72 槍也と義丸3
ハーフラインの手前でウロウロとしていた滋賀槍也が唐突に動き出したかと思えば、パスを受け取ったばかりの味方を相手チームの中盤の選手と二人がかりで挟んでボールを奪ってみせた。
かと思えば、そのままボールを味方に残して前にと駆け出し、滋賀がトップスピードに乗るとその場でタメを作っていたもう一人が縦パス一本、一瞬でこちらの中盤を置き去りにして義丸のいる最終ラインの前までやって来た。
義丸がマークにつこうと距離を詰めたその瞬間、あらかさまなシュートモーション……、
——ブラフ……いや!
距離はあってもブラフじゃない。そう判断した義丸がシュートコースを切るように前に詰めると一転、滋賀は軽いタッチで義丸の横を抜けようとするので、させまいと反転。
スピードに乗らせないよう体をぶつけに行ったが、義丸がぶつかるより先に、パッとサイドにボールを流された。
それから息つく間もなく義丸の視界から消え去ろうとするので、即座に間合いを開けて滋賀の姿を視界に入れる。
警戒すべきはゴール前への放り込みか、浅いとこで受け取ってからのミドルシュートか……はたまた滋賀が囮で他の誰かが抜けてくるのか、何をやってくるのか分からないが故に、一瞬たりとも気が抜けない。
——いよいよ、人間止めてきたな。
敵味方が入り混じることで生まれる不規制なうねりの中で、的確に先を読み、ゴールを狙う。
そんな離れ技を真似を可能にしている得点への嗅覚。
極一部の選ばれた者しか持つことが許さないそれを滋賀は当たり前のように持っていて、尚且つ存分に使いこなしている。
「それが、どうした!」
義丸は自身の弱気を振り払うかのように声を大にした。
今の自分は一年前とは違う。自分がそれを持っていないからといって絶望することはもうない。
例え滋賀が何をやってくるのかが読めないのだとしても、その全てを迎え打つ。それが出来るだけの力を自分は築き上げてきた筈だ。
滋賀が中央でボールを持つなら、義丸は当たりに行く。
滋賀がサイドを抜けようとするなら、それに釣られることなく中を固める。
滋賀がこぼれ玉を掻っ攫おうとするなら、そもそも、そんな状況を作らせない。
攻めと守りでは、基本的に守りの方が有利だ。
大抵の場合に置いて頭数が多く、位置取りも優位に立っていて、キーパーは両手を存分に使える。そして何よりもボールを運ぶ必要が全くない。
真っ当にぶつかったら、真っ当に守備側が勝つ。
真っ当にぶつかるのなら、義丸の身体能力が物を言う。
だからこそ、攻撃側はこちらを崩すことを狙って来る。
だからこそ、守備側は当たり前を崩さない。
周りと連携を取って陣形を作り、D Fラインをコントロールして攻撃側の選択肢を削っていく。そこに、特別な才覚は必要ない。
「勝つのは……俺だ!」
絶対の意思と細心の注意力を持ってして、義丸は当たり前を維持し続けた。
……。
……。
——勝つのは……俺だ!
もう何回目かのチャレンジが失敗に終わって……、それでも槍也は挫けることなくゴールを狙い続けていた。
余計なことは考えない。これまでの失敗に対する反省すら今はしない。
今、必要なことはゴールとそこに至るまでの道筋だけだ。
槍也はこれまでとは違って、DFと中盤の境目などを狙って陣取ったり、味方の2列目の選手とポジションを入れ替えたりと、相手の判断ミスやイレギュラーが起こり易い状況を生み出すことを狙って走り回っていた。
相手は格上なのだから、点を取るには混沌と幸運が必要だ。
幸いなことに、味方の選手は槍也の動きが変わったことから槍也の狙いを察し、合わせて自らのプレーを変えていった。
プレー中で、ろくに話し合いの時間も取れないのに、みんな戦術理解度が高い。流石、この場でサッカーしているだけのことはある。
その甲斐あって、フィールドはボールが敵味方を行き交う慌ただしい混戦へと変化していた。
下手をすると30秒かそこらで攻守が切り替わっていく中、槍也はしたたかにゴールを狙っていた。
自分の調子はすこぶる良い。
これを誰かに言うと意外そうな顔をされるのだが、槍也は結構気分屋なところがある。
同じ全力を出しているつもりでも、その時の心境や状況次第で上振れと下振れの差が激しい。
より正確に言うなら悪い時というのは滅多になく、普通の時、良い時、凄く良い時があるのだが、緋桜に勝ちたいという思いが凄く良い時の自分を引き出していた。
今の槍也なら少し先の未来が見えるんじゃないかと思えるほどだ。
こちらの中盤がショートパスを繋いでいる中、槍也がボールを貰いに行くと、向こうのサイドバックが距離を詰めてきた。
間合いの取り方、圧の掛け方に迷いがない。
ゴールに背中を向けた後ろ向きの体勢、普段の槍也なら一度ボールを戻して再び機を窺うところだが、今は違う。
ギリギリまで引きつけてから反転、一旦、相手と向かい合ってからボールを強く押し出してスピード勝負に持ち込んだ。
唐突な緩急に向こうは対応できず、槍也が抜け出した形だが、サイドバックのフォローに回った緋桜がボールとの距離が空いてしまった隙を突いて槍也より先にボールへ辿り着き、外に開いた味方へボールを蹴り出した。
——やる……っ!
