55 観客席から見る地区大会
とある5月の日曜日。
皆が休日を謳歌している最中、神奈川県では、夏のインターハイ出場を賭けて高校サッカークラブどうしがしのぎを削っていた。
どのチームも勝ち上がるために、これまで築き上げてきた力を全力で出そうとしている。
アキラはそんな熾烈な戦いをとある競技場の観客席で眺めていたのだが、ある時、ポツリと呟いた。
「これは無理だな。勝てねーよ」
天秤と、まだサッカーの知識に疎いアキラでも知っている強豪の黒牛高校が試合をしている。
明るい緑色のユニホームが天秤で、まんまブラックなのが黒牛だ。
そして試合の形勢は、だいぶ黒牛側に傾いていた。
はっきり言って上から見ている分には勝負にすらなっていない。
そのあまりの実力差に、天秤が勝つことは万が一にも不可能だと判断したのだが、そんなアキラに隣の席から非難めいた言葉が飛んできた。
「もう! まだ試合は終わっていませんのに佐田君はそういうことを言う! 良くないですよ、そういうの」
言葉に釣られて隣を見ると、琴音がだいぶおかんむりだった。
どうやらアキラの敗北宣言が気にくわないようだが……。
ちらっとスコアボードを確認すれば、スコアは5対1で、残り時間も後半の半ばを折り返している。
言ったらなんだが、特別アキラが悲観的な見方をしている訳じゃない。誰に聞いても似たり寄ったりの意見が返ってくる筈だ。
「っても、ここからの逆転は無理だろう。……外野が何を言っても言わなくても一緒じゃね?」
それがアキラの本音だったが琴音は真面目に否定した。
「全然違います。そもそも勝ち負けうんぬん以前の問題です。——いいですか、例えはたから見て試合が決まっていたとしても、試合に出ているみんなには最後まで全力を尽くす義務があるんです。でなければ選ばれなかった人たちに申し訳が立たないでしょう。佐田君だって、勝てないからって諦めて無気力なプレーをしている様を見れば『なんだ。途中で諦めるくらいなら自分と代われよ』って、思いませんか?」
「あー、それは……な」
むしろ、精一杯頑張っている光景を見ていてすら、俺と代わってくれないかと思うくらいだ。無気力な試合をやってる様を見れば、絶対に腹を立てるだろう。
否定出来ないアキラに琴音は続けた。
「ですから、選手は最後まで頑張る必要がありますし、外から見ている私たちも最後まで応援する義務があるんです。味方の落胆は佐田君が思っている以上に選手のモチベーションを削ります。無関係な観客ならそれも仕方がないですけど、同じサッカー部の仲間なんですから最後まで応援しないと。——ほら、みんなを見習って下さい」
そう琴音が手の平を向けた先では、アキラと同じく大会の出場メンバーから外れたサッカー部の部員たちが大きな声援を発していた。
「今からでも遅くありませんよ」
と、琴音は言うのだが、あいにくとアキラにそのつもりは無かった。
「うん。……まあ、よけいな事は言わないでおくわ」
適当に誤魔化すと試合観戦に戻った。
すると「全く、佐田君はどうしようもないですね」とでもいいたげな視線が向けられたが、そもそもアキラは別にサッカー部の応援に来てるわけじゃない。
アキラが把握している天秤のサッカーを基準にして神奈川のレベルを、特に優勝候補の黒牛がどれほどのものかを知る為に来たのであって、天秤が勝つか負けるかは二の次三の次だ。
だからサッカー部の応援に声を張り上げなくても責められる筋合いは無い筈だ……たぶん、きっと。
——んなことより!
