24 担任先生
アキラの高校生活が本格的に始まった。
最初の授業は、クラスの親睦を深める為のオリエンテーションで、教壇の上では、まだ20代前半と思える若い先生が、教室の約30人以上の生徒達に語りかけている。
「今日から本格的にみなさんの高校生活が始まります! 新しい環境に戸惑うこともあるでしょう! ですが、高校生というのは、色々なことにチャレンジできる幸運な時期です! ですからみなさん、これからの生活にたくさんの夢を持って下さい! 先生はそれを応援します!」
この夢見がちなセリフを溌剌とした笑顔で言い切った、この場で誰よりも夢と希望で溢れている先生が、アキラたちの担任だ。
黒板に書かれている自己紹介によると、夢崎未来という名前らしい。第一印象に過ぎないけど、これほど名は体を表す、という言葉を地で行く人は、初めて見た。
目を輝かせながら語る彼女は、アキラたちよりずっと年上な筈なのに、どうにもそんな気がしない。
美人ではないけど可愛い、そんな感じ。
そんな彼女が、達筆だが、どこか女性らしい丸っこい文字で今後の日程を書き連ねて行く。
『ねえ、ねえ⁉︎ なんか面白いイベントとかないの⁉︎』
文字を見ることの出来ないヤマヒコが、ウキウキと尋ねてくるが、ヤマヒコは基本学校生活に夢を見すぎだ。
「ねえよ」
と、ぶっきらぼうに返した。
嘘じゃない。アキラに言わせれば、学校の半分はつまらないことで出来ている。
「ではこれから、みんなの親睦を深める為に、1人ずつ自己紹介をやりましょう!」
な? 言った側からさっそくだ。こういうの、ほんと意味がわからない。
変な感じにプレッシャーかかる上に、一度に何十人の自己紹介を聞かされても覚えきれない。
ついでに言えば、この手のイベントで誰かと親睦が深まった試しも無い。
なので五十音順、5番目に回って来た自分の番では、名前と音楽が趣味ってことだけを短く述べて、さっさと自己紹介を終えた。
「音楽が好きなんですか⁉︎ いいですね! この学校にも吹奏楽部や軽音部がありますから、良かったら顔を出してみて下さい!」
アキラのおざなりだった自己紹介に、明るく前向きなコメントを付けてくれる夢崎先生は、生徒思いの良い先生だと思うが、あいにくと、アキラにとって音楽とは聞くもので、演奏する立場に回る気は決してなかった。
だから、まあ、隣の席から、「え? 佐田くんは、もしかして吹奏楽部に入る気なんですか?」という視線を向けて来なくても大丈夫だから。ラッパ、吹かねぇし。
──部活か……。
──入るとしたら、帰宅部か……サッカー部か……。
滋賀槍也が天秤に来なかったら、帰宅部一択だっただろうが、今は自分でも、ちょっとわからない。
──夢を持って下さい……ね。
素人が、15歳の今からサッカーを始めて日本代表を目指すのは、まさに夢物語だろう。
普段のアキラなら一蹴する所だが、そんな夢物語に人生を賭けた馬鹿がいたことで、アキラの方まで引っ張られている。
──やるなら、中途半端は無しだ。
──本気で取り組んで、ガチで全国を目指す。
──でも、そうなるとなぁ……。
そんな風に、サッカーについて頭を悩ませていたアキラは、ほかの奴らの自己紹介をほとんど聞いていなかったのだが、
「はい、それでは、次は滋賀琴音さん。よろしくお願いします」
と、このクラスで唯一知っている名前が出てきたことで、現実に戻ってきた。どうやら、既に男子の自己紹介は終わり、女子まで回ってるらしい。
呼ばれた琴音は、「はい」と短い返事をして立ち上がった。何気ない動作だが、背筋がピンと伸びていて、彼女の生真面目さが伝わってきた。アキラとは大違いだ。
「滋賀琴音です。みなさん、よろしくお願いします。好きな科目は英語と古典。趣味はお菓子作りです。部活はサッカーが好きなので、サッカー部のマネージャーをやりたいと思っています」
短いがハキハキとした自己紹介は、おおむねクラスの奴らに良い印象を与えたらしい。中でも、先生は嬉しそうにコメントを返した。
「わあ、マネージャーですか⁉︎ いいですね、縁の下の力持ち! 歓迎します! サッカー部へようこそ! 一緒にサッカー部を盛り上げましょう!」
「「えっ?」」
先生の言った、最後のフレーズが引っかかって、アキラと琴音の声が重なった。
声が重なったことで、琴音と顔を見合わせたが、アキラは自分が会話に割り込んだことに気づいて気まずくなり、そっぽを向いた。
なので琴音が、どこか恐る恐る、といった風に尋ねた。
「あの……夢崎先生がサッカー部の顧問なんでしょうか?」
「はい! 今年からサッカー部の顧問を任されました! まだルールブックを覚えている最中なんですが、オフサイドとか難しいんですよ! ですから、滋賀さん。先生に色々と教えて下さいね」
先生は朗らかな笑顔で言ったが、琴音は笑えなかった。アキラもだ。
──顧問が女の人で、未経験者……。
この学校が、如何にサッカー部に力を入れてないかが、これでもかという程に良くわかった。
公立の部活動なんてそんなもんかもしれないが、一つだけ言える。アキラはやるか決まってないから置いておくとして……滋賀槍也の指導者としては最悪に近い。
「…………え、ええ。私に出来ることならなんでも言って下さい。よ、よろしくお願いします」
そう返した琴音の顔は少し引きつっていた。
……。
……。
その後も、自己紹介はつつがなく続けられ、最後の一人が、若干、たどたどしく自己紹介を終えた。
「次は席替えと行きましょう!」
そう、弾んだ声で言った先生は、教壇の下からくじ引き用の箱を取り出した。芸が細かいなぁ、と思う。
端から順に、くじ引きボックスが回されて、アキラたちは一人一枚ずつ引いて行った。
「みなさん、引きましたね。──では移動して下さい」
先生の号令と共に、鞄と教科書を抱えて、思い思いに移動を始めた。
アキラは教室の入り口側、最後尾だった席から、一番窓際、中程の席へと移動することになった。
日当たりがいいし、悪くないのだが、
『あー……琴音ちゃんと離れちゃった。寂しー……』
くじ引き前とくじ引き後で全く移動の無かった滋賀の妹と距離が空いた事で、ヤマヒコのテンションが凄い下がっていた。
別にアキラは寂しくはないのだが、こうも滅入られると、こっちまで気が滅入ってくる。
気分転換に窓の外を眺めた。
──へえ……。
三階から眺めるグラウンドは、アキラが感嘆する程広かった。
中学では狭いグラウンドを、各運動部が譲り合いながら使っていたイメージがあったのだが、天秤は、多分それぞれが独立して使えるくらいに広い。新興学校(といってもアキラの生まれる前には創立していたのだが……)の強みだろう。
「悪くないな」
そんな風にグラウンドを眺めていたら、
「こら、佐田君。授業中ですよ。先生のお話はまだ終わっていません!」
そう注意されたので、頭を軽く下げて、先生の方へと向き直った。
……。
……。