今、ボールが奪われたのは、ただ単に緋桜が速かっただけじゃなく、その前のサイドバックの動きが上手かった。
DF同士で連携して、今のような縦の突破は緋桜がカバーするとわかった上で、最大限前のめりにプレッシャーをかけてきた。
試合開始直後は慣れない代表戦に戸惑っていた様子を見せていたが、ここに来て、彼が本来持っていただろう思い切りの良さや冷静な戦術眼が表に出て来ている。
当たり前の話だが、ここにいる選手というのは、一人一人が日本代表に選ばれてもおかしくない個性と実力を兼ね備えている。
今の槍也は絶好調だが、その槍也を持ってして尚、楽な相手ではなかった。
それでも行く。
ボールを失うことは良くないことだが、ボールを失うことを恐れて勝負に行かないのはもっと良くない。
何回死んでも諦めない、という覚悟を持って槍也は試合を決定づける一手を狙いに行った。
味方の動きに合わせて自分の立ち位置を変え、向こうの動きに合わせて、また変える。
目まぐるしく移り変わって行く中、槍也は戦況に合わせてポジショニングを変えて行った。
それから15分。試合は依然として0対0のままだった。
相変わらず得点の気配は無いが、槍也にチャンスが全くなかったかと言えばそうでもない。
サイドからのアーリークロスと中盤のこぼれ球、少なくとも2度はゴールに繋がりそうな機会はあったのだが、いずれの機会もフイにした。
槍也に油断やミスがあった訳じゃなく、ただ単純に緋桜義丸の壁を超えられなかっただけだ。
パワーとスピードも化け物じみているが、それ以上に隙の無さが槍也を苦しめていた。
槍也は試合が始まってからずっと緋桜の様子を観察しているのだが、緋桜はこれまでに隙という隙を晒すことが無かった。常に献身的、基本に忠実な動きで目の前の事態に対処している。
片道40分という長丁場のサッカーの試合で、ここまで揺らがない人間は滅多に居ない。
この才能が集まる場において尚、緋桜の存在感は突き抜けている。
ただ、逆に言えば緋桜がどれだけ凄くとも、どれだけ上手く周りと連携していてもチャンスそのものが無い訳じゃない。
こちらのチームだってレベルが高く、一欠片の勝機も見出せない程かけ離れてはいないのだ。
なんというか、あと一歩なのだ。
あと一歩、ほんの僅かの隙があれば、自分なら決まる。いや、決めてみせる。
逆サイドで相手が細かいパスを繰り返している。
一度、FWの元まで楔のパスを入れようとして失敗、攻守が切り替わった。
即座のロングフィードで、ボールはハーフラインを超えて、もう一人FWの元までやってきた。
背中にマーク抱えた状況での胸トラップは上手くいかず、ボールが弾んで遊んでしまった。
それに槍也が最も早く反応してボールを拾ったが、緋桜が寄せに来たので一度インサイドハーフの元までボールを戻す。
インサイドハーフが一旦ボールを溜めている間に味方が上がってくるが、相手の戻りも早い。
槍也が次の機会の為にポジショニングを変えると、緋桜も適切な距離感を維持する為にポジションニングを変えていく。
様々な人間の思惑が重なって、今は中盤で主導権の取り合いが行われており、槍也もゴールを奪う為の最善の行動を尽くしていたのだが、ある時、それはやって来た。
——あっ!
