26 部活紹介
5限が終わった後、アキラは槍也と連れ立って講堂へと向かった。
「佐田、ここら辺でいいかな?」
「ああ、いいんじゃね」
適当なところに座って、部活紹介を待つ。
『うわおう! 超楽しみなんだけど!』
テンション高めのヤマヒコが、かなりウザくて溜息が漏れる。
ちなみに、ちょっとでも部活に興味を持っていて、わざわざ講堂を訪れる新入生は、アキラたちの他にも結構いる。
ざっと見ても軽く100人は超えている。でも200人はいない、そんな所。
確か今年の新入生が400ちょっととか言っていたから、半分近くが参加している計算だ。
それを多いと捉えるか少ないと捉えるかは人によるが、『意外とみんな、部活に興味を持ってんだな』というのがアキラの感想だった。
しばらくして、時間が来たので部活紹介が始まった。
壇上に上がった司会役の生徒が、軽く挨拶と、このイベントの主旨を説明していく。
「それでは、最初は野球部から行ってみましょう!」
ノリのいい彼女の司会によって、それぞれの部活がそれぞれのやり方で、部活のアピールを始めた。
「俺たち野球部は、他所の野球部と違って古い習慣に囚われない! 純粋に野球を楽しんでいく野球部! だから、坊主じゃなくて長髪オッケー! 茶髪もオッケー! 彼女がいるなら、週末は練習よりデートを優先しちゃってオッケー! 一緒に遊びたい奴ら、大歓迎だーー!」
「将棋を指したことのない初心者でも大丈夫です。あと、休日は基本、部活も休みです」
「お前ら、はっきり言っとくけどな……テニス部はモテるぞ。男女ともに大体、彼氏彼女持ちだ。…………部長の俺は、なんでかいないけどな!」
「百聞は一見にしかずといいます。ですので、私たち実際に踊ります。──さんはい!」
まれに、ウケ狙いみたいな部活もあったが、概ね、どこも真面目に勧誘に励んでいる。
短い時間のスピーチでも、なんとなく、それぞれの部活の雰囲気は掴めた。
ただ、部活紹介を聞いてる内に、アキラの中でちょっと気になることがあった。
「ぬりーな……」
アキラの独り言だったが、独り言にしては声が大きかった。槍也が不思議そうに問い返す。
「ぬるい? 何が?」
「……いや、どこも楽しそうなのは結構なんだが……全国目指して本気でやってます、みたいな部活はねえなあって。もっと大会に全てをかけてます、みたいな部活はないもんかね」
「ああ、確かに」
一番、熱気があったのは、実際にダンスを踊ってみせたダンス部だろうか? それにしたって「厳しい練習とかはないですよ〜〜! ダンスを楽しくエンジョイしましょう!」なんて言っていた。
楽しくやることを否定する気は無いが、こうも和気あいあいとした様子しか見受けられないと、
「これがゆとり世代ってやつか……」
アキラは、中学時代、何の部活もやって来なかった帰宅部オンリーの自分を完全に棚に上げて、そう批評した。
それを聞いた槍也が苦笑する。
「まあ、天秤は部活に力を入れてる学校じゃないから。……あっ、でも、クラスの友達に聞いたけどサッカー部は割と本気で全国を狙ってるらしいよ」
「へー……なら、期待するか……」
アキラは壇上に視線を向けたまま呟いた。
それから、美術部、園芸部、卓球部と続いた後にサッカー部の出番がやって来た。
「卓球部の皆さん、ありがとうございました。──次はサッカー部です。お願いします」
司会に促されて、壇上の脇からサッカー部の人間が現れた。
3人いる。
筋肉質でスポーツ刈りの男と、スラリと身長の穏やかな雰囲気の男、そして最後の一人は女子だった。
まず真っ先に眼がいったのは女の子だ。
──おー、美人……って、ちげえ!
