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12 とある日の野良試合1

 試合が始まって、およそ15分。

 アキラはフィールドの真ん中あたりで、自軍のディフェンスゾーンからボールが上がってくるのを待っていた。


『いや〜、流石、経験者の集まりだねぇ。行き交う声の量が違うわ』


 ヤマヒコの呟きに、思わず、なるほど、と思う。

 確かに、みんな声を出しているし、身振り手振りも、自己主張が激しい。体育の授業や球技大会とは空気が違う。

 さて、そんな中で、攻撃の起点ともなるトップ下のポジションを任されたアキラだが……ぶっちゃけ苦戦していた。

 ボン——とディフェンスからアキラに向かって縦パスが放り込まれた。


「わっ……と!」


 弾むボールをなんとか受け止めると、同時にヤマヒコが告げた。


『左、左! 左サイドのウイングがいい感じ! でも、後ろから来てるから急いでね!』

「ああ⁉︎」


 ヤマヒコの言葉に従って左サイドを見たが、確かにパスを出せれば有利になると思った。

 だが、もたもたとトラップしている間に、アキラをマークしている男(確か千葉という名前だった)が距離を詰めて来て、パスを出せる状況ではなくなった。

 足を伸ばしてボールを奪い取ろうしてくる。


「ちっ、……くっ!」


 慌てふためきながらも、千葉に奪われまいと、ボールと千葉の間に自分の体を挟んでガードしたが、もうパスを出すどころじゃない。


 ——鬱陶しいな、こいつ!


 胸の内でそう毒づいてしまう位に、ちょこまかちょこまかと足を伸ばしてくる。そして、


「げっ⁉︎」


 執拗なプレッシャーで思わず足元が狂った。ボールがコロコロとアキラの足元から溢れおちた。

 咄嗟に足を伸ばしたが、全然届かない。

 その溢れ玉を別の敵が拾い、大きく前線のフォワードに向けて縦パスを出した。

 一瞬で攻守が切り替わり、ゴールエリアの手前で白熱した戦いが繰り広げられる。

 敵チームの面々はアキラとは違い我慢強くキープして、こっちのディフェンスに囲まれたらショートパスで味方に繋いで、虎視眈々とゴールを狙っていたが、ある時ボールが溢れた。

 双方のチームにとって予想外だったが、一番、ボールに近い敵の中盤の選手が拾い、そのままツータッチからのミドルシュートを打ったが、ゴールの枠を大きく外れた。


『ふ〜〜、セーフ〜〜。良かったね、アキラ』

「……良かったね、じゃねーし」


 思わず悪態で返した。

 結果、外れたとは言え、アキラがボールを奪われた事が、カウンターのきっかけだったのだ。

 それも、今回だけじゃない。試合が始まってからの15分で、すでに何回も同じ様にアキラの所で奪われている。


 ——ちっ……。


 面白くなくて、小さな舌打ちが出てしまった。

 気持ちを切り替える様にボールを見ると、丁度、キーパーによる試合再開のゴールキックが放たれた所だった。その大柄な体格に見合った高い高いロングパスを右サイドのウイングがしっかりと足元にボールを確保した。


 ——上手いな。


 アキラも同じ様なボールを貰ったのだが、アキラの場合は、あっさりと千葉にボールの落下地点を取られて、トラップにすら行けなかった。


 ——ああ、だから真ん中の俺じゃなくて、ウイングに……。


 味方のキーパーから大分、舐められているが、そもそもアキラは素人だ。舐められている、というよりは順当な評価だろう。むしろ、ふざけた高評価の滋賀の方がおかしいのだ。

 今も、ボールのキープをしたのはいいが、敵のウイングに前を塞がれて進めないウイングが、横にいるアキラをチラリと見たがパスは来なかった。

 悔しいが正解だと思う。今、受け取っても、さっきと同じ様に千葉にしてやられるだけだ。

 前にも進めず、横にも出せないウイングはゴールに背を向けて、後方でフォローしていたディフェンスにバックパスを出した。

 パスを受け取ったディフェンスはそのままセンターに、更には逆サイドへとボールが回っていく。

 経験者による鮮やかなボール回し……なのだが、自軍のフィールドから進んでいない。

 ゴールを奪う為には縦に進まなくてはいけないのだが、チームのど真ん中であるトップ下が使えないとなると、かなり選択肢が削られる。今もサイドから突破しようと試みているが上手くいってない。


 ——畜生! やっぱりガチにやってる奴らには敵わねーじゃねーか⁉︎


 内心で毒づきながらも、ボールを貰いに左サイドに寄ると、攻めあぐねていた左のウイングが、苦し紛れにボールをよこした。

 このボールをなんとか前に繋げたいのだが、アキラが前を向く前に、再び千葉からアタックを受けた。

 さっきと同じ展開だ。素人同士の戦いだった球技大会とは違って、相手はのんびりしてない。トップ下のアキラがボールを持ったら、千葉は素早く体を寄せてくる。


 ——っとに、うぜえ!

