14話 「シエゴ小郡」
「おぉ、アベリオン将軍か。いったいどうされた?」
ブランディスの後ろには百を超える兵士が待機していた。これほど多くの兵士による威圧感に晒さられれば、よほど肝の据わった人でもない限り怖気づいてしまうだろう。
「大公殿下の命で、ここにいるレオンハルトを捕らえに参りました」
「レオンハルトは狡猾な男ですからな。この屋敷に潜んでいるやもしれませんな」
アドミッドは内心ひどく焦っていたが、どうにか平生を取り繕う。
「実のところ兵を率いて百里追っても、まだ見つかっていない。おそらく、未だ都を出ておらず逆賊が匿っているのだろう」
「まさか見識が高い大公殿下が、この私を逆賊と思われるとは」
「お許しください」
ブランディスは形式的な冷たい礼をとる。疑いがあるとは言え彼は朝廷の重臣なのだ。どんなときでも彼への非礼は許されない。だからこそ、ブランディスのような男でさえも形だけではあるが礼をとる。
「わかっております。どうぞ。将軍のお好きなように」
「探せ!」
ブランディスは部下に命を下し、自身もまた部屋を捜索する。
兵士達は荒らしまわるように、屋敷に押し入りレオンハルトを探す。
だが当然見つかるはずがない。
ブランディスは腰にさしている剣を抜き、アドミッドの自室に押し入った。
室内には、ただ一人。
凛した美少女。
白いドレスを身に着けたソフィアは・キングリーがいた。
かの豪傑ブランディス・アベリオンでさえもその美しさに魅了され、言葉を失い、ただ立ち尽していた。数十秒経ってようやく、彼はふと我に返った。
「其方は?」
「アドミッド・キングリーの娘のソフィア・キングリーです。将軍がなんの御用で?」
「ブランディス・アベリオンと申す。逆賊レオンハルトを捕まえに参った」
「その人のことなら、私も知っています」
「何知っているだと?」
「はい。以前はこの家に訪れていましたが、ここ数ヶ月は一切訪れることはありませんでした」
「それは、本当か?」
「はい」
扉が開かれ、一人の兵士が入って来た。
「将軍。くまなく探したのですが、殿下の姿は見つかりませんでした」
「つまり、アドミッド殿はレオンハルトをかくまっていないということか」
「お父様はそのようなことをするなど考えられません」
ブランディスはその言葉に安心したように、笑みを浮かべた。
ヴェルトリア王国は重犯罪については連座制を採用している。仮にここでレオンハルトが見つかれば、当然アドミッド・キングリーは大公暗殺未遂事件の黒幕として処刑される。そうなれば彼の一族(ソフィアを含む)も処刑されてしまうだろう。己の好きな女性が処刑されて喜ぶ男はなかないいないだろう。そういう意味では豪傑であるブランディスもまた多くの男と同じなのである。
「そうか。レオンハルトを匿っていないのなら、そなたの父上は関係はないだろう」
「関係などありません。お父様は将軍と同じように忠義を尽くす大臣です」
「協力に感謝する」
ブランディスはソフィアに感謝の礼を捧げ、兵を引き揚げた。
・・・
レオンハルト・ロード・フェル・ファントムロードを捕らえよ。
布令は州県諸地方へ飛んだ。
その迅速と競うように、僕はフェルストブルクの都を出た後、日夜黒馬に鞭を打ち続け、南へ南へ逃げていた。
腹も空いた、喉も乾いた、そして、もう疲れた。どうして、この僕がこんなめに遭あわなくてはいけないのだ。こんな事って酷すぎる。
だかやっとシエゴ小郡の付近までたどり着いた。
ヴェルトリア王国の行政区分。市町村<小群<群<県<州。
ここを超えれば、おそらく大丈夫だろう。だが、その前にシエゴの検問所を超えなければない。本来であれば、彼らの仕事は旅人のチェックだ。違法な荷物の運搬や、他国スパイの発見が仕事であるが、今に限っては僕の捜索も仕事の一つであろう。