アキラは高校一年生。ごく一般的な男子高校生らしく、優しそうな顔立ちとブレザー越しでもはっきりとわかる大きな胸に、ついつい目がいってしまったが慌てて首を振った。
今はそういう時じゃない。
気をとりなおして、他の二人より一歩前に出てマイクを握るスポーツ刈りを見る。多分、コイツが部長だ。
彼はいかめしい顔つきで、新入生に向かって語りかけた。
「サッカー部の部長を務めている永谷です。サッカー部は現在24名の部員が在籍しており、切磋琢磨の日々を送っています。そして俺たちサッカー部の目標は神奈川の地区大会を勝ち抜き全国大会へ出場することです」
低く力のある声だった。
決して、声を張り上げているわけではないが、真剣味がはっきりと伝わってくる。
心なしか、聴衆のざわめきも一回り小さくなり、相対的に部長の声は、よりはっきりとアキラの元まで届いた。
「正直に言って、俺たちの中に飛び抜けた選手はいない。環境も、スポーツに力を入れている学校には到底かなわない。──それでもサッカー部の全員、全国を目標としています。サッカーというスポーツは個人競技と違い、例え個々の力が劣っていても、みんなの力が合わされば……チームワークの力で勝利を掴めると信じているからだ」
そこで部長は一拍置いた。
ここからが正念場、そんな顔つきだ。
「だから俺たちサッカー部は、一緒に全国を目指してくれる仲間を求めている! 上手い下手は問わない! 経験者であるかも問わない! ただ、本気で俺たちと夢を追いたいと思ってくれる人がいるなら、俺たちはそれを歓迎します!」
力強く言い終えてから、部長は、そして後ろの二人も一礼して退場して行った。
──ふーん。
なかなかに熱い演説だと思った。
自分たちの状況や目標を正直に伝え、本気の仲間が欲しいと訴える。決してスマートとは言えない、ともすれば泥臭さすら感じた演説は、人によって好き嫌いが分かれそうだ。
「滋賀はどう思った?」
「ん、そうだな……俺はいいと思ったよ。やっぱりサッカーは、本気で勝ちに行くのが一番面白いと思ってるから」
「そうか……」
「佐田は? サッカー部のことをどう思った?」
「さあて……悪くはないと思うけど……」
──俺には合わないだろうな。
アキラは後半の言葉を飲み込んだ。言ってもしょうがない。
代わりに席を立った。
「よし、じゃあ行くわ」
「え?」
座ったままの滋賀がぎょとした。
「まだ、部活紹介は続いているよ? 最期の吹奏楽部の演奏は聞いていかないのか?」
「あー……それは気になるけど、また今度だ。サッカー部の紹介は見たし、後は一人で考えたい」
「サッカー部に入るかどうかを?」
「ああ。今日中には決める。──やるならサッカー部に行くから、そんときはよろしく」
かなり無責任な一言を残して、アキラは講堂を後にした。
そのまま、教室に戻ろうかとも思ったが意外と教室に人が残っていたので中止。
じゃあ、どこに行くかと若干迷って、さっきの部活紹介で園芸部が言っていたことを思い出した。
『どこ行くの?』
「屋上」
ヤマヒコの質問に端的に答えると階段を登る。
階段を登り切った先、ちょっと重めの扉を開けると、気持ちのいい風がアキラの髪を揺らした。
そこには、園芸部が言っていた通り、花壇が広がっていた。そして、都合がいいことに他の生徒の姿は見えない。
「よしよし……にしても結構、本格的なんだな」
誰でも見ることが出来るので、是非、一度見て下さい、と言っていた屋上庭園は思っていたより数段規模がでかかった。
ざっと見るだけでも、10種類近くの花が咲いている。
アキラはそれらを横目に奥にあるベンチに向かった。
座って考えごとをするつもりだったが、途中で足が止まった。
そこからは、グランドが一望できて、運動部が活動している。どうやら2、3年は一足先に部活を始めているみたいだ。もちろんサッカー部の姿もあり、現在、二手に分かれてミニゲーム中だ。
「…………」
楽しそうだなと思う。中学の頃はサッカー部の練習を見てもそんな風には思わなかったのに、今そう思うのはアキラの心境が変化している証拠だ。
去年、滋賀とサッカーをしたことで、今のアキラはサッカーの楽しさを知っている。
3日前、天秤で滋賀と再会し、サッカーに誘われた時から、ずっとサッカーのことを考えている。
滋賀の情熱に応えたいと、本気でサッカーをやってみたいという気持ちが、アキラの中には確かにある。
しかし、いざサッカーに向き合ってみると、
「お前みたいな自分勝手な奴がサッカーやろうとすんなよ……か」
かつて、サッカークラブで言われた言葉が、自分で思う以上にアキラの中に残っていた。
アキラはその言葉を言った人間の名前を覚えていない。それくらい昔の話なのに、今になっても……いや、再びサッカーと向き合う今だからこそ、まるで鎖のようにアキラの足に絡みついている。
誰が悪かったのかと言えばアキラだろう。名前も忘れた誰かの言葉は、周囲の代弁だったのだから。
あの時、自分勝手な振る舞いは周囲との不協和音を引き起こす、という事を知った。
