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42 サッカーの勉強

 4月も第4週のとある日。アキラは自宅でサッカーの指南書を朗読していた。

 朗読である。いちいち、一語一語を言葉に変換しているのだ。


「……つまり、昨今では求められる能力が多様化している。フォ……フォワードにも守備が求められるし、ディフェンスにも攻撃が求められる。特にサイドバックはセンターバックのカバーリングやサイドからの攻撃など、状況に応じた柔軟な動き……あーっ! めんどくせえな、くそ!」


 アキラは本を閉じてベッドに倒れ込んだ。

 まだ本を朗読し始めて20分だったが、それが限界だったのだ。

 朗読は、はっきり言ってクソ面倒くさい。

 普通に目を通すより何倍も時間がかかるし、所々詰まったり言い間違えたりもする。たぶん根本的に向いてない。

 ましてや、昼間に行った練習や帰って来てからの筋トレの疲労感も加わるとなると、まるで拷問の様に感じる。

 そんな訳で疲れ果てて寝っ転がるアキラだったが、そんなアキラにヤマヒコが声をかけた。


『アキラ、アキラ。せめて、きりのいいところまで終わっとこうよ。中途半端な知識を仕入れるのはマズイと思うんだ』

「うるせえよ……いちいち朗読しなきゃならないのも、俺が疲れてんのも、世界で犯罪が絶えないのも全部お前のせいだ」

『ひどっ⁉︎ 世界の犯罪、超関係ないじゃん⁉︎ 俺、なんなの⁉︎ 警察なの? それとも神なの?』

「あー、うるさい、うるさい……」


 普段なら何でもない会話も今は耐えられない。脳が疲れているのだ。

 ここ半月、ひたすらにパスとトラップ、特にロングボールを磨いて来たのだが、その甲斐あってか、すこし前に壁を越えた。

 こう、体が思い通りに動く様になったというか、基礎的なキックフォームが出来上がった実感がある。日に日に飛距離もコントロールも増してきている。

 きっと、もうすぐ使える武器になる。

 後はそれをどう使うかだが、使い方や攻め方を考える以前の問題として、アキラにはサッカーの知識が足りてない。

 最低限、それぞれのポジションの役割やマンツーマンとゾーンディフェンスの違い、基本的な戦術……くらいは知っとかないといけない。武器をどう使うかなんて話はその後だ。

 そんな訳で昨日、琴音から彼女の家にあるサッカーの本の中でも基礎的な奴を借りたのだが問題が一つ、ヤマヒコの事だ。

 ヤマヒコにだってサッカーの知識は必要だ。むしろアキラ以上に必要なのだが、ヤマヒコには文字を読み取る事は出来ない。

 そんな訳でアキラが朗読してヤマヒコに読み聞かせていたのだが、現在挫折中である。

 天井を見上げながらぼやいた。


「これからずっと続けていくのか……」


 それはかなりの苦行だ。おもわず挫けそうになったアキラに、ヤマヒコがフォローの手を入れる。


『でもでも、やっぱり必要な事だと思うんだ。ちょっと聞いただけでもためになることは一杯あったよ』

「ほー、例えばどんな事が?」

『え? そうだなー……じゃあ、さっき出てきたけどディフェンスの違い。3バックと4バックじゃあ、3人の方が守備的で4人の方が攻撃的なフォーメーションだなんて普通は思わないよ。俺はずっと逆だと思ってた。人数多い方が守りに力を入れてるって思っちゃうじゃん?』

「まじかよ。そんな勘違いしてたのか? あ、でも、そうか、字面だけなら勘違いするのか……」


 言われて初めて気付いた。

 一般的な3バックは、中央を守るセンターバックが3人いるという意味だ。一方で4バックは中央に2人、サイドを守るサイドバックが2人という意味合いだ。

 当然、3人で守っている3バックの方が中央の守りは硬い。因みにサイドの守りはどうするのかと言えば中盤のサイドハーフがポジションを下げてサイドの守りを担うことになる。

 サッカー中継を良く目にするアキラは、そういったことを自然と理解していたが、映像が見れないヤマヒコが勘違いしていたとしておかしくは無い。

 そして、そんな勘違いを抱えたままだと、試合での指示に間違いが出る事は容易に想像がつく。


「くそ……やっぱり知識はいるな……」


 しぶしぶながら身を起こしたアキラは教本を手に取った。

 それから、所々つっかえながらも何とかページを読み進めていき、ポジションの役割を一通り語り終えた時には死んでいた。

 

