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49 天秤高校のサッカー4

 休息時間が終わって後半戦。

 今度はアキラたちサブチームのキックオフから試合が始まった。

 まずは、先ほど点を取った工藤がドリブルでボールを前に進めようとしたが、レギュラーチームは、変わらずの高い位置からプレッシャーをかけて来る。

 工藤はダブルマークの圧力に耐えかねてトップ下へとボールを戻し、そのトップ下も後ろに下げたものだから、あっという間にアキラの元までボールがやって来た。


『ボールは7の8。アキラは6の7』

「おけ」


 数字を使うやり方にも少しずつ慣れて来て、さほど混乱することなく右サイドの坂下先輩へボールを渡し、アキラ自身も右サイドへと流れていった。

 そのままサイドから前に上がれれば良かったのだが、レギュラーチームの方針に変更はないようで、まだ後ろにいるサイドバックへと前衛守備を仕掛けて来た。

 アキラはそれに対応して、ポジションを調整しながらパスコースを維持していく。

 そして、サイドに膨らんでボールを受け取ったインサイドハーフの動きに合わせて横パスを貰いに行き、ボールを受け取るやいなやDFラインの裏へとパスを放り込んだ。

 合わせるように味方のFWが追っていく。

 これが通ればもう一点取れたかもだが、そこまで簡単に話が進むことはなかった。

 FWのマークについていた副キャプテンが、ボールを追いかけるよりもFWの行く手を遮ぎることを優先することで、こちらの攻撃を上手くいなしたからだ。

 ボールは誰からも触れられずにゴールラインの手前まで転がっていくと、それをゴールキーパーに悠々と確保された。


『うわぁ……がっつり警戒されてるね』

「だな……」


 流石に前回と同じ轍を踏みたくはないようで、縦のロングフィードはだいぶ警戒されていた。

 どうやら易々と追加点を取らせてはくれなさそうだ。

 攻守が反転して、キーパーからセンターバック。センターバックからボランチへとショートパスが繋がれていく。

 アキラは中央へと戻って、特に滋賀への縦パスを警戒しながら守備についた。

 同じエリアに居座る部長をマークしつつボールの行方を見守っていると、相手は中盤とDF陣の間で2度、3度とショートパスを繰り返した。

 その区域だけで見ると相手チームの方が人数が多いのですいすいとボールが回るが、アキラ個人の感想としては全く怖くない。

 相手が時間をかけた分だけ自軍の陣容が整うだけだし、もっとはっきり言ってしまえば、レギュラーチームにショートパスを繋いでゴール前までボールを運ぶ、いわゆるポゼッションサッカーを遂行するだけの能力が備わっているとは思えない。いずれ、何処かで捕まるだろう。

 そして予想通りというべきか、しばらくして右サイドでボールが溢れた。

 天秤はレギュラーもサブも4‐4‐2を採用していて、中盤はダイヤモンド型をしているのだが、そのダイヤモンドの横の頂点であるインサイドハーフ同士がぶつかって、味方のインサイドハーフがボールを懐に呼び込んだのだ。

 アキラが後ろから見ていた感じ、相手のトラップが不味かった。

 ただ、ボールは取ったものの1対1は継続していて前は向けていない。

 ぐずぐずしていたらハイプレスが飛んでくるので、そうなる前にアキラがボールを貰いに行った、

 が、つい先程までアキラがマークしていた部長が、今度はアキラのことをマークしようと追い縋ってくる。

 先んじて動いたことで一歩分の余裕はあるが、無駄な動き一つが命取り……と、そんな状況だ。


『4の6』


 ヤマヒコの指示は遅れなかった。


「おう!」


 アキラの行動も遅れなかった。

 部長に前を塞がれる前にトップ下へとボールを転がした。

 更にパスを出した瞬間、矢継ぎ早に繰り出された指示に従い、左サイドに向けて斜めにフィールドを駆け上がった。

 唐突な逆サイドへの動き出しに部長は遅れ、そしてセンターラインを超えたところで、ボールを預けたトップ下から返しのパスを貰い、今度こそFWの工藤へボールを放り込もうとしたところで、中央のカバーに回った敵のサイドバックがアキラへと迫った。


「ちっ!」


 このタイミングだとパスカットされる……そう直感したアキラは、咄嗟により内側へと蹴り出すことで外側から迫ってくるチャージを躱したのだが、そのずれた分だけボールは工藤よりも工藤をマークしているDFの方へと流れていった。

 体格の劣る工藤では落下地点を奪うことが出来ず、二人の競り合いはDFの方に軍配が上がった。

 再び攻守が切り替わったので、アキラも急いで自軍へと駆け戻る。

 同時に、今のプレーを思い返してボヤいた。


「あー、くそ。……もーちょい何とかできたな」


 ヤマヒコがフィールドを見渡し、先を読んでいるといってもサッカーは万華鏡のようにコロコロと状況が変わる。

 そして、その一瞬の変化に対応するのはヤマヒコではなくアキラの領分だ。

 今のラストパスもそうだ。トップ下からのパスの勢いが弱かったのか、サイドバックのカバーリングの速度がヤマヒコの予測を超えていたのか、それともアキラのトラップが少しだけ左にそれてしまったからなのか……何にせよアキラと工藤とのパスラインは切られてしまった。

