16話 「俊傑」
それから3日、僕ら二人は日夜馬を駆けようやくベレンの地に行きついた。
そこはフェルストブルクからやや西南に位置する都市である。沃土は広く豊穣で、まさに「乳と蜜が流れる土地」と言われている。
人々は敏活で機智の眼が鋭く働いている。
「ここまで来れば、もう大丈夫だ」
「我が君、これから、どういたしますか?」
「何をするのにも、金がいる。それ故、ガブリエル・アークライトに話をつけなくては」
「ここベレンでも一二を争う資産家のガブリエル・アークライトですか?」
「その通りだ。奴はベルトホルトの専横以降、各地の壮士に金銭を援助しているという話を聞く。我々も行ってみる価値はあるだろう」
「承知しました」
こうして僕らはアークライト邸へ向かうこととなった。
道中、僕は彼に心構えを聞く。試すようで悪いが、そんなことはかまっていられない。
「ところで、エヴェレック。君は人を殺したことがあるか?」
「なぜ、そのようなことを聞くのですか?」
「いざという時に躊躇されれば、僕も困るからだ。もし彼らが申し出を断るようなら、僕はその場でガブリエル・アークライトを殺すつもりだ」
「殺す!?」
彼は鳥のように眼を見開き、開いた口が塞がらない。
「あぁそうだ。ベルトホルト打倒に要する資金は彼にとっても莫大な資金であろう。しかし我々は天下の大義のため、ここで何としても資金を得なければならない。故に、もし奴が断るなら、その場で殺し、金品を略奪しなければならん」
「護衛はいかに?」
「邪魔するようなら、殺すし。金で買えるなら、買う。……だから、そのことは頭にいれておいてくれ」
「……御意」
馬を駆けること数十分、やがてアークライト邸が見えてきた。
彼の屋敷は郊外に位置し、その立派さときたら僕でさえ目を見張るものであった。
これが、王国でも指折りの資産家の家なのか。これほど大きい邸宅は数えるほどしかないだろう。
僕は屋敷の護衛と思われる男に、王家の紋章を見せる
「其方の主人ガブリエル・アークライトに話がある。会えるかどうか確認してくれ」
「……まさか王子殿下が! 御意」
彼は慌てた様子で屋敷の中へ入っていった。
そうだ。王族に対してはこうあるべきなんだよな。最近は僕の扱いが雑になってきているように思えて、何だか釈然としなかったのだ。
少しの時間が経つと、さっきの兵士が戻ってきた。
「アークライト様は今からでもお会いしたいと」
「それは実に結構」
護衛兵に案内されながら、ほどなくして一つの部屋の前に着いた。
「こちらでお待ちです。どうぞお入りください」
室内には幾つもの装飾品が塵一つない状態で陳列されていた。
そして、部屋の中央には置かれた対面のソファーの前で一人の男が立っていた。
水色の髪を携え、青い瞳の持ち主だ。
ガブリエル・ライオネル。まだ若い男だが、その商才により18歳にして、王国でも指折りの資産家となった男だ。彼もまた世に二人といない傑物といってもいいだろう。
「これはアークライト殿、お目にかかれて、嬉しく思います」
「お出迎えが遅くなりましたことをどうかお許しを」
「とんでもない」
「さぁ、どうぞおかけに」
僕はソファーに座り、軽い談笑をした後、可能な限り全てを包み隠さず打ち明けた。
「ザイン・ベルトホルトは朝廷に災いをもたらし、臣下を虐殺し、国王を蔑ろにしました。都の外では各地の諸侯や総督、将軍がザイン・ベルトホルトの独裁を目にし、誰もが怒り心頭に発しているのです。この私が挙兵し、諸侯をまとめ、奴を殺さなければ、戦乱の世を迎えることになるでしょう」
「……確かに殿下のおっしゃっる通りです。しかし、ベルトホルト一族は強大で、その権勢は今まさに天下をも飲み込もうとしている。一体どう対抗なさるつもりか?」