アキラは強引にでも気持ちを切り替えると、自らの内なる存在に問いかけた。
『ヤマヒコ。もし俺らがボランチに入ってたとして……勝てると思うか?』
『え? ……逆に聞くけどさ、アキラは勝てると思ってるの?』
『いや、俺が入ったところでどうにもならんだろ』
『だよねぇ……。滋賀君もいることだし、たぶん1点くらいは何とかなりそうだけど、でもそれが限界じゃないかな』
「……1点か」
最後の呟きは口に出していた。ずいぶんとシビアな見方だ。
ちなみにアキラ自身は、もうちょいやれるんじゃないかと思っているのだが、負けるという点ではヤマヒコと意見が一致している。
そしてアキラが勝てないなら、アキラのいない今の天秤が勝てる可能性など皆無に等しい。ましてや天秤と黒牛では相性が悪い……というより相性が無い。
今も天秤のDF陣が、黒牛の猛攻を何とかしのいで中盤に縦パスを送ったのだが、ボールが届いた頃には相手の激しいチェックに晒されていた。
味方のインサイドハーフは前を向けず、ボールを確保するだけで精一杯。逃げるようにサイドへパスを出すが、黒牛はそれを見越したように人数をかけて追い詰めていく。
高い位置からプレッシャーをかけるハイプレス。黒牛のスタイルは奇しくも天秤と酷似していた。
そして同じスタイルであるが故に、個人の力量差がはっきりと伝わってくる。
同じように前線からプレッシャーをかけても、黒牛の選手はボールを取られない。
黒牛の選手は、どいつもこいつもボールを保持するキープ力に長けているし、味方のフォローも早い。
フォローの早さは、単に足のスピードが速いというだけでなく、よりハイプレスへの理解が深いが故だ。
そして、これが致命的だと思うのだが運動量でも負けている。
全員で走って数的優位な状況を作り出すのが天秤のサッカーの根幹だが、個人技で上回る相手が自分たちより走るのだから、もうどうしようもない。
今も、大差がつき、はたから見て試合は決まっているというのに、黒牛の連中は緩むことなく献身的に走っている。
結果、中盤の差し合いは一方的と言っていいほど黒牛に軍配が上がっていた。
そして中盤がそうだと、個人として唯一勝っているであろう滋賀の元まで満足にボールが回らない。滋賀がいかにFWとして優れていようが、これではチャンスが生まれる筈もない。
——つーか、あいつ良くこれで一点返したよな……。
前半終了間際、高く放り込まれたボールを競り合った結果、相手の小さなトラップミスも相まってボールが溢れた。
滋賀はそれを掻っ攫うと、1人ドリブルで躱してからのミドルシュートで、これまでの一方的な試合展開の中、一矢報いた。
どさくさ紛れというか、ごっつあんゴールというか……。
相手のミスという運が味方したにせよ、それを最大限に生かせるのはエグいと思う。
ただ、流石にそんな幸運が何度も訪れる筈もなく、その後は順当に差が開いていった。
——俺だったら……どうすっかな?
自分がフィールドに立っている所を想像してみたが、中盤のパス回しで勝てるイメージが全く湧かない。となると中盤をすっ飛ばして、DFラインの裏へのロングフィードに滋賀を走らせるぐらいしか思い浮かばないのだが……たぶん、ヤマヒコも言ったが1点は取れる。もしかしたら2点目も取れるかもしれない。
けど、それ以上はガチガチに警戒されて潰される未来しか見えない。
それ以上に点を取るには滋賀を使わずに点を取る手段が必要になってくる。このクラスの連中を相手に……だ。
今のアキラにはまず無理だ。
——昨日の1回戦は、マジで拍子抜けだったが……。
——これが神奈川のトップクラスか。
「面白えなぁ……」
気がつけばアキラは笑っていた。もしかしたら琴音あたりに不謹慎だと文句をつけられるかもだが、口の端がにやけるのがどうにも止まらない。
それぐらいに、こいつらは凄えし強え。
だが、超えられない壁だとも思わない。今は無理でも次か、その次か。
凄えこいつらより自分の方が凄くなっていると、そういう挑みがいのある壁どもだ。
こうなると、直に対峙出来ないのが悔やまれる。
レギュラーを奪い取れなかった自分が悪いのだが、実際に試合に参加して、その強さを直接体感してみたかった。
と、そんな思いが、フィールドを走るレギュラー陣を見るアキラの目を、恨めしげなものに変えていた。
——こいつらがなー……ベンチも合わせて10人くらい、インフルエンザか何かで消えてくれればなー……。
ま、そんな都合の良い事はそうそう起こったりはしない。第一、今からじゃ手遅れだ。
首を振って馬鹿な妄想を振り払ったアキラは、再び試合へと意識を戻した。




