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46 天秤高校のサッカー2

 試合が始まって15分。開始早々に1点取られたが、それからはスコアが動かない均衡状態が続いている。

 続いてはいるが、試合内容はレギュラーチームの方が優勢だった。

 今も、ボールこそサブチームのものだったがセンターラインを超えられずにいた。業を煮やしたアキラは自分の位置を下げてボールを貰いに行った。

 が、しかし──


 ──くっ……鈍っ!


 味方の反応が悪く、ボールが送られてくるのがワンテンポ遅かった。

 おかげで、ボールを受け取った時には背後から敵が迫って来ている。

 天秤お得意のハイプレス。迫って来ているのはトップ下の部長だった。


『前は無理。サイドに逃がそう』


 消極的だが安全性の高い指示にアキラは頷いた。部長に詰め切られる前に素早くサイドにボールを流す。

 当然、レギュラーチームは寄せてきてボールを奪おうとするので、アキラもまたパスコースを作る為に動いた。


 ──悪くはない……。


 というのが、初めてボランチをやったアキラの感想だった。

 トップ下に比べてポジションが下がっている分、物理的な圧力が少ない。また中盤の底という立ち位置は、前後左右何処にでもパスが出し易くアキラのサッカースタイルに向いている。

 加えて、これまでひたすらトラップとパスの練習を繰り返しただけあって、ボールを受け取ってからパスを出すまでの動作が素人のそれからサッカー選手のそれへと進化していた。ヤマヒコの指示も相まって、アキラがボールを奪われたことは一度もない。軽々とボールを奪われるような所へパスを出したこともない。

 まだボランチをやって幾らも経っていないが感覚的にわかる。アキラはボランチに向いている。

 チーム全体を考えても、ボールを上手く回せる選手がボランチにいる事はプラスな筈だ。

 なのに、試合は依然として劣勢のままだ。


「訳わかんねーな!」


 サイドでボールが行き詰まる前に、もう一度ボールを貰いに行った。

 すると今度は槍也がボールを奪いに近づいて来た。

 天秤はFWも守備をしてプレッシャーをかけて来るのだが、それにしても勤勉な奴だ。しかも、ちゃんと近場の味方へのパスコースを切りながら寄せてくるものだから、うざったらしい事この上ない……が、ちょっと遅い。

 中央、サイド、再び中央と、横に揺さぶったことで空いた縦のスペースに綺麗にボールを通した。


『ナイスパス! 滋賀君も近づかなきゃ、そんなに怖くない。それで、次は少し前に出よう。だいたい、5の6あたり』

「了解」


 ヤマヒコの指示に頷くとアキラもまた前に出た。

 ここまではいい。自分の動きもヤマヒコの指示も何の問題も無い。強いて言えば若干スローペースに感じるが、それは前後半合わせて80分の試合時間を鑑みた上での温存策なのだろう。ちゃんと理解は出来ている。

 自分たちの動きに問題は無い。逆に言えば自分以外の動き、──味方の動きには問題があった。ありまくりだ。

 何人かの動きがどうにも悪すぎる。下手とかそんな意味じゃない。プレーの意図が分からないのだ。

 現に今もアキラからボールを受け取ったトップ下が意味の分からない動きをした。

 相手ボランチにマークされているアイツは、前を向けず、明らかに味方FWの位置を把握していない。なのに無理矢理反転しながら前へとボールを上げた。


 ──無理だろ。


 それがアキラの率直な感想だった。

 事実、ボールを上げた場所が悪く、前線の2トップは相手のディフェンス陣にがっちりと行く手を阻まれている。結局、味方が触れることなく、ついでに敵が触れることもなくゴールラインを超えて行った。


「ヤマヒコ、あの馬鹿が何を考えているか分かるか?」


 今の場面、他にやりようがあった筈だ。一旦ボールキープしてもいいし、一度、フォローに来ている味方にボールを下げても良かった。

 それなのに何故、一か八かにもなっていないギャンブルを仕掛けたのか不思議でしょうがなかったが、首を傾げるアキラにヤマヒコが気まずそうに告げた。


『うーん……うん、あれ……あれはねー……』

「なんだよ?」

『……多分なんだけど、天秤のスタイルにこだわっているんだと思う。ほら、縦に高いボールを上げるのはレギュラーがよくやるじゃん? それに守備の時は守備の時で1人でハイプレスやってるから、たぶん間違いない』

