9話 「ザイン・ベルトホルト、国王を得る」
深夜だった。
松明を掲げ、武装した兵士が凱天門に集まる。
僕らはこの夜、カストディオ将軍と合流し、王城を凝視していた。
まだ怒りは完全には収まっていない。ときおり、猛烈な殺意を憶える。
しかし先生方の諫言のためか、それとも少し時間が経過したためか、冷静さを取り戻していた。
やっぱり皆殺しは人道に反するよな。人の道に外れる者はもはや人間ではなく獣だ。それにヴェルトリア民や後世の人がそんな僕の話を聴けばなんと思うだろうか。叔父上の仇を討った忠孝者か。それとも罪なき者まで殺めた冷酷無道の殺戮者か。僕は叔父上と同じように、世間の評判というものを気にしてしまう特徴がある。もし後者のように思われたのなら、とても耐えられない。
「やはり、皆殺しは止めにしましょうよ。ゼーレマンとその側近だけを殺し、あとの者は許しませんか!」
僕は隣にいるカストディオ将軍にそう提案する。
「殿下、何を今更言っているのですか? 奴らは貴方の叔父を殺した非道の者ですよ。かける情けはありません」
「……しかし、いくらなんでも……」
僕が言い終わるよりも先に、衝車(丸太の先端を鋭角に削り尖らせたものを台車に乗せた装置)によって城門が破壊された。
「行け!」
カストディオ将軍の言葉を合図に兵士がなだれ込む。
「国賊を皆殺しにしろ!」
「一人も生きて返すな!」
華麗な王城は、たちまち土足の兵士に占領され、悲鳴で満たされる。
「貴様もか!」
宰相派と見た者は見つかり次第首を刎はねられたり、突き殺された。壁は鮮血で紅色に染まり、血と臓物の臭いが充満していた。
ゼーレマンの側近などは、金花門まで逃げ転ぶ者もいたが、鉄弓に射止められ、虫の息になり這っているところをずたずたに斬り刻まれ、手足は鴉の餌に、首は城門にかけられた。
王城に住むメイド達の悲鳴は、雲にこだまし全土に降り注ぐようであった。
死体をかき分け恵文門付近まで進むと、宰相のゼーレマンとシギルらは、国王と王妃、セシリア・ロードラン夫人、二コラ王子の4人を連れ、秘密の抜け穴から抜け出して、恵文門からいち早く逃げ出す準備をしていた。
ところへ、鎧を身に纏い、炎を宿す剣を引っさげ、暴れ馬に泡を噛ませた将軍も駆け付けた。この変に最も激怒した男、ルーク・カストディオである。
「待て! 毒賊。国王を擁し、王妃を連れ、どこへ行かんとするか!」と大喝したが、国王に触れる前にゼーレマンらは国王と弟王子の馬車に鞭を打って逃げ出す。
ただ幸運にも母上だけはカストディオ将軍の手に引き留められたのだった。
カストディオ将軍は「陛下のご帰還までは、しばし大権をお預けください」と請う。そして、部下に王妃を任せ、自身は我々と共に国王とリオンの後を追う。
・・・
フェルストブルクの兵乱は今にも全市に及ぶであろうと、避難する民衆で溢れ混乱は極まっている。その中を国王らを乗せた馬車は駆け抜けていた。逃げ惑う老父を轢ひき、婦女を蹴飛ばして、城門の郊外遠くまで逃げ落ちた。
まさか、こんなことになるとは。ゼーレマンは自分を叱責する。
一歩間違えば、儂が死んでいた。恐ろしい。しかしともかくギリギリ儂が勝った。まさに九死に一生。それに国王はこちらの手にある。陛下と共にある限り天下はこの儂の手の内だと安堵のため息を吐く。
「ゼーレマン様。前方に軍の影が」
「馬車を止めろ」
彼の予想通りだ。ゼーレマンは目を細めながら命令する。
「ルイファルツ。何故逃げぬのか」
「これより、陛下のお味方を手に入れます」
ゼーレマンとルミトスは馬車を降り、軍団を眺める。
兵馬によって土埃が立ち昇り、一隊の旌旗が見える。
「ヴェルトリア王国宰相ルイファルツ・ゼーレマンである。将軍と話がしたい」
「参ろう」
その言葉と共に、兵士達は動き出した。
軍団の中央から左右に分かれ、魔法の武具に身に纏った男が現れる。
恰幅が良い、いや、はっきり言えばやたらと肥満している。腹部にはたっぷり過ぎるほど脂肪がつき、顎のしたにもこれでもかといわんばかりに肉がついている。しかしながら、目つきは鋭く、勇猛なブルドックを彷彿とさせる顔をしている。
アソラエーデン総督ザイン・ベルトホルトである。
「あちらの馬車に陛下がおわせられる。拝謁するが良い」
ゼーレマンは国王のいる馬車を指さす。
ベルトホルトは「陛下」という言葉を聞くと、すぐさま馬から降り、ヘルシング王に拝謁する。
「アソラエーデンのザイン・ベルトホルトにございます。陛下、お助けに上がりました」
「大儀であった」
ヘルシング王はベルトホルトに言葉を下す。
「陛下、早く王城へ帰りましょう。我らがお供いたします」
すると、一歩遅れて兄王子レオンハルト、国王近衛師団長アベリオン・カストディオ、内務大臣アドミッド・キングリー、王国軍中将エリメール・ヴァルアトレ、魔法大臣へリアル・アレインなど錚々(そうそう)たる臣下達が追いついた。
両軍は睨み合いが続き、不穏な空気が流れる。
「カストディオよ。何を考えている」
ベルトホルトが口を開く。
「いいえ、何も。陛下がご無事で安心しました」
「そうだろうとも」
ベルトホルトはニヤリと笑うと、ヘルシング王、弟王子二コラを連れフェルストブルクに入場した。
ベルトホルトの王都入りを反対していた者も国王の供という大義名分を手にした彼を表だって拒むことはできなかったのである。