12話 「暗殺失敗」
月光の短剣。
かつてこの世界の覇者であった月光龍ルナギエナの牙より生まれし短剣。
その名のごとく月光のように輝く刀身を持ち、僅かに熱を帯びている。
まさに、世に二つとない名剣だ。
この剣なら、奴がいつも着ている鎧のうえからでも突き殺すことができるだろう。
その翌日、僕はいつものように宰相府へ出向いた。
昨日は全然眠れなかった。
先生の家に伝わる名刀を譲り受けて、その夜剣を抱いてベットに横たわったが、どうしても眠りに落ちることはなかった。
それも当然だ。何せ僕はこれから人を殺すのだから。
宰相府には常に豪傑ブランディスと五千の兵士が滞在しており、ネズミ一匹侵入できない構えである。
もちろん、僕には関係のないことであるが。
「第一王子レオンハルトである。本日は大公殿下の命で参った」
兵士は僕に一礼してから「どうぞ」と言い、道を開ける。
「僕が剣を持っていないか、調べなくてもよいのか?」
「何をおっしゃいます。殿下は身内も同然。さぁどうぞ」
は?! この僕があの男と身内も同然だと! 何たる暴言。実に腹立たしい。
そんなことを思いながら、僕は歩みを進める。
僕は長い廊下を歩き、一つの扉の前に立ち止まった。
ゆっくりと扉を開ける。しかっりと油が差されている扉は、なめらかに開いていく。
扉を開き、僕の視界には三名の男とその他の使用人が映った。
一人は当然この家の主、ザイン・ベルトホルト。
そしてベルトホルトの懐刀とも言える男レイモン・フォルトナ―。
「お許しください。遅くなりました」
「おぉ、レオンハルト来たか。さぁこっちへ来い」
僕は彼に誘われるまま、彼のそばまで近づく。
「殿下に紹介しよう。儂の右腕レイモン・フォルトナー。今しがたアソラエーデンから軍を率いて戻ったばかりだ」
僕は下げたくもない頭を下げて彼に向けて一礼をする。
「フォルトナ―殿のご高名はかねがね承っております。智謀において、天下に並ぶ者はいないと。また神のごとく兵を操り、天下無敵と。古今稀にみる英雄です」
僕の言葉に機嫌を良くしたのか、二人は高笑いする。
「聞いたか。レイモン。このレオンハルト王子をして古今稀にみる英雄と言わしめた」
「殿下。ほめ過ぎです」
学生時代から、他人のご機嫌取りは得意なのだ。だがこんな奴にもおべっかを使わないといけないとは、悲しくなるな。
「しかし遅かったな。随分待ったぞ」
「僕の馬は弱っていましたので、遅くなりました。お許しください」
「だが殿下はこの国の王子であろう。なぜ良馬を持たないのか?」
「僕には、どうやら馬を見る目が無いようでして……」
「……そうか。なら、レイモンよ。アソラエーデンの手ごろな馬を殿下に手配してくれ」
「御意」
「どうぞよしなに」
そう言うとレイモンは、部屋を退出した。
「しめた!」と思ったが、ベルトホルトとて武勇があり、大力の持ち主である。僕の力では敵うはずもない。ここは、慎重になるべきである。
「レオンハルト。お前に話があるのだ」
「なんでしょう?」
「ちょっと聞くが、ルーク・カストディオと親しいのか」
「はい。叔父上に仕えていた頃、僕を弟のように可愛がってくださり、僕も彼を兄のように慕っておりました」
「奴め許せん。王都に入ったときすぐ殺すべきだった。奴の名声に気兼ねし、つい情けをかけてしまい王都から逃がしてしまった。それなのに、あの男はわしに不満を持つ諸侯を集め、挙兵する隙を伺っているらしい」
「ご安心ください。大公殿下には数万の兵士にアベリオン将軍にフォルトナ―殿もいます。貴方様がその気になれば、奴らなど敵ではありません」
「そうだ。そうだとも。わしにはブランディスだけでなく、カイゼルもいる。勇猛果敢な将軍だからな。奴らを殺すなど犬や豚を殺すのと同じだ」
「そして、最も大切なのは大公殿下の存在です。兵をグレナイディアス帝のごとく率い、フレバンス王のように慈悲を以って国を治める。ヴェルトリアの歴史三百年いや、レヴィオニアを含めれば、ここ千年の歴史で大公閣下よりも優れた方がかつて存在したでしょうか」
ベルトホルトは「まったく殿下は褒め上手だな男だ」と再び高笑いをする。
「もう一つ聞きたいことがあるのだが……」
「何なりと」
「表向き大臣共はわしを立てているようだが、腹の中では憎み、この首を城門に吊るしたいようなのだ。其方は大臣たちと仲が良い。そこで聞くがルーク・カストディオの知らせを聞いて、あの者たちに不穏な動きは出ていないか」
「大きな動きは出ていないかと。しかしながら、最近は大臣達も僕を避けています」
「あぁ情けない。あの者達は腹の中で儂を罵る以外能がないのだ。あいつ等の首を斬ってやりたい」
こんな感じで、僕と数分談笑した後、彼はあくびをした。
「しかし、今日は暑いな。暑くて死にそうだ。レオンハルト」
「はい」
「儂は奥で少し眠ることにする」
肥満しているためか、眠気のためかベルトホルトの足取りはおぼつかない。
それを見て、僕は召使いのように彼を寝室まで支える。そして、ごろりと背を向けベッドへ横になった。
室温を下げるため、僕は冷却魔法が込められマジックアイテムを使う。
15センチ×10センチぐらいの大きさで、綺麗に装飾された宝箱のような形をしている。
箱の中には魔法陣があり、箱を開けることによって冷却魔法が発動するのだ。
すると、ベルトホルトは完全に眠りに落ちたらしく、いびきをかき始めた。
(今だ!全てはこの時のために!)
僕は、心の中で叫びながら、短剣の柄に手をかけた。さっと抜き、彼のベットへ近づいた。
だがその時、名刀の月光が壁の鏡に反射して、ベルトホルトの目を照らした。
「何事だ!」
ベルトホルトの言葉にこの部屋に兵士達が集まってくる。
刃を納めるいともなく、僕はすぐさま膝をついた。
「近頃。珍しい物を手に入れました。月光の短剣でございます。思いますにこれほどの絶品僕には似合いません。大公殿下は武具がお好きですのでこの剣を献上したく思います」
ベルトホルトは兵士達に「さがれ」と命令し、剣を手に取る。
「この月光の輝き間違いない。まさしく月光の短剣ではないか」
「はい。これほどぼ名剣は大公殿下のような君主にこそふさわしいのです」
「レオンハルトよ。ありがたく頂戴しよう」
「必ずや大公殿下の御恩に報いると誓います」
僕は短剣の鞘さやをテーブルの上に置き、その部屋を怪しまれない速度で立ち去った。
門にさしかかったとき、レイモンに声をかけられた。
僕の心臓は飛び上がりそうになったが、どうにか平生を取り繕った。
「殿下!」
「何でしょう」
「殿下。忘れましたか。馬をやる約束でした。この馬はどうでしょう。この馬は私が自ら選んだアソラエーデンの良馬です」
「このような駿馬。僕にはもったいない」
「英雄には名馬が似合うものです」
「試し乗りをしてみても?」
「もちろんです」
僕はすぐに鞍へ飛び移り、駆けだす。
不味い。不味い。不味い。少しでも距離を稼がないと。もう王都にいることはできない。
一刻も早く逃げなければ、殺される!
僕は必死になって馬に鞭を打った。