「はあ⁉︎」


 アキラは思わず変な声を上げてしまった。

 周囲の何人かが胡乱な目線を向けてくるので脳内通話に切り替えた。


『なんで、んなことやってんだ⁉︎ だいたいハイプレスなんか1人でやったって無駄だろ⁉︎』

『そりゃそうなんだけどね……でも人間、理屈より感情を優先しちゃう時もあるわけで……』

『回りくどい。もっとはっきり言え』


 アキラが急かすとヤマヒコはヤケクソの様に答えた。


『要するに! 今まで練習にも来なかった誰かさんの言うことなんかより、今まで部活でやってきたサッカーの方を貫いているんだよ!』

『なんだそりゃ……』


 言葉が続かなかった。

 予想もしていなかった理由だ。


『つまり、俺が原因か?』

『そう!』

『他の奴らの動きが鈍いのも?』

『そう! 久しぶりにやって来るなり偉そうなことを言って、あげくの果てに『俺がボランチをやる』とか『ハイプレスはやらなくていい』とか、一方的な我儘言っちゃうアキラのことが気にくわないんだよ』

『我儘……って、俺はハイプレスのやり方なんか知らないぞ? 連携出来ないんだからやりようが無いだろ?』


 全員で圧力をかけるハイプレスなのに、中盤の底であるボランチがハイプレスのやり方を知らないのだからやった所で意味がない。穴の空いた壺みたいな物で、底から水が漏れるだけだ。


『そりゃアキラからすればそうなんだろうけど、きっとあっちは『天秤のサッカーが出来ないなら引っ込んでろ』ぐらいに思っていると思うよ』

『なるほど……』


 とりあえず、納得はした。

 だからといって、あんな馬鹿なプレーをやる理由になるとは思えないのだが、とにかく味方の動きが悪い原因は把握した。

 しかし、その改善策はといえば、何も思い浮かばない。

 アキラのこれまでの人生で、アキラを嫌っている人間と和解出来た例など皆無だ。そもそもプレー中に長々と話し合う時間なんてない。


『どうするの?』

『どうすっかな……』



 何ら対策が思いつかない内に試合が再開された。

 キーパーの蹴り上げたボールは、アキラから見て右手側に大きく蹴り出された。ボールの落下地点で激しく奪い合いが起きる。

 アキラもまた動かなくてはいけない。中央でパスを受けようとする部長を牽制しつつ、もし味方が抜かれた時はカバーに回れる様に立ち回った。

 もちろん最善は味方がボールを奪うことだったが……残念ながら期待通りには行かず部長へとパスが回った。

 当然、パスの途中で掻っ攫おうとしたが、部長が体を張ってこちらの進路を防いだ。

 アキラと部長とでは筋力差が歴然としている。仕方なく、一旦ボールの奪取を諦めて、前を向かせない事に専念した。


 ──どうせ、狙うのは縦パスだろ?


 この試合、攻撃にしろ守備にしろ部長とかち合う機会が多い。レギュラーチームもサブチームも4−4−2だから、ボランチとトップ下は自然とぶつかるのだ。これまでで何回もぶつかった結果、アキラは相手の狙いをおおまかに把握していた。

 部長の狙いを前線への縦パスと決めつけ、意図的に右を開けた。もしプレッシャーが弱くなった事をチャンスだと勘違いし、振り向き様の縦パスを出そうとするならそこを仕留める。仮に読みが外れてドリブルで抜かれたとして、部長はパワーがあっても瞬発力のあるタイプではない。後ろから追っても十分に追いつける。

 十分な勝算があって仕掛けた罠だったが、果たして……部長は乗ってきた。


「ふん!」


 アキラを背中で押して牽制したかと思えば、振り向き様に前線へボールを上げようとした。

 そこを狙ってアキラも足を伸ばした。今にも蹴り出されようとしているボールを利き足の内側で捕まえる。

 そこまでは狙い通りだったが、その後が良くなかった。部長のパワーに押されてバランスが崩れた。


「うおっ!」


 咄嗟に力を込めて押し返そうとしたが、益々体勢を崩して地面にひっくり返る。

 それでボールがどうなったのかと言えば。妙な回転がかかってアキラの後方へと流れていった。

 レギュラーチームの中盤の選手がボールを追ったが、間一髪のタイミングで味方の方が一歩速く、がむしゃらに蹴り出した。

 大きくクリアしたボールは右に逸れて、相手陣地のサイドラインを軽々と割っていく。


『アキラ、大丈夫?』

「問題ねぇ」

 

