14 とある日の野良試合3
「あいつ、寄せて来なくなったな」
『また裏を取られる事を警戒してるんじゃないかな? ……これだけ警戒されてると、もう一度、裏を取るのは無理そうだよ』
「なら、その分、手前でパスを捌くか。むしろ好都合だ」
『オッケー! じゃ、右サイドに寄ってパスを貰おう』
アキラは、ヤマヒコの指示どおり右サイドに寄ってサイドバックからパスを受けたのだが、
『駄目だ、前は空いてない。一度、戻そう。ボランチ空いてる』
「ああ」
相手チームの陣形に隙がなかったので、寄せられる前にボールを手放した。千葉との距離が開いたので、さっきまでより更に余裕を持ってパスが出せる。
そして、中央に戻りつつ、再びパスコースを探した。
『いやあ、なんとか形になってきたね!』
「そうだな」
アキラは頷いた。ヤマヒコの言う通り、戦術が上手く機能している実感がある。
戦術というと大仰に聞こえるかもしれないか、アキラの、そしてヤマヒコの考えは至ってシンプルで、1対1の競り合いになったら必ず負けるので、そうなる前にパスを繋いでしまおう、というものだ。
出来るだけ前に。でも、それが無理だったら横や後ろにでも構わない。一番大事な事はボールを取られない事だと思ってる。
『でも、まだイケるよ! アキラはまだボールに振り回されているよね? そうじゃなくて、こう、逆にボールを振り回す感じで味方との線を繋いだ方がいいんじゃないかな?』
「わかりづれえよ。もっと、わかりやすく言え」
『えー……難しい要求するね……』
「頑張れ。なんとかしろ。あと、何処に走りこめばいいかの要求も、もっとシンプルにしてくれ。……そうだな、ボールに対して、寄って受ける、引いて受ける。それから、フィールドに対して、上がる、下がる、が、基本で」
『わかった』
思えば、アキラがヤマヒコと、こうまで熱心にやり取りを交わすのは、これが初めてかもしれない。
その甲斐があって、中盤でのパスが上手く回る様になってきた。次は前線に回したい。その為には、
「ヤマヒコ。サッカーに関する言葉で、俺が好きだなって思う言葉があるんだけど、多分、今の俺らに一番合う言葉だ」
『アキラが好きな言葉? 何? どんな言葉?』
「サッカーは、ボールを持っていない時にどう動くかで勝敗が決まる」
その言葉を知ったのは、サッカークラブでも専門書でもなく、とあるサッカー漫画なのだが、でも的を射ているとアキラは思ったし、なんとなしに気に入ったので、今に至るまで覚えていた。
『うわっはっはっはっ! アキラらしー!』
ヤマヒコが爆笑した。頭の中に笑い声が響き渡る。
『ボールを持っている時じゃなくて、いない時ね! もう、いかにもアキラが好きになりそうな言葉だね!』
「うるせえ! 笑ってねーで真剣に聞け! 真面目な話なんだよ!」
『わかる! いや、わかるよ! 要は位置取りの時点で優位に立てってことだよね? アキラ、ボールキープ出来ないから尚更に……確かに今の俺らの指針となる言葉だね!』
「だろ? じゃあ、やるぞ。今度はフォワードに繋げる」
『あいあいサー!』
アキラの要求にヤマヒコは陽気な合いの手を入れた。
そしてしばらくして、再びボールが回ってきたので、真横に、さっきパスが遅れたウイングに渡した。
ボールを持ったウイングは、そのままサイド際をドリブルで駆け上がる様に見せかけて、中に切り込んできた。
かなり機敏な動きだった……が、マークもしっかり着いてきてボールを奪おうと身を寄せている。
只、アキラと違いボールタッチが上手く、足の裏やアウトサイドでのターンを使って上手くかわしている。中々にいい勝負……、
『引いて貰え!』
2人の勝負に気を取られていたアキラだったが、ヤマヒコの言葉に弾ける様に動き出した。
「パスくれ!」
ちょうどウイングの真横にいたアキラは、そのままウイングから離れて、左サイドから右サイドへ移動する様に走り出した。
走り出してからわかった。全体的に人が左サイドへ寄り気味で右サイドが手薄だ。更に千葉もウイング対決に気を取られて左サイド寄りでアキラへのマークが一歩遅れた。
「ヘイ!」
今度はパスが遅れなかった。しかも、味方のウイングはドリブルが上手かったが、パスも上手く、パスルートがアキラの真後ろではなく、若干、相手側にずれていた。アキラが前を向き易い様にだ。
それを右足で受け止めると自然と前を向く体勢になり、
『縦! 縦!』
アキラがトラップした地点から、真っ直ぐ正面。
右のフォワードである滋賀へのパスコースが空いていた。
——いよし!