味方のトップ下が中央からドリブル突破を仕掛け、相対するマークを抜けるかと思ったところで伸ばした足がボールに当たってボールがこぼれた。
そのこぼれ球を狙って敵味方が集まり混沌が生まれたのだが、最初のドリブルが上手く行きそうだっただけに。そのフォローをする為に緋桜のポジショニングが中央に寄り過ぎている上に、槍也から意識が離れている。
しかも、今この瞬間、味方のボランチにボールが収まりそうで……、
頭が状況を把握するより先に体が動いていた。
「ボ〜〜〜ルっ!」
槍也は声を張り上げながらボールを要求すると共に、DFラインの裏へと駆け出した。
緋桜がこちらに意識を向けたが、もう遅い。
緋桜ほどではないにしても槍也だって相当に足は速い。ゴールに背を向けているのだから振り返る動作だって必要だ。
初動で勝れば、その差はひっくり返らない。
今、パスが通ればゴールを決められると槍也は確信した。
けれど……。
そのパスは出て来なかった。
「っ……!」
一拍遅れてボールが蹴り出されたが、その時には既に槍也は最終ラインでもある緋桜を追い抜いていた。
今更、スピードを緩めることなど出来ず、当然、審判の持つ笛が鳴る。つまりはオフサイド。
一旦、試合が止まった。
決定的なチャンスを逃した槍也が自軍に戻ると、近くにいた一人が言う。
「滋賀、タイミングが早えよ。もうちょい味方に合わせろよ」
悪気なく、それどころか諭すような相手の口調から察するに、今のは出し手の失敗ではなく槍也の失敗だと考えているようだ。
一瞬、言い返したい衝動に駆られたが、それをぐっと呑み込んだ。
失敗というのが普段は出来ることを偶々出来なかったことを指すのなら、確かにあれは出し手の失敗じゃない。
狭いエリアで敵味方が入り混じっていて、イレギュラーのような形でボールが舞い込んで来て、しかも槍也に背中を向け気味だった。
むしろ、あの状況であれだけ早くボールを捌いたのは褒められるべきで、この上、
「もう、ワンテンポ早くボールを通してくれ」
と頼んでも……まあ無理な相談だろう。
それを要求しても良い人間を、槍也は一人しか知らない。
なので、素直に「ごめん。次は気をつけるよ」と謝ると、気持ちを切り替えて次の機会を狙うつもりだった。
しかし、フィールドの外で動きがあった。
もう一度、主審の笛が鳴り、どうやら選手交代の様だが、交代するのは……、
「俺か……」
これまで代表に長くいたが、こんな接戦を繰り広げている中での交代は記憶になかった。それはつまり……、
——負けた……な。
敗北を胸に、槍也はフィールドの外に向かって歩きだした。
途中、一度だけ足を止めて緋桜の方へと振り返ると、緋桜は勝ち誇るでもなく、何とも言えない難しい顔をしていた。
たぶん、勝つにしろ負けるにしろ、最後まで戦って決着をつけたかったのだろう。その気持ちは槍也にも判る。
「ごめん」
小さく呟くと、槍也は今度こそフィールドを後にした。
試合が終わって……。
交代を告げられた時から頭をよぎっていたのだが、選抜から漏れた槍也は天秤のみんなと合流する為に電車に乗っていた。
窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めながら、ふと思う。
「あっけないもんだ……」
これまで何年もずっと代表に選ばれていたが、落ちる時はこんなもんかと、少し拍子抜けする程に選ばれなかった人間には何もない。
ただ、選ばれなかった人間の中でも槍也だけは監督から声をかけられた。
「代表に選ばれるということは、この国の象徴として扱われるということだ。そんな選手には当然、実績が求められる。地区予選ですら碌に勝ち上がれない選手とインターハイやプレミアリーグで結果を残した選手のどちらが選ばれるのか……。今回の結果を良く考えるんだ」
まあ、言われても仕方ない。そんな道を選んだのは槍也自身。
少なくとも試されはしたのだ。試合に出して貰ったということはそういう事で、結果を出せなかったのは自身の責任だ。
——今回はしっかりと負けを認めて……。
——また、一から頑張ろう。
そう前向きに捉えている。
