1 プロローグ
自分にとって、ファンタジー、異世界転生、エロ漫画家の話、野球の話に続いて、5作目です。サッカーの話を書きたいと思います。よかったら見ていって下さい。
仮に街の行き交う人々に、サッカーで日本が一番強かった時代は? というアンケートを取ったなら、大抵の人間は口を揃えて同じ答えを返すだろう。
三傑が揃っていた時代、と。
4番、 緋桜 義丸
7番、 佐田 明
11番、滋賀 槍也
世界でも類を見ない程の天才が、狭い日本で、同年代に3人揃った奇跡の時代。
彼らが19歳という若さで代表入りした後、およそ14年に渡り、それぞれのポジションと背番号は不動のものであったし、その期間の日本代表の戦績や、彼ら個人の戦績は、他のどの時代と比べても頭2つ抜けている。
現代の誰もが知っている、当時の誰もが熱狂した、日本サッカーにおける黄金時代。その原動力とも言える三人は、いつしか日本の三傑と称される様になる。
そんな彼らの数々の逸話を紹介する主旨のコラムであるが、その記念すべき第一回目には、滋賀槍也と佐田明が出会う話をとりあげたい。
滋賀槍也は、三傑の中では最も早くから頭角を現した男で、12歳のときにジュニアの日本代表に選出され、世界を相手に華々しく活躍した。特に、ディフェンスの裏へ飛び込むセンスと最後の決定力が飛び抜けていて、いずれは日本を背負うストライカーになると将来を大いに期待されていた。
一方、もう1人の三傑、佐田明は、滋賀槍也と出会った時はまったくの無名の選手だった……どころか、いかなるサッカークラブにも所属していない、いわゆる素人でしかなかった。
彼らは15歳の時に出会い、その出会いが互いの人生、そして日本のサッカー界を大きく変えていくことになる。
〜ずっとずっと、未来のコラム〜
紅葉が山を彩り始める10月の半ば、とある中学校の中庭で、軽音楽部のバンドがコンサートを開いていた。
音楽鑑賞が数少ない趣味のアキラは、そのバンドの演奏を、観客の輪から少し離れた後方で、壁にもたれかかりつつも割と楽しく聞いていた。
ちらりと前方の観客に注意を向けると、主に女生徒がきゃあきゃあと、黄色い悲鳴を上げている。
学園祭の1コンテストで可聴義務など何もないが、客の入りは中々に盛況だ。二階や三階のベランダにもかなりの人影が見える。学生どころか、ちらほらと教師の姿も見える程だ。
ちなみにその内の約7割は女性である。
というのも、このバンド、中々のイケメンぞろいで、なおかつ、この前なんとかの大会に出場してなかなかの評価を得たらしく、
「もしかしたら、将来、スターになるかも⁉︎」
「今の内にサイン貰っておく⁉︎」
という噂が、一時、教室の女生徒たちの間で流行ったものだ。
別にアキラは、彼女たちと仲良くコミュニケーションをとるような性格でもないので、わざわざ、彼女たちから聞き及んだ訳ではなく、偶々──といっても、彼女たちの会話は教室中に広がる大きな声ではあったが──とにかく、偶々、噂を聞いただけだが、それなりに期待していたし、今、彼らの音楽を聴き、中々に悪くないな……と、それなりに満足していた。
少なくとも、最後までは大人しく聞くつもりだ。
だが、
『駄目だな、こいつら。歌は音程狂っているし、リズムも悪い。きっと、音合わせとか全然やってねーな。まあ、無料だからいいけど、金とっていたら罵倒して良いレベルだよ』
容赦のない酷評がアキラの耳に入り、顔をしかめた。
苦々しげに思いつつも、黙殺し、そのまま続きを聞いていたら、更に、
