31 天秤サッカー部4
2点目を取られたのは、コーナキックからのセットプレイだった。ファーサイドへ向けた高いセンタリングからのヘディングシュート。
「よっしゃ!」
「ナイス!」「やったな!」
フィニッシャーが右手を掲げながら、意気揚々と仲間とハイタッチを交わすのを間近で見て、アキラは苦々しげな表情を浮かべた。
──くそっ……。
またしても、連携でやられた。
レギュラーチームは、キック直前にゴールエリア内に入っていた三人が外へ逃げ、逆にペナルティエリアから同じ数だけゴールエリアへと入ってきた。
その幻惑するかのようなポジションチェンジにこちらの守備陣は対応出来ず、大外から、回り込む様に入ってきた選手をフリーにしてしまった。
これまでずっと一緒にやってきて、セットプレイの練習もきっちりやっていたであろう上級生チームと、まだ顔と名前も一致しない急造の新入生チーム、その連携練度の差がモロに出た。
実のところ、アキラの立ち位置はボールの落下点から近く、ちょっと移動すれば競り合えた。仮に競り負けたとしても、フリーで悠々と撃たせることだけは避けられた筈だ。
だが、アキラの行く手をキャプテンが遮った。奴はボールが上げられた瞬間、横から滑り込むようにアキラの前に回り込むと、腰を落として背中を広げ、フィニッシャーの壁と化した。
もちろんアキラだって壁を乗り越えようとしたが、もしや筋トレが趣味なんじゃないかと思える部長は、背の高さはアキラと同じくらいなのに、アキラよりぱっと見3割増しで筋肉がついていて、アキラが体をぶつけて退かそうとしても微動だにしなかった。
「…… あの筋肉ゴリラっ!」
『アキラ。先輩を動物扱いはよくない』
苛立ちから、つい愚痴が出たが、ヤマヒコが真面目な声音でアキラをたしなめた。
全くの正論なので、反論はしなかった……いや、出来なかった。
無言でトップ下の定位置へと足を向けた。
アキラだけでなく、敵味方の各々が自らのポジションに付いたところで試合は再スタート。回ってきたボールを、更に回す。
その後は、そのまま中盤に留まり、機を見て、ボールを前線まで繋ぎたいところだが……試合の流れは、これまでと変わらずあちら側が優勢だった。
繋がっていない、とアキラは思った。
繋がっていない。具体的に何がどうとは言えないが、とにかく自分たちは繋がっていない。
時々、いい所まで行きはするものの、それらは全て単発だ。
逆に、相手チームは守備から攻撃まで一連の流れがあり、結果としてチャンスメイクに差がつく……という気がする。
そんな状況を変える為には…………………………………、
『ヤマヒコ、お前なんとかしろ』
上手い手が思いつかなかったアキラは、自分の内なる存在に呼びかけた。
が、呼ばれた方も都合良く現状を打破する策など持ち合わせてなどいない。
『いやいや、アキラ。それは流石に無茶振りじゃない?』
『んなことねえ。ほら、滋賀が応援してるだろ。全力130%を出せ』
『怒るんじゃなかったの? ……って言う冗談は置いとくにしても全力は尽くしてるよ。ただ、全力を尽くした上で、それを相手が上回っているだけで……』
『つかえねえなあ……』
アキラの身も蓋もない評価に、割と穏やか、──実のところ密かに『俺ってアキラよりだいぶ大人なんじゃない?』なんて考えているヤマヒコも流石にカチンときた。アキラの脳内に響く言葉に刺々しさが混じる。
『あっ⁉︎ そういうこと言っちゃう⁉︎ なら、こっちも言うけどさ! はっきりと言うけどさ! 俺よりアキラの雑魚っぷりの方が問題だし!』
『ああ⁉︎ なんだと⁉︎』
『あんな決定的な場面でしくじるアキラの雑魚っぷりの方が問題だって言ってるの! せめて、もうちょっといい感じにボールを受け止めることが出来て、ロングキックがしっかりできれば幾らでもやりようがあるし! 多分2、3点は軽く取れてるし!』
『仕方ねえだろ! 今日が初日なんだから! このボケナス!』
『こっちだって初日だよ! アキラのすっとこどっこい! ……って、ボール来てるよ!』
余人にわかるはずもない醜い言い争いをしていると、アキラの元へと後ろからパスが届いた。
「……っ、てっ!」
ヤマヒコとの口喧嘩に気をとられて反応が遅れた。
転がってくるボールを上手く受け止められず、横に弾いてしまう。
相手ボランチが棚ぼたとばかりにボールに詰め寄るが、アキラも咄嗟に足を延ばしてた。
しかし、ほんのちょっと届かない。
──こ……なくそ!
