21話 「ロブヴィリオンの戦い ②」
翌朝カイゼル軍とアルフォンス軍は再びロブヴィリオンの地で堂々対戦した。
アルフォンス軍は三軍団にわかれ、アルフォンスは中央にいた。
彼が馬を進めると、右翼左翼軍楽隊は共にトランペットを鳴らして、その威風にさらに気勢をつける。
「東方の匹夫ども。この俺とやり合う奴はいないのか!」
アルフォンスは以前の戦いから豪傑カイゼルがいては不利と悟り、先に彼を討ち取ることとしたのである。
彼が率いる騎馬兵隊さえいなければ、バリスタ・投石器を容易に用いることができる。さもあればこの城砦を落とすのは容易い。故に、アルフォンスは逆賊ベルトホルトやアソラエーデンのことを罵倒し、彼が出てくるよう挑発し続けたのだ。
これに、副将カール・フランクが諫めるも、「あの程度の輩に侮られては、我が名が廃る」と激高するカイゼルは振り切って駆け出した。
これにて両雄騎馬をかけ相対す。
アルフォンスの得物は初代ヴェルトリア王フレバンスがアルデバラン・サマナークに下賜したとされる、先祖より受け継ぐ名刀『海神』。『海神』は神秘的な光を放つオリハルコンと皇海龍ゼバルアヌスの素材からなる名刀である。皇海龍ゼバルアヌス、大海の覇者にして、神に等しい存在とされる伝説の海龍である。かの素材から作られる刀剣は雷の性質を宿していて、使用者の精神に感応すると言われる。また、オリハルコンは決して砕けることはなく、金属そのものに魔力を帯びている伝説級の鉱物だ。それ故に、その二つを掛け合わせた『海神』はサマナーク家に代々伝わる家宝であり、彼が猛者と認めた者にしか使わない名剣なのである。
対して、カイゼルの得物はダマスカス鋼製の無骨な大鉈だ。ダマスカス鋼からつくられる武器は金属の鎧に斬りつけてても刃こぼれしないほど優れており、戦いを求める戦士たちに好まれる傾向がある。
リーチの長さを活かしてカイゼルは先に攻撃を仕掛ける。
剛力を込めた右腕を振るい、空気を断ち切る強烈な斬撃が、想像を絶する破壊力を伴ってクレトスに襲い掛かった。
<腕力超向上>
ほっそりとした彼の剣が、その数倍以上は重量のある大鉈の一撃を受け止める。
カイゼルは彼の剛撃が受け止められたことに驚きつつも、彼は再び剣撃を与える。
何度も一閃の煌きが起こり、金属と金属がぶつかり合う嫌な音が辺りに響く。
「その程度か。痴れ者め。覚悟しろ」
アルフォンスはカイゼルの斬撃弾くと、彼の胸あたりに渾身の突きを放つ。
これにはカイゼルもかわすことはかなわず右胸が貫かれて、口からは真紅の血潮をふく。この光景にロブヴィリオンの兵士達がざわつく。
「強いな。……ならば俺も本気をだそう」
カイゼルはそう言うと戦技を発動させる。
<豹頭猿臂>
彼の体はみるみるうちに白い獣毛に覆われ、ただでさえ厚い彼の筋肉は数倍に膨れ上がった。体は虎、腕は猿、顔は豹という何とも恐ろしい鬼のような見た目である。
「では行くぞ!」
カイゼルは先ほどと比べものにならないほど重い剛撃を繰り出した。
アルフォンスは幸運か不幸か彼の騎馬はカイゼルに恐怖したこともあって、大きくバランスを崩し、その斬撃は腕をかすめた。
かすめた刃先は大地に砕き、その威力をアルフォンス軍に見せつける。猛者揃いのアルフォンス軍もこれには怖気づかずにはいられなかった。
その瞬間を副将カール・フランクは見逃さない。すぐさま城門を開け、騎兵を率いて撃って出る。
アルフォンス軍はたちまち駆け乱された。
「退くな。あわてるな」とアルフォンスは善戦して部下を励ますが、その兵は甚だしく弱かった。怯えた兵士はそこら辺に転がっている石ころよりも役に立たない。
彼も「無念」と思ったが、ほどこす術がなかった。
側近などともかけ隔てられてしまい、ガゼフ・ぺアートという家来の一人を連れたのみで、惨めにも戦地から馬に鞭打って逃げ走った。
それを見るや、敵将カイゼルは飛ぶが如く馬を走らせ「アルフォンス・サマナーク。卑怯なり。今すぐ俺と決着をつけろ」と叫ぶ。
アルフォンスは弓でそれに応えながらも、辺りを見渡し林の中へと逃げ入る。
ガゼフは駆けづづいてきながら、クレトスに言う。
「すぐに兜と鎧をお脱ぎください。閣下の朱金の兜と鎧はあまりにも赤いから目につきます。敵の目印になります」
「あぁ、そうか」
彼もやたらひどく追い矢が集まると思うところもあり、頭にかぶっていた兜と鎧を手早く脱ぐ。それから慌てて付近の焼け残りの民家に隠れ潜んでいた。
「閣下。一つ提案があります。どうかご承諾いただきたい」
真剣な面持ちでガゼフは話す。
「申してみよ」
「私が閣下の兜と鎧を身に着けて敵の注意を引きます故、その間にお逃げいただきたい」
「それでは其方が……」
「天下に私は必要なくとも、アルフォンス・サマナークは必要なのです」
このような状況で敵の注意を引けば、死ぬまでの時間を伸ばせることはあっても助かることはないだろう。しかしこのガゼフ・ぺアートという男に迷いはない。
「このガゼフ・ぺアート。生きて閣下と共に賊を討つことはかないませぬが、死して閣下の力となり、険しき道を切り開き勝利をもたらします。閣下がこの戦で功績を立て、大業を成就させた日には私も黄泉にありて共に喜びます」
「大儀である」
ガゼフはアルフォンスの兜、鎧を身に着けてわざと敵の前へ出て、東へ馬を駆けて行った。
「敗残の匹夫、そこにいたかッ!」
これを見たカイゼルは大樹をも引き裂かんばかりの声で雷喝して、アソラエーデンの兵とともにガゼフを追いかけていった。
「あぁ……ガゼフよ」
アルフォンスは涙した。ガゼフの日頃の忠勤を思い出して胸がいたんだ。とはいえ未だ敵地の中だ。
彼は矢傷の苦痛も忘れ馬を二里ほどばかりかけた。
やがて逃げ延びた兵を集めたが、それは三分の一にも足りない数であった。壊滅的敗北を遂げたのである。