相手チームを出し抜いて先を行った。
千葉が必死に追いかけて来るが、
「遅えよ!」
アキラがパスを出す方が早い。ゴロゴロと転がるボールは、誰にも捕まる事なく前線へとたどり着いた。
「やっと前まで行ったぜ……」
『上がれ! 斜め前ダッシュ! 中央に!』
「うおっ⁉︎」
息つく間もなく、再び走り出した。
千葉が左に右に動いたことで、真ん中にぽっかりと誰もいないスペースが出来ている。他の選手のフォローもない。ボールを持っている滋賀へ注意が向いているからだ。
「パス! 戻せ、戻せ!」
滋賀はゴールに背を向けてボールを確保していたので、アキラの動きに容易に気付き、アキラの要求通りパスを戻した。
「ははっ!」
よく漫画で誰もいない空間へ走り込むシーンを見かけるが、自分でやってみると、想像以上に爽快な気分だ。
『どう⁉︎ 注文通りじゃない⁉︎』
ヤマヒコがドヤ顔ならぬドヤ声を上げた。
思わず、調子に乗んな、と、言いたくなったが、確かにアキラの注文通り……いや、それ以上だ。パスを受け取った時点で既に勝っている。
敵がいないので、アキラの素人丸出しの拙いドリブルでも容易に進めるし、敵の最終ラインがアキラを止めようと前を塞いだが、
『左後ろから、味方が来てる! ボールを横に流して!』
ヤマヒコに導かれるがままに、ちょこんと横パスを出す。
それを走り込んで来た味方が受け取り、そのままフリーでペナルティエリアへと侵入した。キーパーと1対1だ。
「おらあ!」
気合いと共に豪快に右足を振り抜いて力強いシュートを打った……のだが、気合いが空回ったのか、ボールは枠から盛大に外れて、あさっての方向へと飛んで行った。
『あっちゃー……』
絶好の機会が凡ミスで潰れ、ヤマヒコが落胆の声をあげた。
いや、ヤマヒコだけじゃない。周囲には、まるでPKで思いっきり枠外に蹴り出してしまったかの様なガッカリ感が漂っている。
アキラも、このしくじり男にひとこと言おうと口を開きかけたが、
「小太郎、ドンマイ! 凄く思いっきりのいいシュートだったよ!」
という、滋賀のフォローが真っ先に聞こえた事で勢いが削がれた。アキラだけじゃなく他の味方も同様で、「ドンマイ!」とか「惜しかったよ!」などと、フォローの言葉を投げかけていく。
更に、滋賀はアキラの元へと近づき、
「佐田もナイスパス! 凄くいいプレーだったよ!」
爽やかな笑顔でアキラの事を称賛すると、自分の持ち場に戻って行った。
『いやー、滋賀君はいい奴だね!』
「そうだな……」
『でもって、サッカー選手としても凄いし!』
「そうか?」
ヤマヒコのしみじみとした呟きに、思わず問い返した。
いい奴という表現はアキラにも納得できるが、サッカー選手としての評価には、イマイチ納得出来ない。
いや、別に日本代表の滋賀の実力を疑っているわけではないのだが、今日の試合に限って言えば、つい今し方の、ポストプレーからのアキラへのリターンパスぐらいしかやってない。
まだ、凄い選手と言えるだけの働きをしてないと思ったのだが、ヤマヒコの意見は違った。
『そうだよ。一番、声出してコーチングしてるし、ボールが来ない時も、いざ来た時の為の準備を徹底しているよ。アキラの言う、ボールを持ってない時の動きだね。それに、アキラが駄目駄目だった時も、下がってフォローしてくれたよ』
「なるほど……」
どうやら、アキラの気付かない所で色々と助けられていたらしい。
「なら次は、いざという時の為の準備を使わせてやるか」
『だね。大丈夫、今のアキラなら出来ると思うよ』
2人の方針が決まった所で、相手チームのゴールキーパーがボールを蹴りだし、試合が再開した。