21 天秤高校の入学式
4月の初め、全国の学校では一斉に入学式が行われた。
神奈川県立天秤高校も例に漏れず、続々と新入生とその親が門をくぐって行く。
アキラもまた、その中の一人だった。
「アキラ。じゃあお母さん、保護者席に行くから後でね」
「はいよ」
途中、母親と別れて、他の学生と同じく、一度、教室に向かう為に学生用玄関に向かうと、その脇には大きなクラス分けの張り紙が展示されていた。
1組から順に自分の名前を探して行ったら3組にアキラの名前があった。
『何組なの?』
「3組……」
『そっか! ちゃんとあるんだねー、これでアキラもいよいよ高校生かー……なら、青春しないとね⁉︎』
「別に、無理に青春する必要はねえだろ」
『サッカー部は?』
「……入んねえよ」
入学式という事で、特にテンション高いヤマヒコをあしらいながら校内に入ろうとした所で、背後から名前を呼ばれた。
「佐田!」
聞き覚えのある声に振り向いたら、そこには天秤高校の制服を身につけた滋賀兄妹が立っていた。
ほがらかな笑みを浮かべる槍也と、丁寧にお辞儀をする琴音。
二人とも元がいいので、制服の着こなしがアキラより数段似合っていて、アキラと同じ新入生がちらほらと二人の事を振り返っているが、ちょっと待て。
なんで二人がここにいるのか、さっぱり訳がわからない。
『え? いまの声は滋賀君? なんでここに?』
ヤマヒコが尋ねてきたが、それはアキラの方が知りたい。
戸惑うアキラの元へ、二人は近づいてきた。
「久しぶり! 今日からお互い高校生だな。ちょっと遅いかもだけど、合格おめでとう!」
「ああ……」
槍也のおめでとうに対してそれしか返せなかった。
人間、驚きすぎると言葉を失う。
そんな、まるで不意打ちを受けたようなアキラと違い、既に琴音からアキラの合格を聞いていた槍也は喜びはしても平常だった。
「ちょっと待って。俺もクラス分けを確認するから」
そう言って張り紙を眺め始めたが、目の良さにも定評のある槍也だ、直ぐに自分の名前を見つけた。
「俺は2組か……佐田は何組?」
「3組……ってか……」
アキラは、二人が何でここにいるのか問い詰めるようとしたが、それよりも琴音の方が早かった。
「3組ですか、なら私と同じクラスですね」
「はあ⁉︎」
振り返って、再びクラス分けの張り紙の女子の所を見ると、そこには滋賀琴音の名前がしっかりと記載されていた。意味がわからん。
「これから、よろしくお願いします」
生真面目に頭を下げてくる琴音だったが、アキラの方は合わせて頭を下げたりはしなかった。
「よろしく……じゃ、ねーだろ⁉︎ 東京は⁉︎ 水瓶は⁉︎ お前ら何でこんな所にいるんだよ⁉︎」
まるで怒る様な口調のアキラに、二人は顔を見合わせると、槍也が代表としてアキラの疑問に答えた。
「遅くなんかないよ」
「ああっ⁉︎ 何が?」
「高校からサッカーを始めることがさ……全然、遅くないんだ。——前に言ったろ? 俺とお前が一緒にサッカーすれば、とんでもないことになるって。きっと凄い楽しいし、地区大会を勝ち抜いて全国にだって行けるよ」
その言葉で、アキラは数ヶ月前のやりとりを思い出した。同時に、何故、目の前の男がここにいるかも理解して絶句した。全て、アキラと一緒にサッカーをする為に……、
「………………………お前、嘘だろう?」
それしか言えなかった。
『だっはっはっはっ! アキラ、超もてもてじゃん⁉︎ ふはははははっ!』
同じく理解したヤマヒコが爆笑したが、うるせえ。
いや、マジでうるさい。
アキラには全然笑えない。
将来を期待されている滋賀槍也が、サッカー強豪校からの特待を捨て、一般公立高校へ鞍替えするリスクはアキラにも容易に想像がついた。
ましてや、一般入試で来たなら受験に落ちる可能性は全然あっただろうし、もしかするとアキラの方が受験に落ちる可能性もあったのだ。そうなったら無駄足なんてもんじゃない。馬鹿もいいとこだ。
滋賀槍也は自分の人生をかけてここにいる。それがアキラにも伝わった。
あまりの衝撃に固まってしまったアキラに、槍也が言う。
「まあ、佐田とは改めて話をしたいんだけどさ……でも、その話は後にしよっか」
「そうですね、これから入学式です。──ほら、佐田君も行きましょう」
二人に促されたアキラだが、呆然としたまま何も考えられなかった。
まるで命令されたことをこなすだけの機械のように、鞄から内ばきを取り出して校内へと足を入れた。
因みにこの後の入学式で、お偉いさんの話やらなんやら色々とあったのだが、アキラは何一つ頭に入らなかった。
……。
……。
滋賀槍也が、当時、無名だった佐田明を追って、何の変哲も無い無名校に入学したことは、今では、少しでもサッカーをかじった日本人なら誰でも知ってる有名な逸話だ。
もはや、日本サッカー界における神話と言ってもいい。
滋賀選手がいなければ、佐田選手がサッカーを始めていなかったであろうことは、衆目の一致する所で、当人たちもそれを認めている。
それ故に、
「滋賀槍也の最も偉大な功績は、佐田明を見いだした事だ」
とまで主張する者も、少数ながら存在するほどだ。
しかしながら、当時の滋賀選手に対する世間の反発は、けっして少なくはなかった。
彼は『日本サッカー界の救世主』と呼ばれるほどに期待され、それは同時に、彼は彼にふさわしい環境で自己を鍛え、更なる飛躍を遂げる事を求められていた。
そんな彼が、ろくな設備も指導者もいないような無名の公立高校へと進学したのだ。
「滋賀槍也は、競争から逃げた」
「滋賀槍也は、お山の大将に成り下がった」
「滋賀槍也は、日本のサッカーを牽引する器ではなかった」
そう非難する声は強かった。むしろ、彼に期待していた人間ほど失望し、厳しい言葉を投げかけた。
滋賀槍也の名声と評価は地に落ち、泥にまみれた。
それが間違いだと、滋賀槍也が本当の天才だと世間が知るのはしばらく後のことで、それは本人の活躍というよりも、むしろもう一人の三傑、『暴君』佐田明が頭角を現し、その力を知らしめることで、滋賀槍也の名誉挽回が成されることとなる。
これで、第1章が終わりです。ここまで読んでもらえて嬉しいです。
ブクマ、評価、誤字脱字の訂正など、自分の小説にひと手間かけてくれた皆さん、ありがとうございます。
感想、レビューをくれた方々、楽しく読ませてもらっています。
次話からは、第2章、高校編になります。よかったらこれからも見て下さい。