それよりは緋桜義丸のことに頭がいっていた。
凄い奴だった。今、思い返しても何もかもが規格外で、先程の試合では槍也が交代した後も、結局最後まで無失点を貫いてチームを勝利に導いてみせた。
おそらくは……いや、間違いなく、これからの槍也たちの代の日本代表は、緋桜が中心に回ることになるだろう。
そんな緋桜と全力でぶつかり合い、そして負けた事に槍也としても思うことがあり、嫌われているのを承知の上で、選考の場を去る前に声をかけた。
「緋桜、ちょっといいか。——俺はさ……今通っている高校に進んだことを色んな人から責められるんだけどさ……でも後悔はしていないんだ。間違った選択だったとも思ってない」
「死ね」
槍也がフィールドを去った時の複雑そうな様子は既に跡形もなく、ど直球で辛辣な言葉を投げつけられたが、槍也は怯まなかった。言わなきゃならないことがある。
「神奈川県立……天秤高校。それが俺が通っている高校の名前だよ」
「……それが、なんだと言うんだ?」
「緋桜にはこの名前を覚えておいて欲しいんだ。——今日は俺の負けだ。でも、必ずリベンジするよ。今の高校のサッカー部で地区予選を勝ち上がって、全国でも勝ち抜いて赤獅子の前に立ってみせる」
宣戦布告とも言える誓いの言葉。その宣言を聞いた緋桜は、眉をひそめながら不機嫌そうな顔で「そんな真似は不可能だ」と切って捨てた。
どうやら全く信じられていないようだが構わない。大事なのは緋桜がどう思うかではなく、槍也がその誓いを果たす為にどんな行動をするか、なのだから。
——必ず、勝ち上がってみせる。
——俺たちで……だな。
合宿であったことや感じたことを思い返し、気持ちの整理をつけた頃には随分と、目的地に到着するぐらいには時間が過ぎていた。
駅を出た槍也は、サッカー部が合宿している宿まで歩くことにした。特に入り組んだ地形でもないので10分少々の時間ですんなりと辿り着いた。
敷地内に入ろうとしたところで見知った顔と出くわした。
琴音と一緒にマネージャーをやっている沖島先輩だ。
「あれ! 槍也君!」
先輩は驚いた顔で槍也のことをまじまじと見つめると、不思議そうな顔で問いかけてきた。
「えっ……え? なんでここにいるの?」
どうやら先輩は槍也が代表から落ちるとは思っていなかったらしい。本当にきょとんと顔でこちらを見ている。
そんな先輩に落選したことを告げるのは、ちょっと恥ずかしいが、見栄を張っても仕方がないので正直に告げた。
「選抜は落ちました」
「あっ、そうなんだ。……確かに、ここに来るってことはそういうことだもんね。無神経なこと聞いてごめんね」
「いえ、大丈夫です。——それより、みんなはどうしています?」
「みんな? みんなは近くのバーベキュー会場に行ってるよ。私は忘れ物があって、一度、戻って来たんだ。槍也君も荷物を置いたらそっちに行こうよ。私が案内してあげる」
そう促された槍也は、一度、旅館に入ってみんなが泊まっている大部屋に荷物を置くと、槍也を待っていてくれた先輩と並んで歩きだした。
先輩は歩きながらも、槍也のことを心配してる。
「うーん……やっぱり、みんな気にすると思うし、佐田君なんかは選抜でのことをズケズケと聞いてきそうだし……もし言いたくないことがあったり、喋りたくないような気分だったら無理しないでね。私もフォローするから」
「いや、あの……そんなに落ち込んでいる訳でもないので、気を使って貰わなくても大丈夫ですよ」
本心で言ったつもりだが、先輩はより心配そうに槍也の顔色を窺った。
「でも……ここに来る前に先生なり琴音ちゃんなりに『今から、そっちに行くよ』って事前に連絡できたよね? そうしなかったの……なんで?」
「なんでって……」
言われて初めて気付いた。確かに唐突に来られても困るだろう。落選した時点で電話の一つも入れるのが当たり前なのに、槍也はふらっとここまで来てしまった。
それはつまり、自分はそんな当たり前のことすら思いつかなかったということで……。
言葉を失った槍也に先輩が言う。
「私のお母さん、プロのサッカー選手だったんだ。しかも私が中学の頃まで現役やってた息の長い選手でさ、リーグ戦で優勝したりなんかもして、まあ凄い選手だったんだよ。でもね、家では普通のお母さんなんだ。うん、すっごい普通のお母さん」