 練習着が少しばかり土にまみれた程度で、体のどこからも違和感はなかった。ひょいと立ち上がった、その時だ。

 部長が話しかけてきた。


「佐田。お前はあい変わらず周りのことを考えないな。──前にも言った筈だ。サッカーはチームワークだと。何故、それがわからない?」


 その口調は、部長の心境をありありと表していた。アキラのことを苦々しく思っていることが十全に伝わってくる。

 まあ、そうだろう……と、アキラは思った。

 アキラが先生に試合を提案した時の言い草は、少なからず反感を買う言い草だったことは自覚している。ましてや、この堅物そうな部長が快く思わないことは昨日の内から知れていた。


「俺は自分の実力が上がる事がなによりも大事なんで。他人の都合なんかに構ってる余裕なんて無いですよ」


 きっと、更に不愉快になるだろう、──そう悟りながらも正直なところを告げた。

 案の定、部長の眉間に皺が寄った。


「独りよがりな強さに何の意味がある? 現に今のお前はチームから浮いているじゃないか? どれほど強かろうと個人の力だけでは限界があるんだ」


 チームから浮いている、とか痛いところを突かれてアキラの眉間にも皺が寄る。

 

「それは部長がそう思ってる、というだけの話じゃないですか? いざって時は個人の力が試合を決める、俺はそう思っています」

 

 どうも、部長とは根本的に考え方が違うのだろう。

 言葉を交わす度に、自分と相手の溝が深まっているとアキラは感じた。おそらくは、部長の方も同じように感じているらしく、


「……お前とは分かり合えそうにないな。──なら、部長としてハッキリ告げておくが、独りよがりなプレーを続ける限りお前がレギュラーに選ばれる事はないぞ。みんなで走り、助け合うのが天秤のサッカー。上の世代から受け継がれてきた伝統なんだ」


 乾いた声でそう告げると、アキラとの会話を切り上げ試合へと戻って行った。

 残されたアキラはつまらなそうな顔で頭をかくと、思い出したように体に纏わり付いた砂を払った。

 ずいぶんと嫌われたものだが、こうなることは部活に入る前から予想していた事でもあったのでショックは少なかった。

 むしろ、他の事が気になった。

 部長の話に出てきた伝統という言葉。

 なるほど。その言葉を口にした時の部長の表情や天秤のサッカーを振り返って見れば、その言葉が今のサッカー部を形作っているのだと良くわかる。

 そして、自分がやるべきことも悟った。


「ヤマヒコ。使えない味方はそういうもんだと割り切っとけ。それからペース配分も抑えなくていい。結果、バテても構わない。そんときゃ、そんときだ。──あと、ちょっと予定より早いけど……目隠し将棋を今からやる」

『ええっ? ──いきなりやったら頭が混乱するから、ちょっとずつ馴染ませていくって言ったのはアキラじゃん?』

「まあな──」


 つい先日、とあるバラエティ番組で将棋のプロ棋士同士が、駒も盤も使わずに「2、4、歩」とか「6、4、飛車」などと口頭のみで対局を進めていた。

 俗に言われる目隠し将棋と言われるもので、当の本人たちは座布団に座って言葉を交わしているだけなのに、離れた場所に設置されている解説盤では矛盾もなく普通に試合の形になっていた。

