7 アキラと琴音2
繁華街を抜けて3分ぐらいの場所にある公園に、二人は寄り道した。
ここまでくれば人の気配はぐっと減る。
「あそこにしよう」
「そうですね」
二人は、備え付けの木製の机に座って向かい合った。
しかし、
「…………」
「…………」
会話が始まらない。お互いの意見が並行線で交わらないことをお互いが悟っているのだ。きっかけが見つからない。
——どうすっかな、全く……。
——こいつは、俺より頭が回る上に、熱意がある。……厄介すぎる。
アキラは頭の中で唸った。このまま、ずるずると話し合うのは避けたい。面倒だし、もしかするとこいつは本当に、明日、明後日とやって来かねない。まかり間違えて両親に知られたりしたら事だ。
七海はともかく、ウチの親なら、
「あらー、滋賀くんに見込まれるなんて凄いじゃない。もしかしたら、将来はJリーガーなのかしら⁉︎」
ぐらいは言う。絶対に言う。冗談じゃない。
——なんか上手い手が、ないかね。この面倒な話し合いを終わらせる方法…………ないな、クソ!
『おい、上手い事、断る方法はないか?』
藁にも縋る気でヤマヒコに尋ねたが、ヤマヒコの反応は鈍かった。
『え? もしかして、俺に聞いてる?』
『お前の他に誰がいるんだよ⁉︎』
『そうだけど……アキラが俺に相談とかよっぽどだと思ってさ……でも、アキラにゃ悪いけど、ぶっちゃけ俺、琴音ちゃん派だよ?』
『は? なんでだよ⁉︎』
『いや、だって俺、サッカー好きだし、日本代表とサッカーするの面白そうだし、なによりも、琴音ちゃんのあんな綺麗な声でお願いされたら、そりゃ、ねえ?』
『マジ、くたばれよテメエ!』
ヤマヒコなんかに頼った自分が馬鹿だった。
かくなる上は、自分でなんとかするしかない。もう、他の誰にも頼らない。
アキラは財布を取り出して、中から100円玉を三つ取り出し、テーブルに置いた。
「なんです、これ?」
「コイントス。話し合いじゃ決まんねーし、こいつで決めよう」
簡潔に言って、更に説明を続けた。
「ルールは簡単、あんたがコインを投げて3枚とも表が出たら、週末、兄貴につきあってやる。逆にそれ以外だったら、この話は無しだ。大人しく帰ってくれ」
「…………せめて、1枚のコインでやりませんか?」
琴音はそう訴えたが、アキラも譲らなかった。
「これ以上の譲歩はない。もともと乗り気じゃねーんだよ。おたくがあんまりにもしつこいから、その執念に免じて8分の1のチャンスをやるつってんだ」
まるで、琴音に根負けしたかの様なセリフだが、琴音は騙されなかった。
「8分の1のチャンスを餌にして、分の悪い賭けに引き込んで追い返してやる。という意図が透けて見えるのですが……」
「…………」
あっさりと狙いを看破されたアキラは、二の句が継げずに黙ってしまった。
——こいつ、中身は全然かわいくないな!
そんな事を考えていると、
「でも、このままだといつまで経っても平行線でしょうし……佐田君の意図はどうあれ確かにチャンスですね」
琴音はそう言って、100円玉を手に取った。そして、
「では、行きますね?」
と、あまりにもあっさりとコインを投げようとしたので、逆にアキラが慌てた。
「ちょ、ちょっと待て! わかってんのか? 外れたら、大人しく帰るんだぞ? 明日になって『昨日は帰ったので、今日、改めてお願いしに来ました』とか、無しだからな⁉︎」
「当たり前でしょう? そんなごまかしなんてしませんよ。私をなんだと思っているんですか? ……いえ、こうやって無理にお願いしているので、そう思われても仕方がありませんが、でも私は、常日頃から正直かつ誠実でありたいと思い努力していますよ」
アキラの顔を真正面から見据えて話す琴音に嘘は感じられない。
だからこそ、おかしい。
——なんだ? 何か間違えたか、俺?