あと少しを届かせる為に、倒れ込むようにして足を伸ばす。
当然、バランスが崩れて地面に転がったが、転ぶ一瞬前に、思いっきり伸ばした足の先がボールを蹴飛ばした。
ボールはサイドライン目掛けて転がり、運良くこちらのサイドハーフが先にボールを拾った。
そのままドリブルでライン際を駆け上がろうとするが、距離を詰めたインサイドハーフにボールを弾かれ、転々とサイドラインを割った。
主審役を務めている上級生が、こちらのスローインであることを身振りで示した。
──ふーっ、セーフ。
安堵に胸を撫で下ろしながら、ジャージに付着した砂つぶを両手で払う。
『ヤマヒコ、くだらない口喧嘩なんてやってる場合じゃねえよ』
『うん、そうだね。そもそもアキラが振ってきたんだけど……まあ、やってる場合じゃないよね』
『とにかく、こっちはまだノーゴールだ。何か変えていかなきゃ──』
『現状維持が一番いいと思う』
『──なに?』
出鼻を挫かれ戸惑うアキラに、ヤマヒコは自分の考えるところを淡々と告げた。
『何か明確な、これをやりたい……ってのがあるならともかく、無いならこのまま、ランとショートパスのスタイルを続けた方がいいと思う。多分、それが一番得点に近い』
多分などと、曖昧な表現を使っているが、その口調には確信に近いものが宿っているように感じた。だが、これまで通り変化が無し、というのは消極的すぎるように思える。
『これまで、ずっと相手のペースだぞ? 全然前に繋がらねぇ。後ろに下げてばっかりじゃねえか?』
『それは、相手の方が上手なんだから仕方がない。無理に前に繋ごうとするよりボールを繋げてチャンスを待った方がいい。ベストじゃないけどベターだよ』
『でも、後ろで回してもハイプレスが来るぞ。それで山ほどボールを取られてる』
『それは俺だってわかってる。けど何度もやられてわかったけど、ハイプレスってハイリスク、ハイリターンだと思うんだ。前のめりの分だけ中盤に隙ができるし、相手の失敗だって期待できる』
『……そんな都合よく失敗するか?』
『するよ。というか何度も失敗してる。敵味方で20人以上が走り回るサッカーで連携を取るのはたぶん凄い難しいよ。本当に何でも無いのに足並みが乱れてハイプレスの網が破けそうになった時だってあったから』
『なら…………うん……』
アキラの思い付きは、尽く論破された。小癪な……と思ったが直ぐに思い違いだと気付いた。
──耳がいいだけじゃない……こいつは、俺より先を考えている。
多分、アキラの考えていることを、アキラより先に思いつき、考察し、結論を出している。
いかに、アキラと違い体を動かす必要がないとはいえ……、
──もしかしてこいつ、俺より……。
そこでアキラは思考を止めた。これ以上考察を進めると、ことによってはアキラのアイデンティティが崩壊しかねない。
サッカーに集中しろ。と、三回頭の中で唱えることで、半ば強引に思考を切り替えた。
既にスローインから試合が再開している。
「じゃあ、今まで通り行くぞ」
アキラの宣言にヤマヒコが簡素な一言を付け足した。
『うん。我慢の時間だ』
0対2のスコアのまま時間だけが経過していった。
試合は依然、相手のペースで運んでいる。
あと何分残っているのか? と、チラッと校舎の壁時計を見上げると、時計の長針がちょうど真下を指していた。
確か試合を始めた時は12の文字盤に差し掛かる所だった筈だから、既に残り時間は10分を切っている計算だ。
「おい! このまま、終わっち……終わっちまうぞ」
『我慢、我慢』
「簡単に、言って、くれるな!」
時間も無いが体力も底を尽きかけている。短い言葉ですら切れ切れ、一息で喋れないくらいだ。
サイドから中央に放り込まれたボールを追い、アキラはポジションを下げた。
『左側を切って』
言われた通り、ボールを持ったインサイドハーフの左側から追い縋る。
1対1の場面だが、アキラは1対1は攻撃同様守備においてもクソ雑魚だ。
ボールを寄越せと足を伸ばす──が、駆け引きも何も無い直線的なアタックはアキラから遠い左足を使ってあっさりと躱された。ボールを足の裏で引いて懐に呼び込むと、更にそのままアウトサイドで蹴り出し、フィールドの中央へと逃げていく。