『アキラ。マジでつまんないから、他行かないか? こいつら、全然、熱意がたんねーもん』
先程より大きな声でそんなことを言って来たので、つい我慢できず、
「うるさい、黙ってろ」
小さくそう呟いた。
そしたら、ちょっと離れた所で演奏を聞いていた女子たちが、耳聡くアキラの呟きを拾ったらしく、目をまん丸にしたと思ったら次の瞬間、不機嫌そうに睨みつけてきた。
どうやら、アキラが憧れのバンドにケチを付けたと勘違いしたらしく「なんで、あんたはここに居るの? 不満があるなら、どっか、よそ行けば?」と、どの娘の顔にも書いてある。
アキラは、誤解だ。──そう弁解したい気持ちに襲われたが、無意味であることを悟って諦めた。
何故なら、先のバンドに対する酷評は、彼女たちは聞こえていない事がわかっているから。である以上、どんな弁解も無駄だ。
彼女たちに睨まれ居心地が悪くなった状況では音楽も楽しめず、アキラはため息と共にその場を去る事にした。
次第に小さくなる音楽に、いささか未練を感じていると、
『いやー、アキラも見切りをつけたんだな? 正解! あれを聞いているぐらいなら、 水のせせらぎを聞いてた方が、よっぽど癒されるよ。なんなら、今から行く?』
アキラとは対極の晴れ晴れとした声が、そんな戯言を言って来たが無視する。
無言のまま人気のない方へ進み、丁度いいベンチがあったので座った。
そのまま脱力しながら辺りを見回しても、人影はない。
そのことを確認してから、ようやくアキラは口を開いた。
「おい、ヤマヒコ……お前、そんなに俺の趣味にケチをつけたいのか?」
繰り返すが、ベンチに座っているのはアキラ一人で周囲に人影はない。だが、返事は返って来た。
『いやあ、そんなつもりはないよ。俺だって音楽を聴くのは好きさ……でも、あれはないって』
「お前にはそうかもな? でも俺にはアリなんだよ、アレは」
『それは、わかるけど……でも、好きになれない音楽を延々と聞かされる俺の立場も思いやってくれよ』
「知るかよ、そんなこと」
『そんなー! 寂しいこと言うなよ!』
本当に寂しそうな声でそんなことを言われて、アキラはウンザリした。
「全く……一体、お前は何なんだろうな?」
それはこの半年と少しの間、幾度となく繰り返した質問であり、
『それは俺も知りたいねー』
その回答もまた、お馴染みのものだった。
……。
……。
佐田明は何の変哲もないごく普通の日本人だが、一つだけ他人とは違う所がある。それは、自分の体の中に良くわからない奴がいるという、極めてありがたくない個性だった。
始まりは今年の春休み、自宅の自室のベッドの上でお気に入りの音楽を聞いていたら、
『いやー、何度聞いても、ララサはいいねぇ』
そんな陽気な声がどこからともなく聞こえて来た。驚いたアキラが部屋の中を見回しても誰もいない。
それから、
「何だ……今の声は?」
『ん? どしたのアキラ?』
「! ……誰だ⁉︎ 誰か居るのか⁉︎」
『いやいや、何言ってるのさ、アキラ? ここはアキラの部屋だよ? アキラ以外誰もいないよ』
「お前だよ⁉︎ さっきからアキラ、アキラ、俺の名前を呼んでいる奴!」
『だから、そんな奴いないって。…………! もしかして俺⁉︎ 俺のことなの⁉︎ ……まさか、俺たち、会話しちゃってる⁉︎』
そんな噛み合わないやり取りを交わしたのがアキラと、よくわからない何かとの初めての接触だった。
幽霊か? 悪魔か? それとも、何らかの寄生生物か? もしくはアキラの頭がおかしくなって幻聴が聞こえるようになったのか?
