10 日曜日のお出かけ3
日本サッカーの救世主と呼ばれる滋賀槍也を生み出した公園から歩くこと10分少々、どうやら目的地に着いたらしい。
そこは河川敷のグランドだった。
「到着!」
「お疲れ様でした」
息のあった二人のやりとりを聞きながら、アキラは首を傾げた。
「いや、誰もいねえぞ?」
「そりゃ、キックオフは1時からだからな」
その言葉に思わずスマホを取り出すが、現在11時30分。まだ1時間半も余裕がある。そりゃ誰もいない訳である。
「早すぎねえ?」
「そうですか? お昼ごはんの事も考慮すると、そこまで早くはないと思います」
「お昼ごはん?」
「はい。試合直前に食べるとお腹が痛くなりますからね。まだ12時前ですけど、お昼にしましょう。──兄さん、シートお願いします」
「わかった!」
槍也がスポーツバックの中からブルーのレジャーシートを取り出した。それを草むらの上に広げて、風で飛ばされない様に四隅に小石を置いていく。
テキパキとした行動で、あっという間にシートが広がった。
琴音は靴を脱いでシートに上がると、バックの中からお弁当箱を三つ取り出した。
「佐田君の分も作って来たのでどうぞ」
「そりゃ、どうも……つか、オタクが作ったの?」
「はい」
そう頷かれてアキラは少なからず驚いた。
中身にもよるが、中学生で料理が出来る女の子は数少ないのではないか? それとも、それはアキラの偏見で、世の女子中学生は、みんな料理が出来るのだろうか?
なんにせよコンビニでおにぎりでも買う気だったアキラとしては、一食分浮いて助かったと言える。
静岡まで遠出して、少し歩きもしたから小腹もすいてる。
アキラは靴を脱いでシートにあぐらをかくと、手渡された弁当箱を開けた。
「おー……」
蓋を開けたら、思わずそんな声が出た。
ごはんと肉と野菜が、カラフルかつ綺麗に盛り付けてある。
率直に言って、美味そう、という感想しか思い浮かばない。
むろん、味は実際に食べて見なければわからないのだが、これで不味かったら詐欺だと思う。
——こいつ、料理上手いんだな。
——母さん……負けたな。
アキラは、別に自分の母の料理の腕前に不満があるわけでもないし、好きでもあるのだが、それはそれとして、見た目だけなら母の負けだ。
そして、そんな美味そうな弁当の中でも、特に目を惹く一品があった。
「肉詰めピーマン……」
「げっ! ピーマン!」
呟いた言葉が、槍也と被った。
思わずアキラ達は顔を見合わせた。
「佐田もピーマン、苦手なのか?」
「まさか? ……んな訳ねえよ」
槍也の質問に首を振って否定した。
アキラはピーマンが好きだ。ましてや、肉詰めピーマンとなれば更に好きだ。
あの、ピーマンの苦味と肉の旨味の混じり合う肉詰めピーマンには、何かと皮肉屋なアキラをして賞賛の言葉しか出てこない。
一体、どんな天才がピーマンの隙間に肉を詰めて焼く、などという奇想天外な事を考えたのか? あれを最初に考えた人間はノーベル賞に値する。と、アキラは心の底から思ってる。
当然、母にも頻繁に要求するのだが、残念ながら母には割と大雑把なところがあり、よくピーマンと肉が離れた代物が出来上がる。
アキラは割となんでも食べるし、わがままな要求もあんまりしないが、肉詰めピーマンのことだけは話が別だ。
一度、
「母さん。肉とピーマンが離れたら、そりゃ、もう肉詰めピーマンじゃねえ! 只の肉とピーマンだから!」
そう母に詰め寄った事があるのだが、
「文句があるなら、自分で作りなさい」
と、一蹴された。返す言葉もなかった。
まあ、そんな訳でアキラは肉詰めピーマンが大好きだ。
一方で、槍也はピーマンが苦手みたいだ。今も困った顔で妹を見ている。
「琴音……」
「頑張って下さい」
そんな二人のやりとりを見て、不思議に思って質問した。
「滋賀はピーマン嫌いなのか?」
「そうなんだ。 俺、ピーマンだけは苦手なんだ」
槍也が、彼らしからぬ、いささか情け無い表情で答えたので、今度は妹の方に尋ねた。
「なら、何で弁当にピーマン入れたんだ?」
「練習……ですね。兄さんは来年から寮生活になるんですけど、その時までに好き嫌いを直しておいた方がいいと思いまして。肉詰めピーマンは、ピーマン嫌いを克服するのに丁度良い料理だと本にも書いてありましたので、ちょっと試してみました」
「なるほど……」
琴音の説明を聞いて、一応、納得はできた。ただ、
——こいつ、余計なお世話だなぁ。
と、思いはする。
『いやぁ、麗しい兄妹愛だねえ! 優しいなあ! アキラも見習いなよ!』
「………………」
ヤマヒコの何の皮肉もない賞賛を聞いて、アキラは押し黙った。
一つの出来事に対して、アキラとヤマヒコで全然違う見解が出る時が割とある。
そういう時に、
——もしかして、俺、性格が悪いのか?
という疑問が、頭をよぎったりするのだが、
——まあ、ヤマヒコが能天気なだけで、俺が普通だろ……。
そう思い直すのが、いつものことだった。
気を取り直して、少し早い昼飯にした。
「いただきます」
と、行儀良く挨拶してから箸を進める二人を見て、アキラも軽く会釈してから箸を手に取る。
ちなみに、アキラは好物を後にとって置くタイプでもないので、肉詰めピーマンを真っ先に、とりあえず一口。
——うまっ!
素でそう思った。ピーマンと肉が、これまで食べた事がないくらいに一体化している。
「え? この肉詰めピーマン、滅茶苦茶美味くないか?」
「お口に合って良かったです」
思わず問いかけたら、琴音が笑みを浮かべた。
——うっ……。
女性慣れしてないアキラに、琴音の笑顔は少しインパクトが強かった。その性格には少し苦手意識を持っているが、美人である事は間違いない。なんか、余計な事を言った気がして、ごまかす様に他の具材に手をつけた。
——ちくしょう……どれもこれも……。
何がちくしょうなのか、自分でもよく分からなかったが、どの料理も普通に美味い。つい、ガツガツと箸が進んだ。
かなり早いペースで弁当を平らげていると、ふと肉詰めピーマンを前に困っている槍也が目に入った。
「そんなに嫌いか?」
「うん、まあ……でも、折角、琴音が作ってくれたんだから頑張ってみるよ」
半分、痩せ我慢をしている様に見える今の槍也は、とても、日本サッカーの救世主と言われている様には見えない。
——こいつも、普通の奴なんだな……。
同じ学校に通っているものの、完全に別世界の住人だと思っていたが、少しだけ、親近感が湧いた。
……。
……。