アキラもワンテンポ遅れながらも追い縋ったが、追いつく前に横パスで逆サイドのインサイドハーフへとボールが渡った。
こちらのボランチがマンマークに付く。
「ちいっ……!」
ボールを奪えなかった苛立ちから歯噛みしたが、ヤマヒコはアキラと全然違う反応を見せた。
『オッケー、いい感じに追い込めたんじゃない?』
そこはかとなく、脳内音声が弾んでいる様に感じる。
『そのまま、今の人へのリターンパスを切りながら寄せて行って』
ノリノリのヤマヒコに乗り、言われた通りに寄せて行く。
途中で気付いたが、確かに何処に出すにも辛そうな配置だ。
インサイドハーフは手を……いや足をこまねいてその場に停滞した。
そのまま2対1になればボールを奪える、とアキラは意気込んだが、ヤマヒコから追加の指示が飛んできた。
『アキラ。多分、アキラの右側にパスを出すと思う。でも丁度いいから、ギリギリまでこのまま近づいて、最後にパスカットしよう』
なんでだ? と思ったがノンビリ説明を受けている暇はない。言われたままに右を意識しつつも、表向きは素知らぬ顔で距離を詰める。
あと3歩の距離まで接近した所で、インサイドハーフは本当にアキラの右側にパスを放った。
──へえっ……と!
ヤマヒコの予測がどんぴしゃりだったことに驚きながらも咄嗟に横っ飛び。パスを遮った。
本当はボールを奪いたかったが、ボールの勢いが強かったのか、横っ飛びが一瞬遅れたのか、はたまたアキラのボールタッチがナメクジ並みだったのか……なんにせよボールを弾いてしまい、自分の支配下には置けなかった。
ただ、支配下に置けはしなかったが、転がった場所はいい。こちらの最後尾に控えているスイーパーの正面に転がっていく。
それを目で追ったアキラは、同時にインサイドハーフが誰にパスを出したのかも分かった。
最初にアキラが突っかかった、もう一人のインサイドハーフだ。
──なるほど。と腑に落ちた。アキラはパスコースを切りながら寄せて行った。言い換えれば、最初のインサイドハーフはフリーで野放しにした。そしてアキラの背後でパスを貰う為に中央に移動したのだろう。多分、ヤマヒコの狙い通りに。
一体、ヤマヒコは何処らへんから読んでいたのか……、
『アキラ、前へ!』
「っ……!」
強い口調に尻を叩かれる様に前を向いた。背後を伺いつつも勢い良く土を蹴って前に進む。
そして幾らも進まない内にスイーパーから右サイドへ大きくロングキック。
それを受け取るサイドハーフはアキラと同じジャージ姿──つまりはサッカー未経験者で、アキラと同じく弾むボールを抑えるのに苦労し、ワンテンポ……いや、ツーテンポ遅れた。
そのせいで、相手ボランチの縦を抑える位置どりを許してしまったが、ボランチが右サイドに寄ったことで中央が空いている。更にはアキラがそこに最も近い。
「パス! くれ! 寄越せ!」
今までハイプレスに苦しめられていた反動で、まるで押し込み強盗もかくやという勢いでアキラはボールを要求した。
サイドハーフはちょっと慌てながらも横パスを繋ぐ。
それをセンターサークルの右端を掠める位置で受け取った時、アキラは爽快感を感じた。
この位置でここまで自由に動けるのは、今日の試合で初めてだ。
ボールを長いスパンで押し出しながら、次はどう動くかと考えた所でヤマヒコが先を告げた。
『縦パス。SBの横抜きなよ。滋賀くんが待ってる』
言われて顔を上げると、滋賀と目が合う。自然体で、決して大袈裟ではない仕草なのに。不思議と何処にボールが欲しいのかが伝わってくる。
まるで目に見えない引力に導かれるかのように、アキラはパスを放った。
ディフェンスラインの裏へのスルーパス。オフサイドはない。
同じくディフェンスを振り切った滋賀がボールに追いつく。
滋賀はボールの勢いを殺さず、若干軌道修正をするに留めてペナルティエリアへと斬り込んでいくが、その行く手を遮る奴がいた。たしか名前は……朝霧だ。一人、深く守っていたこともあり、奴だけは滋賀の飛び込みに反応していた。
