ。良いな? もし問題を起こせば……この先は言わなくて分かるな?」
「承知しました」
木枯の中の落ち葉のように震えながら、アドミッドは拝礼した。
「皆の者、儂は十日以内にカストディオらを倒し、凱旋するぞ。勝利を祝して、そちらと大宴会を催そう。楽しみだな」
ベルトハルト豪快に笑いながら、そう宣言した。そして、部下に「首を刎はねろ」とだけ命じのだ。
一斉に刀が振り下ろされ、十四の首が飛んだ。
大臣たちははらわたが煮えくりかえるほど彼を恨んだが、ただガクガク震え傍観していることしかできなかったのである。
頭に拳銃を突きつけられたときのように、何も抵抗できなかったのである。
かくしてザイン・ベルトホルトを総大将とする賊軍は王城を出発し、ブラビゲンへ向かった。
ベルトホルトを守る旗本の諸将には、レイモン・フォルトナー、ブランディス・アベリオンを始めとした錚々(そうそう)たるものたちがいた。
・・・
ブラビゲンは王都から西へ五十里ほどに位置しており、一万の軍勢を駐屯させれば、天下の諸将は通路を失うと言われる要害の地である。
偵察の報告によると、この要害にベルトホルト自ら守りに当たって、さらに天下無双の豪傑と言われるブランディスを先手に置いたというのである。また、ワーテルを大将とした軍勢がロブヴィリオンへ向かっているというのだ。
退路を断たれれば、本国との連絡が脅かされるので我々の陣に動揺の兆しが現れた。
「これは由々しきことになった。今のうちに謀を協議して、方針を示しておきましょう」
僕はカストディオ将軍に耳打ちした。
彼も同感であるとして、さっそく評議を開き軍の方針を明らかにしておいた。
そこでヴァルアトレ先生は以下のようにすべきとカストディオ将軍に進言した。
一 敵が二手となって南下してきたので、当然こちらも二手にすべき。
二 一部の軍勢をロブヴィリオンへ残し、あとの軍勢を挙げてブラビケンへ向かう。
三 進軍する軍勢の一部を遊軍とし、味方の崩れや弱みを見たら、随意に、そこに加勢すべし。
カストディオ将軍は先生の進言を兵法に適うものとし了承した。
もちろん、僕の軍勢もブラビゲンへと進軍した。
二日後、赤茶けた大地に両軍は展開し、睨み合う。
連合軍の軍勢は賊軍の裕に二倍は超えていた。
しかし、賊軍たちには敗北感が渦巻く様子もなく、それどころかふてぶてしい面構えをしていた。彼らは負けると思っていないのだろう。
アソラエーデンの騎馬兵は王国でも一二を争う強兵としられている。ましてやあの男が率いているのなら、そう思うのも無理はないだろう。
そんなことを考えていると、ブラビゲンの前衛軍のうちから悠々先頭へ出てくるものがいた。
金獅子の鎧を身に着けて、竜皮の帯に弓矢をかけ、手に重さ二百キロは有すであろう名剣『狼王』をひっさげて、騎馬さえ小さく見えるばかり踏みまたがったその容姿はブランディス・アベリオン、その人であった。
「あれこそ、ブランディス・アベリオンか」
我々の軍勢は彼の容姿に圧されて、目を見張るばかりであった。