とにかくアキラが問い質せば、その何かは快く質問に答えてくれた。
『俺はさ、アキラの中にいて、感覚を共有しているんだよ。アキラが音楽を聞けば俺にも聞こえるのさ』
驚くべきことにそいつは何年も前から、アキラが小学校を卒業する頃には存在していたらしい。
『アキラの卒業式、覚えてるよ。皆が、さよならー。中学校でも会おうねー。とかやってる時に一人でさっさと帰ったっけ。あれから丸2年か、月日が経つのは早いねえ』
そんなことを言われたアキラが、
──何だこいつ? 気持ち悪い。
そう思ったのは人として、ごく当たり前の反応だっただろう。
ついで、
「てめえ、俺の体から出て行け!」
そう、そいつに言い放ったのも、やはり自然な流れだった筈だ。
『いや、そんなこと言われても困るよ。そもそも、なんでここにいるかも分かんないし、当然、出て行く方法も分かんない』
と、何者かは告げたが、アキラは信じず即行動に移した。
階段を駆け下りると台所へ行き、冷蔵庫の中からタバスコの瓶を抜き取った。
それから再び階段を駆け上がり、自分の部屋に戻るとタバスコの蓋を開けた。
封は切ってあるが中身はまだ並々と残っている。
そして、何者かに警告した。
「感覚が繋がっていると言ったよな? なら見ろ。タバスコだ。お前が俺の体から出て行かないなら、これを一気飲みする。お前は地獄の苦しみを味わう羽目になるんだ。それが嫌なら今すぐに俺の体から出て行け! ──猶予はあと10秒だ」
今になって考えると、何故、あんな馬鹿な事をしたのか分からない。ただ、当時のアキラにとって得体の知れない何者かは、明確な敵であり攻撃対象だった。
もしくは父親の影響だったのかも知れない。
つい一月前ほどに、リビングのテレビの調子がおかしくなり、親父は「電化製品は叩けば直る」そう言ってバンバンとテレビを叩き始めた。
同じように、自分がおかしくなったのも、何らかのショックを与えれば元に戻ると考えたのかもしれない。自分とテレビを同一視するなどアホの極みだし、更に言えば、昔はどうだったか知らないが、今のテレビは繊細で、叩いた位じゃ直らず、むしろ叩かれた事で寿命が終わり、親父がアキラを含む家族全員から白い目で見られた事も覚えていた筈なのに、何故、タバスコの一気飲みなどという道を選んだのか?
ちょっと冷静に考えたならわかりそうな物だが、要するに冷静ではなかったのだろう。
『いやいや、アキラ! やめた方がいいよ! アキラは凄い誤解してるから!』
何者かの焦る様な忠告も、まるで、ヴァンパイアが十字架を恐れるが如く、タバスコに恐怖しているのだと、都合良く解釈した。
「10秒だ。くたばれ」
アキラはそう吐き捨てると、タバスコを一気に飲み干した。
そして、当然の如く悶え苦しむことになった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
タバスコの威力はアキラの想像を遥かに越えていて、声を出すことも出来なかった。それどころか立っている事すら出来ずにベッドに倒れこみ、身悶えた。
まるで、陸に打ち上げられた魚の様にピチピチと跳ね回りながら今までの人生を走馬灯のように振り返ったり。
こんな辛い目に遭うのに人は何故生きるのか? などと、神に問いかけたり。
これは試練であり、乗り越えた先に栄光がある。と、意味不明な悟りを開いたりと、つまりは思いっきり無様な醜態を晒す羽目になってしまった。
そんなタバスコショックも時間が過ぎればピークが過ぎる。
しばらくして、さて、あいつはどうなった? と考える余裕が出て来たが、その時、
『アキラ……大丈夫?』
と、何者かが心配そうにアキラの身を案じて来た。
──くそ、駄目か!
タバスコ作戦が失敗したことを悟ったアキラだが、それでも、何者かに向けて強く言った。
「はっ! どうだったタバスコの味は? もし、お前が俺の中から出て行かないなら、この先、幾度となくこの苦しみを味わう羽目になるんだぞ!」
口では強がったが嘘だった。一度タバスコの威力を思い知ったアキラは、二度と同じマネは出来ない。
だが、それを隠してブラフで追い出すことを狙ったのだ。
そんな虚勢をはるアキラに、何者かは心底申し訳なさそうに告げた。
『ごめん! さっきは感覚が繋がっているって言ったけど、それは耳だけ! 聴覚だけなんだ! だからアキラが聞いた音は俺にも聞こえるけど、アキラの見た景色は俺には見えないし、食べ物の匂いや味なんかもさっぱりわからない』
なんだそれは?
「はぁ? 耳だけ? ……じゃあ、今のタバスコの苦しみは?」
『さっぱりわからない』
そう言われてアキラはマジでキレた! この途方もない苦しみを味わっているのが自分だけとかありえない!