『やるね、朝霧先輩!』
「いってる場合か!」
もし先輩に時間を稼がれたら、振り切った他のDFに囲まれるだろう。
初心者のアキラでも分かる理屈は、当然、滋賀も承知しているのだろう。迷いなく仕掛けた。
勢いを殺さず、ゴールと滋賀の間に立つ先輩の間合いまで踏み込んだと思った瞬間、体を傾けて中央に斬り込んだ。左足のアウトサイドターン……──
佐田からのラストパスを受け取った槍也の前に、CBの朝霧先輩が立ちはだかった。
先輩はこの期に及んでなお冷静で、槍也を止める為の最適なポジショニングと、味方へのコーチングを同時に行っている。
そんな先輩と対峙して、思わず槍也の口元がほころんだ。
──この人……いいな!
これまでの試合を見る限り、天秤サッカー部のレギュラーの中では、この先輩が一番サッカーが上手い。
180センチを軽く超える体に、素早くしなやかに動く足元。これは相当に鍛えている。
であるのに、そのプレースタイルは、体格を生かしたパワープレイではなく冷静な判断力を生かした柔軟な対応力だ。
今も、他のDFラインが遅れを取る中、いち早く槍也の飛び込みがオフサイドにはならないと判断してポジションを下げた。
周りとハイレベルな連携を取り、時には単独でも動ける。中々に見ないタイプのサッカー選手だ。
おそらく先輩なら、黒牛や魚沼といった強豪校でもレギュラーを張れるだろう。
そんな実力者がいる事は、槍也にとって大変喜ばしい事であり、同時に先輩を倒したくて倒したくてたまらなかった。
──いくか!
元々、DFと1対1、あとはその後ろにキーパーだけ……という状況はFWとして仕掛け時だが、それとは別に先輩に対する戦意が槍也を突き動かした。
槍也の中では、ハイレベルなプレイヤーに対する敬意と、そのプレイヤーを打倒したいという戦意は何ら矛盾なく共存している。
逸る気持ちを表すかの様な強気なドリブルで、先輩の正面まっすぐに進んだ。
見る見ると先輩が近づいてくる。いや槍也の方が距離を縮めているのだ。
刻一刻と二人の距離は近づいていき、遂に先輩が足を伸ばせばボールに届く位置まで縮まった時、槍也は仕掛けた。
ドリブルのスピードを落とさぬまま、タイミングを合わせて、左足の外側で中央に斬りこもうとした。
これは、中央がシュートを撃てる角度が一番広く得点しやすいが為だったが、同じ理由で先輩も中央を警戒している。ぴくっと体が反応した事を槍也は見逃さなかった。
咄嗟に、アウトサイドターンをやめてボールを跨ぐと逆の足で先輩の右を抜けた。跨ぎフェイント《シザーズ》。
体のキレは悪くなく、申し分のない動きだった。これで先輩を振り切れたなら即座に内側に入り込んで、槍也の体で先輩をブロックしつつキーパーと一対一だった。
しかし、先輩は一瞬遅れたが、それでも食い下がって来ている。
鼻先ほど槍也が先行しているが、中に入れるほどではない。
仕方なく、槍也はペナルティエリアの内側を、少し外側のチョークで引かれた白いラインと並走するようにボールを進めた。
中に入れないなら前だ。
只、あまり前に進み過ぎてもシュート出来る角度が無くなる上にゴールラインで動きが阻害されるので、そうなる前、ペナルティエリアの中頃に来た所でもう一度仕掛けた。それまでの足元に吸い付くドリブルを止め、敢えてボールを晒す。相手が食いついてくれば良し、逆に堪えるようならもっと強気に攻める。
はたして先輩は……食いついて来た。ボールを奪おうと右足を伸ばしてくる。
同時に槍也も動いた。先輩の足より一瞬早く、右の足の裏でボールを引いて懐に入れると、体の向きを変えながら、今度は左足で今までの進路とは180°真逆に切り替えした。ボールの軌跡がVの字を描くことが由来の《Vターンのイン・アウト》。
今度こそ先輩を振り切って中央に斬り込めると意気込む槍也だったが、いざ中央に進もうとした瞬間、先輩から強烈な当たりが来た。
──げっ……⁉︎
激しいショルダーチャージにバランスを崩しながらも、辛うじてボールだけはキープした、咄嗟に中央突破は諦め、左足でボールを確保しながら反時計回りに進む。
──先輩、本当にいいなっ!