アキラの狙いは琴音の言った通りだ。このめんどくさいやり取りを終わらせる為に、琴音が何を言ってきても聞く耳を持たず、8分の1のリスクを背負ってでも、コイントスに持ち込むつもりだった。
だったのだが、こうもあっさりと乗ってくるとは思わなかった。なんせ、8分の1なのだ。
「そんなに、コイントスに自信があるのか?」
「コイントスに……というより、サイコロやくじ引き全般ですね。私、その手の引きが割と強いんです」
「マジかよ」
「本当です。それに、今日の星座占いで、獅子座は──兄さんは獅子座なんですけど、特別な人に出会うかもしれないとありました。もし兄さんと佐田君が出会う運命なら、きっと運命の神様が後押ししてくれると思います」
「ええっ? ……星座占いって、あんな何処の誰が作ってるかもわかんねーもんを信じてんの?」
「ええ。女の子ですから」
「……100歩譲って、その占いが正しいとしても、滋賀と知り合ったのは昨日だから、特別な相手は俺じゃねーな」
アキラの指摘に、琴音はため息をつきながら呆れた目でアキラを見つめた。その目は、何で占いは信じないのに、そんな細かいところで上げ足を取るのか? そう問いかけている。
「佐田君は、本当に否定的ですよね? あんまり良くないと思いますよ。そんなだと佐田君の手元に訪れた幸運すらも払いのけてしまいそうで心配です」
「ほっとけ。余計なお世話だ」
乱雑な口調で言って、アキラは口を閉じた。
運が良かろうが、占いがどうだろうが、8分の1は8分の1だ。確率は変わらない。分の悪い賭けに琴音が乗ると言っているのだから願ったり叶ったりだ。
「それでは——行きますね」
その言葉と共に琴音はコインを軽く投げた。ピン——という澄んだ音が続けて3回、二人の間に響き渡った。
軽く舞い上がったコインは木製のテーブルに落ちると、硬質な音を立てて跳ね回ったが、テーブルから転がり落ちたりはしなかった。
力尽きて、動き回るのを止めた3枚のコインがアキラたちに見せた顔は、表と表、そして表だった。
琴音は満足そうに、やっぱり、と呟いた。
そして、苦虫を噛み潰したような表情のアキラに、にこやかに話しかけてきた。
「ね? 占いも満更馬鹿にしたものではないでしょう?」
「………………」
「今から、やっぱり無し……は駄目ですよ?」
「………………」
「よかったら、受験勉強のお手伝いもしま……」
「わーったよ! やるよ! おたくの兄貴に付き合うよ!」
アキラは琴音の話を遮って、投げやりに伝えた。
その態度からは誰が見ても不満がありありだったが、当然、琴音にもそれは伝わっていたが、それでも、
「ありがとうございます」
と、生真面目に頭を下げた。
アキラとしては面白くない。 そんな態度を見せられると、まるでアキラが聞き分けのない子供みたいではないか。
これ以上、俺は気に入らない、という態度を取ることが出来ず、さりとて、今度の休みは滋賀とサッカーか、楽しみだなあ、などと考えることも出来ずに悶々としていると、琴音が言った。
「二人が一緒にサッカーをするのは、兄さんだけでなく佐田君にとっても良いことですよ。きっと、何か大切な物を得られるでしょう」
「……それも、占いか?」
アキラは疑いの眼差しで問いかけたが、琴音はすまし顔でさらっと答えた。
「いえ、女の子の直感です」
その後、連絡を取り合う為に、スマホのアドレスを交換することになった。
アキラの人生で、初めて家族以外の女性(しかも凄え美人)のアドレスをスマホに入れた訳だが、絶対に逃がしませんよ、と言われている気がして喜べなかった。