一見、これまでとは何の脈絡もないような先輩の話は、しかし、槍也の身に染みた。
それはそうだ。いかに天才だの何だの言われて世間から特別なもののように扱われても、槍也はまだ16才。何処にでも居る高校生と何ら変わらない。
緋桜に負けたことが悔しくて、選抜から漏れたことが悲しい。
選んだ道に後悔はなくとも、心ない言葉が辛くない訳じゃない。例え、それが正論であろうとも。
「…………あれ?」
気付けば槍也は涙を流していた。心当たりがありすぎて何が原因かはわからない。あるいは、その全てか。
自分でもどうすることも出来ず、ぽろぽろと涙を溢す槍也を見た先輩は歩くのを止め、その場で槍也のことを見守っていた。
無理に慰めようとはせずに、槍也が落ち着くのを待っている。
待ってくれている。焦らなくていい、泣いてもいいよ、ということを穏やかな顔と態度で伝えている。槍也なんかよりずっと大人だ。
8月の、まだ落ち切らない日差しの中、槍也が落ち着くまで、しばし、二人はその場でただずんでいた。
……。
……。
ところで同じ頃、少し離れたバーベキュー会場ではサッカー部の面々が夕食の準備をしていた。
アキラも琴音から、
「働かない人は、ご飯を食べられませんよ」
と忠告されたので、肉と野菜の為に率先して野菜を洗ったりしていたのだが、隣でトントンとリズミカルに食材を切り分けていた音が途切れた。
それで何の気なしに隣に視線を向けると、琴音が難しい顔をしていた。包丁を持った手が完全に止まっている。
気になって問いかけた。
「どうした?」
「いえ、今、なんだかもの凄い悪寒がしまして……なんでしょうね?」
「悪寒? ……あれか、夏風邪でもひいたか?」
「そういう感じではないんですけど……」
そう言って少し首を傾げた後、琴音はじっとアキラの顔を見つめてきた。
こんな風に見つめられると、こいつの美人ぷりが目立って仕方がない。嫌でも目に入る。
「な、なんだ?」
少しどぎまぎしながら問いかけると、琴音はまるでアキラの顔色を読むかのようにじっと見つめたまま……、
「……もしかして佐田君。また何かやりました? サッカー部のみんなにワガママ言ったり、もしくは他校の生徒と喧嘩したりとか……」
「はぁ⁉︎ 」
唐突に濡れ衣をかけられたアキラが「どーいう意味だ⁉︎」と声を荒げようとしたが、それより先にヤマヒコが爆笑していた。
『あっはっはっはっ! アキラってば信用ないね! 日頃の行いが悪いから真っ先に疑われるんだよ!』
笑い声が凄いむかつく。ぶん殴ってやりたいがヤマヒコはぶん殴れない。口で言い返そうにも、言われた事に若干の心当たりがない訳でもないので言い返せず、むすっとした顔で黙り込んだ。
そんなアキラの様子を見て、流石に悪いことを言ってしまったかと琴音は少し慌てた。
急いで付け足す。
「いえ、悪気はなかったんですよ! ついです、つい!」
「どーせ、俺は信用ないもんな」
「そんなことは……あ、そうです! 佐田君は肉詰めピーマンがお好きでしたよね! 今ある材料で作れますから、よかったら作りましょうか!」
普段、そつのない琴音からすればかなり苦しいごまかし方で、最初はアキラも、
「それはどーなんだ? ……安すぎないか、俺」
と、葛藤したが最終的には食欲に負けた。
しかめっ面をやめて琴音に向けてピースサイン。
いや、ピースサインではなくて、2つ作ってくれという事だ。
——怒っても、それが後に引かないのが佐田君のいいところですよね。
ホッとした琴音は有言実行、お詫びの肉詰めピーマンを作り始めた。
そして手ぎわよく作業を終える頃には、先程感じた悪寒のことは頭の中から抜けていた。
3章が終わったー!
三傑のサッカーは世界を揺らす! の書籍が発売されたー!
そして、発売日までに投稿するとか言っておいて、締め切りを破ってしまったー! ……申し訳ありません。
次話からは夏休みが終わって第4章、冬の国立を目指す二学期編を書いて行きたいと思います。
また更新されたら、見て下さい。それでは。