37 河川敷公園
街の中心から少し外れた河川敷公園。そこがアキラが選んだ練習場所だった。
お世辞にも綺麗に管理されているとも言えないが、家からも学校からも程よい近さ。利用するのに金がいらない。公園自体が無駄に広いので、その隅っこを個人が長時間独占しても誰も何も言わない。等々、何かとアキラにとって都合が良かった。
ただ、何よりも都合が良いのは、川に架かるデカイ橋の支柱部分が、一人でやる壁打ちの壁として最適だった事だ。
バン! と、サッカーボールがコンクリートの壁にぶつかると、反動をつけたボールが勢いよく跳ね返ってくる。
「ふっ!」
転々と弾むボールを、右足インサイドで受け止めて勢いを殺した。
完全に足元にボールが留まったのを確認した後、今度はちょこんと前に出し、足の甲でボールの下っつらを叩いた。
勢い良く蹴り出されたボールは、アキラの目論見通り高い弾道を描いて壁に突き進み、そして跳ね返って来た。
今度はそれを左足で受け止めようとするが、ボールの勢いを上手く殺せずに弾いてしまう。
「ちっ……」
思わず舌打ちしながら、一度プレーを止めた。
「やっぱ左足か……上手く跳べねえ……」
別に右足だってまだまだだが、それにしたって左足は酷い。ボールを止めるのも蹴るのも、全然思い通りにいかないのだ。
──左トラップは利き足で飛ぶわけで、むしろやり易そうなもんなんだけどな……。
──そう簡単な話でもないのか……。
強いボールを受け止める時はジャンプする……という事を知った時、アキラは本気で驚いた。まさに目から鱗だ。
今のご時世という奴は本当に便利で、スマホで検索するだけで、トラップの基本や蹴り方の基本がゴロゴロと出て来る。中には動画つきの奴だって少なくない。
アキラは、自分がそれらを習得する為に色々と漁って試している最中なのだが、どうもトラップというのはボールを柔らかく受け止めることが基本で、その為にはボールを受け止める足とは逆の、いわゆる軸足を浮かせる方が物理的に勢いを散らし易いらしい。
むろん常にジャンプする訳ではなくケースバイケースだが、確かにプロの試合を見てもそんなシーンはたまに見かける。
しかし、過去のアキラはそんなプレーを見かけると、
──ジャンピングトラップとか、無意味にカッコつけた事やってんなぁ……馬っ鹿みてえ……。
などと考えていた。
超絶テクニックの派手なプレーは好きなのだが、明らかに必要のないタイミングでやられると、只のテクニック自慢に見えて白けるのだ。飛びながらのトラップもその一種だと思っていた。
だが実のところは、無意味どころか基本に忠実な動きだった訳だ。今となっては過去の自分に言ってやりたい。
『馬鹿はテメーだ、ど素人』と。
実際、自分でやってみるとよく分かる。上手く出来た時は、地面に足をつけたままトラップするより遥かに勢いを殺せる。とはいえ、あまり大仰にやると次の動きに差し障りが出るので、そこは要改善だ。アキラ個人的には、はたから見て、跳んでるか跳んでないかが分からないぐらいがベストだと思う。
「よし、もう一回」
アキラは再び壁打ちを始めた。とにかく技術が足りてないし動きがぎこちない。
部活で見た滋賀の流れるような動きとは比べ物にならない。いや、それどころかサッカー部の大半に劣るのが今のアキラの現状だ。
一刻も早く改善しなければならないと思っているのだが、今の所まだまだだ。
それから15分程、左足での蹴る止めるを中心に試行錯誤を繰り返したのだが、どうにもしっくり来ないので一度動きを止めた。
近くに備えつけてある椅子に座ると、その椅子の上に無造作に置きっ放しにしてあったペットボトルとスマホを手に取り、片手で水を飲みつつ、残りの手で、プロサッカー選手が教えるインステップキックの動画を開いた。
その動画では高い弾道で蹴り出すコツ。軸足の向きや蹴り足の使い方、上半身や腕を使ってバランスを取る方法などを、動画つきで分かりやすく解説していて非常に参考になる。
「もっと膝を曲げるべきなのか?」
『ん? 俺に聞いてる?』
「いや、独り言……」
全く、おかしな同居人がいるとおちおち独り言も呟けない。 だいたい聴覚しかないヤマヒコに、動画とアキラの違いを聞いて何になると言うのか?
確かにサッカーで役立つヤマヒコだが、正確なロングボールや、ボールを支配下に置くトラップと言ったテクニックはアキラの領分だ。
アキラが自分でなんとかするしかない。
にしても……、
「あー……やっぱ、もう1人いるよな……」
自嘲を含んだ笑みと共に、アキラはそうボヤいた。
いや、本当に馬鹿馬鹿しくて笑える。自分で望んで1人でやると決めたのに、いざ1人になると、部活でやっていた練習とその練習相手が必要だと実感しているのだ。
少なくとも、2人1組でやっていたトラップの練習とパス交換の練習。特に後者は絶対に必要だと思う。
壁打ちは思う存分に試行錯誤できるのだが、ボールが途中で返って来る為、ロングボールがどれだけ飛ぶのか、距離感が掴めないのが困りものだ。
──どうしたもんか……。
と、頭を悩ませていると、またしてもヤマヒコが口を挟んだ。
『なら! なら! 部長さんに謝ってサッカー部に戻るのはどうかな⁉︎』
「ねーよ、馬鹿」
アキラは即答した。
確かに練習相手の必要性は認めるが、だからといってサッカー部に戻る気にはなれない。あちらでは、スマホを開いて動画を見る事もできやしないのだ。
──1人いりゃ、それで済むんだけどな……。
そう、今のアキラに大勢は必要ない。たった1人いればパス交換の練習もトラップの練習も出来るのだ。
とはいえ、わざわざアキラの練習に付き合ってくれる奇特な奴なんて、そうそう居たりはしない。
いや、本当に誰一人思いつかない。
しいて言えば滋賀なら練習に付き合ってくれそうな気はしているが、あいつはアキラの方でお断りだ。
今日1日だけの事じゃない。明日も明後日も必要なのだ。
だが、これ以上滋賀を、アキラの我儘に巻き込む訳にもいかないだろう。
今でさえ、あいつは進路を変えて天秤に来ている。
それはアキラのせいではない。
なんせ入学式まで全く知らなかったのだ。何の責任もあるはずがない。滋賀が自分で決めた事だ。
しかし、だからといって何も思わない訳じゃないし、この上、アキラのせいであいつまでサッカー部から疎遠にさせるのは絶対に御免だ。
自分の行いで自分が弾かれる分には構わないが、自分の行いで他の誰かまで巻き添えにするのは気が引ける。
──やっぱ、一人でやるしかねえな。
そう結論づけたアキラは立ち上がった。
「よし、もう一回やるか」
「ご精がでますね」
「あん?」
独り言、もしくは自分への激励だったのに、意図せぬ返事が返ってきた。
いぶかしげに振り返ると、そこにはにこやかな──不自然なまでの笑みを浮かべる滋賀琴音が立っていた。
そして琴音は笑顔のまま、
「こんにちは。昨日、佐田くんに着信拒否された滋賀琴音です」
「………………」
眩しいほどの笑顔なのに、アキラに対する憤りがこれ以上なく伝わって来て、アキラを閉口させた。