 なら、その時点で別の選択肢を選ぶべきだった。

 1度、ボールを下げて仕切り直すか、もしくはパスの相手をもう一人のFWに切り替えても良かったのかもしれない。


「つーか、俺がボールをカーブさせられれば何の問題もなかったのか。昨日、曲がるボールの使い道がわかんねえ……とか言ってたボケまぬけ野郎がどっかにいたなぁ」

『まあまあ』


 若干の自虐が入ったアキラの独り言をヤマヒコがなだめた。

 点に結びつかなかったとはいえ、ヤマヒコからすれば決して悪いプレーではなかったと思う。


『なんだかんだ言って速く動けるようになってきたじゃん? 攻撃は最大の防御って言うけど、きっちりハイプレスを抜いてFWのところまでボールを持っていけてる時点で、こっちが有利だよ』


 ヤマヒコは本心からそう告げた。レギュラーチームの強みは、ボールを奪われてもハイプレスで、よりゴールに近い位置でボールを奪い返せる点にある。

 しかし、アキラがハイプレスの網にかかる前にボールを捌いてしまえば、レギュラーチームは攻撃の起点を失う。

 レギュラーチームが後ろから前までボールを運べないという考えにはヤマヒコも同意見で、つまりアキラがハイプレスを掻い潜れるようになった時点で試合の流れはサブチームの方にある。

 一回、二回と攻撃をしくじっても幾らでも挽回は効くと見ていた。


『反省するのもいいけど、ちゃんと切り替えなよ。うっかり、ロングパスが滋賀君に通っちゃったりしたら目も当てられないよ?』

「……わかったよ」


 お前に視覚はないだろう、と思いつつもアキラは素直に頷き、意識を守備へと切り替えた。

 そんな風に、若干サブチームが優勢なまま試合が進んで10分が経過した。


「うらっ!」


 アキラは今日、何本目かのロングフィードを放り込んだ。

 パスの相手は2枚のFWのどちらでもなく、その間を抜けるように最前線へと躍り出たトップ下だ。

 前半から不味いプレーを連発しているトップ下だが、別にわざわざ負けようとまでは思ってないだろう。混戦模様から上手い具合にマークが外れたのをアキラたちは見逃さなかった。

 左サイドから敵味方の頭上を飛び越えてのロングフィードが通って、今度こそ追加点かと期待したが、ペナルティエリア寸前で副部長が追いついてボールを弾きだした。


「しぶといな。もしかして嵌められてんのか? ……いや、んな訳ないよな」


 あの先輩には何度もチャンスを潰されている。それがただの偶然ではなく、あえて隙を作って、のこのこ飛び込んで来たボールを奪いとる……そういう敵の作戦じゃないかと一瞬疑ったアキラだったが、直ぐに考えを改めた。

 流石にあんなリスキーな守備を狙ってしたりはしない。

 自分のマークを放り投げてのチャージは、先輩にとっても一か八かの選択だった筈だ。

 これは仮定の話だが、先輩がFWのマークを外した時点で、トップ下が冷静に周囲を見回すか、もしくは、フリーになったFWが上手くパスコースを作りに動けていたら、その時は2対1の状況でより得点の可能性は高まっていた。

 そうならなかった味方の実力も含めて、運が無かったのだろう……と、そこまで考えてアキラは首を振った。

 コイントスやルーレットならともかく、サッカーで運次第という考え方は好きになれない。勝つ時は実力で勝って、負ける時も実力で負けたい。アキラはそういう人間だ。無理にでも理由を探した。


「ロングパスの精度が悪かった。攻撃が単調で対応しやすかった。そこら辺はあるかもな」


 その独り言を聞いたヤマヒコが苦笑した。アキラがどういう思考を経てその独り言にたどり着いたのか、付き合いの長いヤマヒコにはわかっている。


『無理に探さなくてもいいのに……でも、まあ、アキラからのロングパスが警戒されているのに、馬鹿正直にやり続けるのは確かに良くないよね。——もっとサイドを、特に右サイドから仕掛けて突破を狙っていこう』

「右サイド?」


 意外とも言えるヤマヒコの提案にアキラは問い返した。

 サイドから仕掛けるのはわかる。ハーフタイム中、戦線が膠着した時はサイドから動いて貰うようサイドバックの2人に話した。

 そして優勢であっても、あと一歩届かない現状は正に話していた通りの膠着状態であり、サイドからの攻めがその膠着状態を覆す一手になり得ることはアキラも理解出来ている。

 だが、やるなら左サイドからだと思っていた。


「なんで右サイド? あいつ出来ねえって言ってたじゃん? なら左サイドから仕掛けた方がよくね?」

『いやいや、流石にそれは相手の言葉を素直に受け取り過ぎだよ。——あれだけ、こと細かに出来ない理由を並べたてるのは、逆に詳しいって言ってるようなもん』

「そんなもんか?」

『そんなもんだよ。間違いない』


 自信有り気なヤマヒコに、アキラは半信半疑ながらも右サイドからの攻撃を試してみることにした。

 一応、駄目だったら切り替えればいいという考えもある。

 そして、その案を試すにも、まずボールを奪わなければならない。


「じゃあ、行くか」

『うん!』


 元気の良い相槌と共に指示が送られてくる。

 アキラがその指示を理解して実行に移すまでの時間は、前半と比べてだいぶ短くなっていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 佐田がボールを持ったら何が起こるか分かんなくて一瞬も目を離せないような、あの独特のスタイルと空気が好きでしたね。 今まさにこの気持ちです(未来のインタビューより抜粋) 何を起こしてくれる…
[良い点] 面白かったです。次回も楽しみに待ってます。
[一言] 更新ありがとうございます!
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