なら、今度は揉めないように、周りとうまく協調すればいい理屈だが、無理だろうな、という確信がある。
きっと、今度もアキラは不協和音を引き起こすだろう。
そしてそれは、みんなで力を合わせて全国大会を目指すと言ったサッカー部のキャプテンや、今、仲良くサッカーを楽しんでいる部員たちの間に、爆竹を投げ込むような行為に思えて気が引ける。
「はぁ〜〜〜っ」
知らずため息が漏れた。その力のない呻き声にヤマヒコが、
『アキラ、大丈夫?』
と、心配してくるが返事に迷う。大丈夫と胸を張る心境じゃないけど、俺は駄目なんだなどと弱音は言いたくはない。ヤマヒコ相手だろうと絶対に言いたくない。
──さて、何て返すかね……。
言葉を選んでいるところで、背後から声を掛けられた。
「どうした? 悩み事か?」
「うおっっ!」
屋上には自分しか居ないと思っていたので、予想外の不意打ちに、心底驚いた。
慌てて振り向くと、花壇の陰に御堂があぐらをかいて座っている。
「……お前、何やってんの?」
近くにベンチがあるのに、わざわざ地面に座り込む理由がわからない。まさか、わざわざ姿を隠してアキラを驚かせてやろう、と画策した訳でもあるまい。
「何って、部活が始まるまで時間があるからな、暇つぶしを兼ねてデッサンをしている」
そう言って、御堂はノートを掲げた。
御堂は自分の作品を恥ずかしがって隠すようなタイプではないらしく、花壇の花が書かれたノートの中身もしっかりと見えた。どうやら、間近で花を観察する為に座り込んでいたみたいだ。
──そういやシャーペン、貸したままだったっけ。
興味が湧いて、ノートをじろじろと眺めたが、あんまり良し悪しがわからなかった。
アキラに比べれば雲泥の差だが、そこらの売れない漫画家の方がずっとマシ、そんな感じ。
そんな微妙な評価をアキラの顔色から読み取ったのだろう、御堂は言い訳がましく呟いた。
「まだ、勉強中の身なんだよ。……で? 何やら黄昏ていたが、部活紹介が期待外れだったのか? 滋賀とサッカー部を見に行ったんだろう?」
「いや別に……」
咄嗟に誤魔化そうとしたが無駄だった。
「お前みたいな自分勝手な奴がサッカーやろうとすんなよって、またキツイ事を言われたな。滋賀じゃないよな? 誰に言われたんだ?」
「おまっ、聞いてたのかよ⁉︎」
「別に盗み聞きした訳じゃないぞ。佐田が勝手に言ったんだ」
それはそうだが……でも、アキラが余計なことを呟く前に声をかけてくれてもよかったはずだ。
『せっかくだから相談に乗って貰えば?』
『うるさい! 大体、おまえ耳がいい癖に御堂の存在に気づいていなかったのかよ!』
『え? ……いや御堂君だとは知らなかったけど、誰か居るのは知ってたよ』
『はあ⁉︎ 何で言わねえんだよ⁉︎』
『ええ? 言わなきゃならなかったの?』
頭の中でヤマヒコと言い合っていると御堂が立ち上がり、ズボンを叩いてホコリを払った。
そして、改めてベンチに座り直すと、アキラを見上げて言う。
「これでも去年までサッカーやってたんだ。シャーペンの借りもある。アドバイスの一つや二つは出来ると思うぞ」
「いらねえ。……てか御堂は何で部活紹介に来なかったんだ? 美術部も出てたぞ?」
「また、露骨に話題を変えたな。露骨すぎてバレバレだ。──因みに部活紹介に行かなかったのは、美術部に入る事が俺の中で決まっていたからだ。決まっているなら、わざわざ見に行く必要もないだろう。……で、何を悩んでいるんだ?」
「だから、いらねえって──」
「サッカーで自分勝手を通す方法なんかも知っているぞ」
話を打ち切ろうとしたアキラは、御堂のピンポイントな一言に固まった。
今の一言は、あまりにもアキラの核心をついている。
「お前、なんで……」
何故、アキラの悩みが分かるのか? うまく言葉に出来なかった質問を御堂は正確に察した。
「俺もそういうタイプだったんだよ。何につけても自分の都合を優先する奴だったから周囲とはよく揉めた。チームワークのチの字も無い奴がサッカーやるのは大変だよな?」
「……まあな」
「似た者同士ということで話してみろよ。なに、頑張ってみんなに合わせるべきだ、なんてアドバイスなんかしないからさ」
「…………」
御堂の提案にアキラは迷った。珍しく迷った。
基本的にアキラは、自分の悩みを誰かに打ち明けたりはしない。自分の弱味をさらけ出すように思えて好きになれないからだ。特に人間関係に関することならなおさらだ。
だから、友達にもしないし、先生にもしない。いつも一緒にいるヤマヒコにもしないし、両親にすらしない。妹? 明日、地球が滅んだって絶対にしないぜ。
とまあ、そんなアキラではあるが、今、どうにもこうにも行き詰まっている。
──経験者だし、参考になるか?
──いや、でも……。
──どの道、弱音は聞かれている訳だし……。
──いやいや、でも!
短い間に、かなり激しい葛藤があったが、最終的に話す方に天秤が傾いた。
「そうだな……ちょっと聞いてくれ」
慣れない行為に居心地の悪さを感じながらも、これまでのことを話し始めた。