「もー、今日は1文字たりとも読まねえ! あとは柔軟だけやって寝る!」

『おつかれー。頑張ったねー……でもさ』


 憚る様にヤマヒコが尋ねた。


『学校の宿題はやらなくていいの?』

「うげっ⁉︎」


 そう言えばそれが残っていた。だが精神的に死んでるアキラには今から机に向かう気力は残っていない。


「明日、御堂に見せてもらう事にしよう」

『またぁ? ……こういっちゃなんだけど勉強大丈夫? 高校入ってから殆どやってなくない?』

「いいんだよ、授業は聞いてる。……それよりお前の方こそ宿題は大丈夫か?」

『あー……とりあえず全然』

「おい!」


 アキラが強く問いかけるとヤマヒコは慌てた。


『いやいや! ちゃんと真面目に考えてるよ! 考えてるさ! でも簡潔で正確な意思疎通って難しくない⁉︎ アキラだってどうすりゃいいのか分かんないんでしょ?」

「……まあな」


 アキラがサッカーをする時は、ヤマヒコがフィールドを把握して先を読む。

 それがアキラの強みなのだが、同時に弱味でもある。

 簡単に言ってしまえば、ヤマヒコが指示する『そこへ行け』とアキラが思い描く『そこに行け』に誤差が出る事がままある。

 一番酷い例を取り上げるなら、入部初日の紅白戦で、


『アキラ! 柏木君にパスだ!』


 そう言われて、指示通りにフリーだった隣の味方にパスを出したと思ったら、


『違う! その人は若松君だよ!』


 とまあ、そんな事があった。しかもその後、ハイプレスによってあっさりとボールを奪われた。

 そこまで酷くなくても、走ってる最中に『もうちょい左に寄った方がいい』とか『行き過ぎ、行き過ぎ』など微調整の指示を受けることは多く、寸暇を争う場面では致命的なタイムロスとなる。

 まあ、前者の出来事に関してはアキラがチームメイトの名前を覚えていれば防げた事だが、仮に混戦に陥っている場面ではどこに誰がいるかを把握することはアキラには厳しい。『誰それにパス』という指示は決して良い手ではない。

 そんな訳で、簡単で、素早く、正確な意思疎通がアキラ達には必須なのだが、これがなかなかに難問だ。

 少なくとも今のところこれと言った解決策は思いつかず、今度、試合をするまでの宿題というか課題となっている。

 そして、アキラとしては、そろそろサッカー部に戻りたい……というより試合がしたい。

 武器が形になって来たのだから、それを使って見たい。武器を手に入れた自分がどこまでやれるのか試して見たい。それも出来る事なら公式戦で試してみたいが、それが無理なら練習試合でも部内での紅白戦でも何でもいいから、とにかく実践の場が欲しい。

 まるで、おもちゃを手に入れたばかりの子供の様だ。


「多分、もうちょい先だけど……でも、早めに案を出してくれ」


 アキラはそう告げると、


『むちゃ振りだ!』


 と、嘆くヤマヒコを放っておいて柔軟を始めた。ここ最近の日課となっている。

 琴音から教わった、槍也が行なっている柔軟メニューを参考に組んだメニューを一通り終えた後は、部屋の電気を消し、再びベッドへダイブした。


 ――あー、凄えくるわ。


 目を閉じた瞬間、瞬く間に睡魔が襲ってくる。この分では早々に寝入るだろう。

 最後の力を振り絞って目覚ましのスイッチを入れると、それ以上何もする気になれなかったが、かといって易々と無の境地に至れる筈もなく、とりとめのない事が浮かんでくる。

 それは、今日、学校であった事や、放課後の練習や、それに付き合ってくれた琴音の事など様々だが、やがて、先ほどヤマヒコに言い聞かせた朗読の中身へとたどり着いた。

 確かに朗読はくそめんどくさかったが、それぞれのポジションの役割を一通り理解できたと思う。

 中でもボランチのくだりは興味深かった。いや、興味深かったというより、アキラがトップ下からポジションチェンジを考えているから、他のポジションより興味が勝ったのかも知れない。

 何にせよ参考になった。

 アキラはトップ下のままがいいのか、それともボランチがいいのか、しばし考えこんだが、結論が出るより寝息をたてる方が先だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、人ではなく場所とかの指定がベストなのかな? 意思疎通は難しいなぁ
[一言] チームメートにガットゥーゾがいるか否かですね! というわけで部活へ行こう!
[一言] そんなアキラとヤマヒコには アマゾンの聞く読書 https://www.audible.co.jp/ 年代が問題なら 開発環境がwindows2000だから 2005年頃からあるっぽい棒読み…
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