8 日曜日のお出かけ1
日曜日の早朝、アキラは目覚ましの音ではなく、スマホから流れるメールの音で目が覚めた。
朝は寒いと感じ始めた今日この頃、布団から出る気になれず、腕だけを伸ばしてスマホを掴み取り、手元に引き寄せた。
《おはようございます。念の為にモーニングコールをさせて貰いました。今日は雲一つ無い秋晴れで、絶好のサッカー日和ですね。きっと楽しい1日になると思いますので、予定通り、駅前の公園に9時集合でお願いします》
「………………」
丁寧な文面だが、これでもかという程に念を押されている……と、感じるのはアキラの気のせいだろうか?
それに、
「晴れてんのか……クソッタレめ……」
雨天中止という最後の望みも絶たれ、そうぼやかざるを得なかった。
賭けに負けた後、少しだけ足掻いてみた。
具体的には、
《もし雨が降ったり、風邪で体調が悪くなったら中止だよな?》
というメールを送った。別に、何の変哲も無い只の確認メールだ。雨が降ることも、風邪を引くことも十分にあり得る話だ。
だというのに、
《雨はともかく、仮病は七海ちゃんがいるので不可能ですよ》
というメールが返ってきた。まったく……アキラは一言も仮病をするなんて言ってないというのに邪推にも程がある。
しかも、人の妹をスパイとして使ってやがる。
まるで監視されているかのように思えて、学校から帰ってきた七海に文句を言ったら、
「はあ? なんで私がアキラをじろじろと監視すんのよ? 阿呆な事言ってんな」
と、小馬鹿にされた。
「なら、滋賀の妹に、俺のことを話すなよ」
「しょうがないじゃん。あの琴音先輩に尋ねられたら、答えるしかないじゃん。むしろ、アキラの事なんかを琴音先輩のお耳に入れるなんて恐れ多いくらいだし」
一体、何が恐れ多いのかは知らないが、七海の中でアキラ<琴音という図式が成り立っている事だけは分かった。
あまつさえ、
「琴音先輩のお兄さんが、何を勘違いしてるかわかんないけど、さっさと行ってきて幻滅されてきなよ」
と、小憎らしい捨て台詞を吐いて、2階の自分の部屋へと階段を上がって行った。
昔は、お兄ちゃん、お兄ちゃんと、事あるごとに後を付いてきたのに、随分と生意気に育ったものだ。
競争心が強く、口が悪いところは、両親のどちらにも似ていない。
「まったく、誰に似たんだか……」
『アキラじゃないの?』
アキラの中に居候しているくせに、美人に(正確には、その声に)ころっと寝返りやがった裏切り者が、そんな事を言ってきたので、ガラスの刑を執行していない事を思い出した。
早速、部屋に戻って刑を執行してやった。
『あああああ! ヘルプ! ヘルプミー!』
ヤマヒコの悲鳴を聞き流しながら、何かいい方法がないかと考えたが、ガラスの音とヤマヒコの悲鳴を聞き流しきれず集中できない。
「ヤマヒコ、うるさい」
『理不尽! 超理不尽!』
結局ガラスの刑が終わってからも、ろくな案が出なかった。
それでも、何とか絞り出しては見たのだが、
《俺、スパイクもレガースも持ってねーけど、これじゃマトモにサッカー出来ないんじゃないか?》
うん。送る前から失敗する事が目に見えていた。《そうですか。なら、サッカー中止しましょう》なんて返事が返ってくる訳がない。
それでも一応送ってみたのだが、案の定、
《足のサイズを教えて下さい。身長は兄さんと同じぐらいなのでサイズが合えばお貸しします。兄さんは、丁度、買い換えを検討していたので、佐田君には新品をお貸しできます》
と、親切丁寧に対応された。あまつさえ、
《他に何か気になる事があるのなら、早い内にご相談下さい》
などという、蟻の一穴すらも許さないような追伸が送られてきた事で、アキラは無駄を悟り、悪あがきのメールを止めて、持っていたスマホをベッドの上に放り投げた。
次いで、アキラ自身も投げやりにベッドへ倒れ込んだ。
「あー、くそ……」
かくなる上は、天に祈るしかなかった。流石のあいつも、天候だけはどうしようもない。
雨よ降れ、槍よ降れ、と念じて、更にここ数日は、朝のニュースの星座占いのラッキーアイテムを用意したりもしたのだが、結果としては無駄だった。
きっと星座占いを作っている奴は、美人のお願いにはニコニコと頷くくせに、野郎のお願いは一顧だにしないような脂ぎったエロ親父が作っているに違いない。間違いない。
『グッモーニン! 今日はあの天使の声の琴音ちゃんにまた会えるんだよね? テンション上がるー!』
朝っぱら能天気なヤマヒコの声が癇に障った。
午前9時、5分前、朝飯を済ませたアキラが自転車で公園に行くと、すでに二人が公園のベンチで座って待っていた。
兄貴の方はアキラと同じシンプルなジャージ姿だが、アキラと違って似合っている。こう、身に纏う空気がスポーツマンなのだ。容姿の端麗さもあり、絵になる男だ。
妹の方は、厚手の白いシャツに茶色のロングパンツという出で立ちで、派手さはないが、それが逆にスタイルの良さと清楚な感じを強調してる。兄同様に絵になる女だ。
——つーか、似てないな……。
滋賀兄妹が揃っている所は初めて見るが、二人とも美男美女ではあるが顔立ちも雰囲気も大分違う。一見して兄妹に見えない。
そんな二人が仲良く話しをしている様は、双子の兄妹だと知らなければ、恋人同士がいちゃついている様にしか見えない。
——俺はお邪魔虫みたいだから、退散していいかな?
割と本気で、そんな事を考えていると兄貴の方がアキラに気付いた。
「佐田!」
ベンチから立ち上がった槍也が、アキラに駆け寄って来た。
「今日は来てくれて、ありがとう! 佐田とサッカーやるの凄え楽しみにしてたんだ!」
「…………」
槍也は爽やかな笑顔でそう言った。その邪気のなさは、アキラの「来たくて来たんじゃねーよ」という憎まれ口を塞いでしまう程の威力だ。
「おはようございます」
一拍遅れてやって来た琴音の挨拶にも、
「ああ、おはよう……」
と、極々普通に答えていた。
なんとなしに肩透かしを食らった気がしたが、そもそもが、喧嘩をしに来た訳でもない。
自転車から降りて、二人に尋ねた。
「それで? これからどうするんだ?」
実はアキラが知っていたのは、待ち合わせ場所だけで、それ以降の予定は一切知らない。それに、でかいスポーツカバンと小さなバックを持って来ている二人と違って完全な手ぶらだ。
一応、琴音からは、初めて出会った日の翌日には、
《日程が決まりましたので、詳細をお知らせします。お電話、いいでしょうか?》
というメールを受け取っていたのだが、
《いいよ。待ち合わせ場所だけメールでくれ》
という素っ気ないメールを返しておいた。
その頃のアキラは、雨よ降れと全力で願っていたし、雨天中止なら詳細を聞く必要はないと思っていた。残念ながら晴れたが。
アキラの質問には、琴音が答えた。
「とりあえず、自転車は駐輪場に止めて駅に入りましょう。——はい、これは佐田君の分の切符です」
琴音はバックの時から取り出した切符を差し出した。
その切符を受け取ったアキラは、その切符が新幹線の切符である事に驚き、目的地が静岡であることに2度驚いた。
思わず二人を見返して、問いかけた。
「え? 県外?」
アキラの質問に二人が頷いた。