 最初、アキラは何の気なしに眺めつつ、凄えもんだと感心していただけだったが、途中ヤマヒコが提案してきた。


『ねえねえアキラ。これをサッカーに使ったらどうかな? フィールドを縦横9分割して数字で位置を示すの。多分、慣れたら今までより速く正確に伝わるんじゃないかな?』


 ソファーに寝そべっていたアキラは、慌てて身を起こしてヤマヒコの提案を検討した。

 前々から、試合時における意思疎通の不確かさは気になっていた。改善したいとも考えていた。

 確かにこのやり方なら、フィールドの状況に関わらず、正確な位置情報をやり取りできるかもしれない。

 試してみる価値は充分にあった。

 とはいえ、いきなりの実践投入は無謀に思えたので、今日のところは、基本今まで通りにやって、少しずつ慣らしていくつもりだった。


「──でも味方が使えないんだから、その分、俺らが強くなるしかない。リスク高いけど習うより慣れろだ。……ヤマヒコ、お前だって今の部長の話を聞いてたろ?」

『ん? そりゃ聞いてたけど……それがなんなの?』

「誰かが……つーか、俺たちが教えてやる必要があるんだ。天秤の伝統なんかに価値は無いって。そんなもんにこだわっているから、いつまで経っても弱っちいままなんだって……部長やサッカー部の連中に、ちゃんとな」


 アキラは真面目に言ったが返事は返って来なかった。

 フィールドではスローインから試合が再開され、相手DF陣がボールを回して左サイドへと主戦場が移っている。

 たっぷり10秒。それだけの間があいた後、ヤマヒコはしどろもどろに口を開いた。


『………………アキラ。アキラは今、凄く酷い事を言ったよ』


 暗に責めるような口調だったが、アキラは譲らなかった。


「酷かろうが事実だ。伝統なんかがあるから部長は俺の言うことを聞かないし、サブの連中は馬鹿なプレーをやりやがる。迷惑以外の何者でもねえ」

『そうかなぁ?』

「そうなんだよ。──これまではそれでも良かったのかも知れないが、これからの俺がいるサッカー部には必要無い。それをこの試合、実力で示す」


 だから目隠し将棋を、というより位置情報を縦軸と横軸で伝え合うやり方に変えていくんだとアキラは主張したが、ヤマヒコは懐疑的だった。もうちょっと穏やかに進めるべきだと主張したが、アキラは首を振った。


「そんな悠長なことやってられるか。──だいたいヤマヒコ。お前は本気で、んな事思ってんのかよ?」

『え?』

「だから、俺たちのサッカーと天秤のサッカーを比べて、天秤のサッカーが勝つだなんて、ほんの少しでも思ってんのかって聞いてんの」

『……いや、アキラ。その、どっちが勝つとか、そういう勝ち負けじゃなくてね。もうちょっと協力した方がお互いに──』

「ヤマヒコ。そんないい子ちゃんぶった意見は今はいいから。別に難しい質問じゃねーだろ。ほら、早く」


 アキラが急かすと、渋々といった様子でヤマヒコが答えた。


『……そりゃ、このままいけば俺たちの方が強くなるとは思ってるよ』

「だろう?」


 アキラが天秤のサッカーに馴染もうとしない最大の理由は、ただ単に天秤のサッカーが弱いからだ。

 入部してから今まで、自分もやってみたいと思える程の衝撃が無かった。しいて言えば、さっきの槍也のプレーには感心したが、あれはどちらかといえば槍也への感心で、天秤のサッカーに対してではない。

 止めて、蹴る。も出来なかった素人同然の過去のアキラならともかく、今の自分が負けるとは思わない。ましてや、更に成長した未来の自分が負けることなど有り得ない。

 アキラがそう判断しているのに、サッカーではアキラを指示する立場……いわばブレイン役のヤマヒコがそう判断していない筈がないのだ。

 なのに、サッカー部の面々に妙な配慮をしていて腹が立つ。

 別に誰かの足を引っ張ろう、なんて話じゃない。

 自分達のサッカーを頑張って向上させようと、それだけの話だ。


「なあ、ヤマヒコ。遅かれ早かれ今の天秤のサッカーは消えるよ。必ずそうなる。──だったら早い方がいい。今日、ここで引導を渡してやるべきなんだ」


 アキラの説得にヤマヒコが了解の意を返すまでに、またしても10秒の時間が必要だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 典型的な糞部長だな 強豪校なら主人公の足を引っ張る無気力プレイの部員を叱るだろうよ
[良い点] 練習試合のはずなのに、決勝戦みたいで面白いです。やまひこのエコーロケーション半端ないです。
[一言] 正直強さの形って色々あるけど明確な形があるならそっちに流れちゃうと思う。だからこそ挑戦的なアキラはかっこよく見える!
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