「ザイン・ベルトホルトの後ろ盾はアソラエーデン軍だということはご存知ですよね。アークライト殿のおっしゃっる通り、アソラエーデン軍は勇猛果敢ですが、ザイン・ベルトホルトには先見も卓見もありません。首都のフェルストブルクを占領し、朝廷を牛耳るとと、姦淫、略奪の数々、志などありません。そのような男に敗北するなどありえません」
「……わかりました。我が財産の半分ほどでしたら、援助させていただきます」
あまりにもあっさりと彼は了承したので、こちらの誰もが驚く。
確かにこちらも断られたのなら殺すつもりで来ていたが、二つ返事で僕の提案を受け入れるとは思わなかった。
僕はこのとき、驚き感謝すると同時に彼を只者ではないと思った。
二つ返事で自分の財産の半分を他人にくれてやることは並大抵のことではない。
それ故に、この男を商人にしておくのは実に惜しい。
「感謝する。だが、もう一つ頼みを聞いてほしい」
「何でしょう?」
「今すぐ財産を売り払い、商人をやめろ」
僕の言葉に周囲は凍てつく。僕以外の者は「こいつ、何言ってるんだ?」という顔をしている。それも当然かもしれない。
「殿下ご冗談を」
質の悪い冗談だと思っているのだろう。彼は苦笑いを浮かべながら話す。
「冗談ではない」
「何をおっしゃ……」
僕は彼の言葉を遮り、話を続ける。
「僕の配下になれ」
ヴェルトリア王国において、役人が他の職業(商人や鍛冶屋など)を掛け持ちすることは認められていない。なぜなら官吏の立場を利用して自身に有利な法をや政治を行うなど、国益を損なう事態が発生すると考えられているからである(まぁ、これらを禁じたところで、豪商などから賄賂を貰い、豪商に有利な政治を行う奴もいることにはいる。しかし、そのような件数はごく僅かである)。ちなみに、これらの最高刑は斬首とされ、より悪質な場合は一族の連座もあり得る。
「え?」
「たった数分話しただけでも、貴方の才能は十分わかった。君はまさに傑物。君がいれば、もう天下は乱れない」
「……ありがとうございます」
「だが、アークライト殿。いやガブリエル殿は天下を安らかにする才能がありながら、商人として一生を終えようとしている。なんと愚かなことだろうか。それは龍が蛇として一生を終えるようなものだ」
「……」
僕はそれからも、熱意のこもった言葉で彼を口説く。数分ほど、彼がいかに才能があるか、また商人としての人生の愚かさ、どれほど僕が彼を気に入ったかについて熱く語った。
なんなら援助をしなくてもいいから、我が帷幕へ加わるように頼み込んだ
「君の才は銭勘定のためにあるのではなく、僕と共に天下を平定するために神が与えたのだ。違うか? 願わくば我が配下に加わえ、共に賊を討ち、国政を委ねたいと思っている」
「……」
ガブリエルは僕の方を見つめ、何も話さない。
……ダメだったか。
僕は立ち上がり、彼に謝罪し「ご無礼を働いた。先ほどのことは忘れてほしい」と言いかけたとき、彼は僕に拝礼した。
「殿下、いやご主君の言葉で目が覚めました」
「ガブリエル殿、今何と申された。主君と?」
「我が君よ。私は貴方様のような鑑識かんしきある名君を探すため、商人としての人生を歩んでいたのかもしれません。このガブリエル・フォン・ライオネルはご主君と共に兵を立ち上げ、主君と共に戦い抜き、主君と共に大業を成します」
「……ガブリエル殿」
僕は彼の手を握りしめた。
天も僕の喜びを共感したかのように、窓から黄金に輝く光が差し込んできた。
金や兵糧のことよりも彼が僕の帷幕に加わってくれるというのが嬉しかった。
今日は愉快な日だ。彼のような傑物を配下に加えることができたのだから。
先日、誤字報告というものを頂きました。
誤字報告してくださり、本当に助かりました。ありがとうございます。
活動報告の方でもお礼を申し上げたのですが、こちらでも改めて感謝の意をお伝えしたく存じます。
よろしければ、これからもよろしくお願いします。