今から僕はこの検問所を抜ける。それも正面からだ。こういうのは堂々とした態度で挑めば何とかなるものだ。それに、もう体力の限界だ。このまま逃げ隠れなどしていたら、何時野垂れ死んでもおかしくはない。幸運にも、途中で通りかかった村のゴミ捨て場から薄汚い服を拾い、それに着替えている。まさか、僕がこんなボロ切れを着ているとは思うまい。
だが、そんな僕の淡い期待とは裏腹に、関門へかかるや否や「待てっ」と馬を降ろされた。
「中央から、レオンハルト王子を見つけ次第召し取れと指令があった。貴方の容貌は人相書に甚だ似ておる」
関の役人は、そう言って僕が何を言っても一切耳を貸さなかった。いくら口に自信があると言っても聞く耳を持たない相手を説得することは、僕にもできない
「とにかく役所へ引っ立てろ」
僕はまるで犯罪者を扱うかのように取り囲まれ、役所へ拉致された。
役所と言っても、やはり一小郡の役所に過ぎないので、王都暮らしの僕にとっては、少々見すぼらしいものであった。
そんなことを考えている場合ではない。これは本当に不味い状況だ。
僕は縄で縛られ、この小郡の長官らしき男の前に立たされる。
「名を名乗れ」
男は僕に命令する。
「私は商いを生業とする者で、姓はフロイス、名はリムルです。人違いで連れてこられたのです。今一度よくお調べ頂きただけませんか?」
僕が話終わると、彼は高笑いをした。
「いや、お前はレオンハルト・ファントムロードだ。もう私を忘れたか。二年前、都に官職を求めに行ったとき、無礼な態度をとってくれたな。それにこうも言っていた。今や誠道は廃れ、奸臣が権力を握る世の中。廓清の剣の取らずして、王国の夜明けはこない。どうだ思い出したか?」
「確かに憶えている。子供の戯言だ。許してくれ」
いや、そんな昔のこと憶えているわけがないだろう。それにお前のことなど知らん。
「問題はその言葉ではない。お前が私の顔を一度も見なかったことだ。やはり、お前は愚か者だ。これまで、傲慢で、驕り高ぶる振る舞いをし、天下を軽んじてきた」
「今は囚われの身だ。こんな僕と天下を論じたいのか?」
「口だけは達者だな。まぁ、いい」
彼はそう言うと、自身の椅子に腰かけた。僕は囚われの身と言えども、この国の王子であるぞ。どうしてそんな態度をとれるのか。僕にはまったく、分からないな。
「お前と話すぐらいなら、壁と話していたほうがましだ。しかし、せっかくだ。今日は下世話なことを論じたい。其方の首に懸けられるいるのは、子爵の爵位と五百フラメル白金貨だ。どう思う?」
「……」
「五千百フラメル白金貨はここシエゴ小群の長官の俸禄で言えば四十五年分相当である。その上、子爵の爵位を得られる。そうなればこの私は一生安泰に暮らせるだろうなぁ」
「……」
「それにしても分からん。お前の体はせいぜい五十フラメル白金貨ほどだろう。なぜ五百フラメル白金貨なんだ? 懸賞金をかけた奴はきっと物好き……」
「もう辱めの言葉はたくさんだ。さっさと僕の首を都へ送り、褒美を貰いに行くがよい」
こいつ! どこまで僕を辱める気だ。あの頃の僕なら、このような奸賊に辱められることもなかったのに。この男に腹が立つというよりも、己自身に腹が立ってしょうがない。
「ふん、わかった。大した男だな。死を目の前にして、怯える様子が一つもないのだから」
当たり前だろ。僕がこんなところで、命乞いなどしたら、我がファントムロード家の権威は失墜してしまう。僕の行い一つでご先祖様の顔に泥を塗ることになるのだ。全身が震えそうになるほど怖いが、僕は堂々と死ぬぞ。
「安心しろ。明日の朝其方を連れ、都へ参る。だが、今日に限り、其方は私のところへやって来た大事な金の卵だ。丁重に扱わなくてはな。誰か!」
「「はっ」」
二人の兵士が前に出る。
「この男を牢屋に放り込んでおくのだ。早く連れていけ」
こうして僕は兵士に連れられ、薄汚い牢屋にぶち込まれた。