 ——1度下げるか? いや、ここで下げたら、次も一緒だ。

 ——それよりも……。


 ジリジリと後退させられる中、一か八かドリブル突破を試みた。

 アキラは敵ゴールに背中を向けてボールをキープしていたが、意を決して、相手の意表を狙って、ボールを半時計回りに切り替えした。

 インサイドターンという、足の内側でボールを進めるターンは、素人でも形だけなら容易に出来る。これでタイミングをずらせれば、千葉を抜いて前を向くことができる……と期待したのだが、千葉はあっさりとついてきた。

 ぴったりと寄り添われ並走された。そして、アキラが次の策を考える前にスルッと胸の前に腕を差し込まれたかと思いきや、いつのまにか前にいかれてボールを奪われた。更に今しがたのアキラの様にクルッと前を向いた。

 アキラは突然のターンについて行けずに、フィールドの中央に1人悲しくほっぽり出された。

 そしてフリーになった千葉が、アキラを置き去りに中央に向かってドリブルを開始した。

 味方がマークに付こうとしたが、それよりも先に、千葉から前線にパスが通った。

 フォワードとディフェンスの1対1。

 フォワードは軽やかなタッチで前を向き、そして、まだゴールまで距離があるにもかかわらずミドルシュートを放とうとした。それをディフェンスは体を張って防ごうとしたが、シュートは囮だった。

 ボールを蹴る手前でシュートモーションを止め、インサイドターンでディフェンスの逆を突いてペナルティエリアに侵入した。

 他の味方のカバーも間に合わず、キーパーと1対1だ。

 こうなると、俄然、攻め手が有利で、今度こそ放ったシュートがゴールネットに突き刺さった。


「よっしゃあああ!」


 点を取った事を誇示する様に右手を掲げると、周囲の味方がわらわらと集まった。掲げた腕と、次々とハイタッチを交わしている。


『ああ、点を取られちゃったね……でもドンマイ、ドンマイ、試合はこれからだよ。落ち込まずに行こう!』

「……別に落ち込んでねえよ」


 アキラは、ヤマヒコの励ましの言葉にぶすっと答えた。

 若干、強がりも入っていたが、でも、実際落ち込む理由がない。

 周りが経験者だらけの中でズブの素人が活躍できる方がおかしいのだ。しかも、アキラはそれを予想していた。なのに滋賀の兄妹が無理矢理引っ張って来たのだから、全ての責任は滋賀兄妹にある。


 ——だから、俺は何一つ悪くない。


 そう思いながら、試合再開の為に自軍のフィールド、トップ下に戻っていると、同じく、自軍のフィールドに戻ろうと駆け足してる千葉とすれ違った。

 そして、すれ違いざまに、


「なんつーか、オタク、只の素人じゃん? ちょっとがっかりだわ」


 という、大変むかつく一言を貰った。


「…………」


 いや、お前の言う通り、俺は只の素人だよ? 何なら、最初からそう言っていたじゃねーか? そんな素人相手に容赦なく責めてきて、しかも得意げに勝ち誇るとかスポーツマンとしてどうなんだろうな、マジで?

 あと、何ががっかりなんだよ? どう見ても、一欠片もがっかりしてねーだろうが?


「まあ、俺はあんなガキと違って精神年齢が大人だからな、無意味な口喧嘩なんてしねぇ」

『えっ?』


 心底、意外そうなヤマヒコの『えっ?』にアキラは噛み付いた。


「なんだよ? なんか俺、おかしな事言ったか?」

『いや、なんでもない! アキラはなんにもおかしくなんてないよ!』

「だろう? ……それよりヤマヒコ。ちょっと、やり方を変えるぞ」

『はい?』

「どうせ、試合が終わるまでは帰れねーんだ。なら、残りの時間で、一回くらいあいつに吠え面をかかせてやる」

『…………うん、まあ、やる気があるのはいい事だよね』

「だから、まず……」


 ヤマヒコの賛同を得て作戦を話し始めた所で、キックオフからの試合が再開された。滋賀がボールを持って駆け上がる。


「ちっ、まだ、はえーよ…………しょうがねーな、やりながら変えてくぞ」

『オッケー!』


 アキラはヤマヒコと会話を続けながら走り始めた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] とても楽しく読ませて頂いております。サッカー初心者の私でもとても楽しめる素晴らしい作品だと思います。 [気になる点] ただ一言言わせてください ウィングウィングうっせ一よ
[一言] 削れ削れ
[一言] 弁当の件は要らない
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