際どい状況でありながら……だからこそ笑みが溢れる。
Vターンに引っかかったと見せかけてからのチャージ。槍也が先輩を騙そうとしていた時、先輩もまた槍也を騙そうとしていた。
虚実が入り混じった、付かず離れずの攻防を繰り返す様はまるで息の合ったワルツを踊ってるようにも見える。
そして気づけば、槍也はライン際に追い詰められていた。
ボールを奪われていないとはいえ、1対1のあの状況からシュートに行けなかったのは槍也の負けだろう。
それを認めて、即座に切り替えた。ドリブル突破は無理でも中央は佐田と工藤が走り込んでいる。それぞれマークに密着されているが、今の槍也より可能性がある。
先輩と顔を付き合わせている状況から、左足のアウトサイドでちょこんとボールを横に出す。そして間髪入れずに、もう一度左足を使ってセンタリングを上げるつもりだったが、キックモーションに入った所で先輩の奥でゴールを守っているキーパーの注意が佐田たちに行っている事に気づいた。
そこから先は、槍也の直感が体を動かした。
咄嗟にセンタリングを止めて、ボールの手前に左足を置く。そこから反時計回りに一回転、途中右足でボールを引っ掛け、そのままボールを離さずに180°回った所でゴールに向けて蹴り出した。
蹴り出した後、勢いあまって槍也の体はバランスを崩したが、シュート自体は上手くいった。狙い通りの地を這うような低空ショット。
それは先輩の左を抜け、キーパーの足の間を潜り抜けると、槍也から見て遠い方のゴールポストにぶつかった。
ジ〜〜〜ン! とゴール自体が揺れると同時に、勢いよく跳ね返ったボールがサイドネットに突き刺さる。
「良し!」
上手く行った。1点かえした。──その満足感から左手と左膝を地面についている体勢でありながら残った右手を握りしめた。
そのあと槍也が立ち上がると、仲間たちから「ナイッシュー!」、「ナイスゴール!」と興奮した声が飛んできたので手を振って応えたが、ふと、朝霧先輩から声をかけられた。
「怪我はしていないんだな?」
「あ、大丈夫ですよ。転びはしたけど、どこも痛くはありません」
「そうじゃなくて……」
「えっ?」
「──滋賀が天秤に来たのは、もしかしたら大きな怪我でもして、推薦が取り消されたからなんじゃないかって……」
「あ〜〜、なるほど〜〜……」
思わず納得してしまった槍也だった。確かにそんな理由でもなければ槍也が強豪校でも名門ユースでもない、無名のサッカー部に入ったりはしないだろう、普通は。
むしろ、素人の佐田を追って来たという真実より、はるかに真実らしい。
苦笑しながらも、故障疑惑をやんわりと否定した。
「大丈夫です。体はぴんぴんしてます」
「だろうな。今の動きで、怪我してるなんて言われたら流石に自信を失くす所だった。──なんにせよ、これからよろしく。滋賀からサッカーの事を沢山学ばさせて欲しい」
年下の自分に対して謙虚な姿勢、サッカーが上手くなりたいと思う向上心。
これまで何度も、いい先輩、いいサッカー選手だと思ったものだが、今の一言が一番尊敬できた。
「はい! こちらの方こそ、色々と教えてください!」
槍也はそう言って軽く頭を下げると、試合を再開する為に自軍の陣地へ足を向けた。