「ふざけんな! てめえ! 俺を騙したのか⁉︎」
『いやいや、俺には聴覚だけが全てだからさ、つい、人間には他の感覚があるってことを忘れちゃってね。別に騙すつもりはなかったんだよ』
その言葉をアキラは信じなかった。むしろ、こいつは俺を騙して遊んでいる。そう思った。
「お前、絶対に俺の体から追い出してやるからな!」
『いやー、一つの身体に共存している俺たちじゃん? しかも、折角、テレパシーか何かで会話出来るようになったんだからさ、仲良くやろうよ』
「仲良くなんか出来るか⁉︎」
最悪のファーストコンタクト。それが、アキラとヤマヒコの始まりだった。
その後、アキラはヤマヒコを追い出す為にあの手この手を試したが、ことごとく失敗。打開策がないまま、半年以上経過し、良くも悪くも、この奇妙な共同生活に慣れてしまった。
因みにヤマヒコという名前はアキラが付けた。なんだかんだ呼び名がないと不便なので、適当に思い浮かんだ山彦という言葉を、適当にもじっただけなのだが、
とうの本人は、
『ヤマヒコ⁉︎ それが俺の名前⁉︎ うわあ! 嬉しいよ! 別に聞くだけの人生に不満があった訳じゃないんだけど、でも、名付けられて名前を呼ばれるのは凄くいいね!』
と、大変な喜び様だった。
アキラとしては、心中複雑だ。
聞くだけの人生というのが想像出来ない。いや想像したくない。視覚がなければ味覚もない。行きたい所に行くことも出来ない。それは、最大限軽く言っても、大変な不自由なんじゃないかと思う。
だが、ヤマヒコはちっとも辛そうじゃなく、むしろ元気発剌としている。
特に最初の頃は、入りたての居候の様にこちらに気を使っていたのに、最近は、図々しさが増してきた。
今だってそうだ。
『やっぱりさ、俺とアキラって、ちょっと特殊な二重人格なんじゃないかな?』
「はあ? ……なんでそう思う?」
『ほら、アキラは、最初の頃、俺を追い出す為に色々と試したじゃん?』
「ああ、やったな……ついでに言えば今でもヤマヒコには出て行って欲しいぞ」
ヤマヒコはアキラの後半のセリフを完全にスルーして話を続けた。
『でもさ、除霊とか言って、臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前、うんたらかんたら、破ーー! とかやって、丁度、部屋を訪れた妹ちゃんに、何やってんの? 厨二病? とか、言われた事があったじゃん?』
「おい待て、協定違反だ! その事には触れない約束だろ⁉︎」
『ああ、悪い。……でもさ、そういう除霊とかって、お坊さんや霊能者でないと呪文を唱えても意味ないんじゃない?』
「悪いで済ますな⁉︎ 何が言いたいんだよ、テメーは⁉︎」
『要するにアキラは、色々と試しはしたけど、誰かに頼ったりはしないよねって事』
「………………」
アキラは今の指摘に反論することが出来なかった。実際、親にも相談していない。
更にヤマヒコが意気揚々と続けた。
『そんな、友達のいない、こじらせボーイのアキラ君。でも、本当は、みんなともっとワイワイやりたいんだ。──という気持ちが、明るく陽気な俺という別人格を作り上げたんだよ。つまり、俺はアキラの理想の自分なんだよ! だから、遠慮なく俺を見習って貰って構わないんだぜ?』
「…………」
ほんと、くそ生意気になったもんだ。
アキラはズボンの後ろポケットからスマホとイヤホンを取り出し、装着した。
ポチポチと画面を操作して、目当ての項目をタップする。
それは、こういう時の為に用意した、ガラスを爪でひっかく音だ。
準備万端、ミュージックスタート。
不快な音が流れ始めたが、それほどの音量でもないのでアキラにとっては大してキツくはない。アキラにとってはだ。
でもヤマヒコにとってはそうじゃない。
『ああああ! ごめんなさい! すいません! 調子に乗りました! ほんの些細な出来心だったんです、許して下さい! ガラス! ガラスは嫌あああああ!』
「たっぷり反省しやがれ」
半年間の試行錯誤でヤマヒコを追い出すことは出来なかったが、アキラに大した苦痛がなく、ヤマヒコだけにダメージを与える方法は幾つか見つけた。このガラスの音はその最たるモノだ。
およそ1分強、ガラスの音を聞き続けた所でイヤホンを外した。
「ヤマヒコ、反省したか?」
『はい。たっぷりと反省しました』
「俺はな、確かに陽気な性格とは言わないかもしれないけど、そんな自分に不満はないんだよ。ましてや、お前みたいになりたいなんて絶対ない」
『その通りでございます、アキラ様』
「第一、お前の言っていることは明らかに間違っているだろう? 友達なら2人もいる」
『……………………ソウデスネー』
ヤマヒコを言い負かしたアキラは、ベンチで空を仰いだ。
こうやっていつまでもベンチに座っているのも馬鹿らしい。かといって、他に観たいイベントもない。
「受験勉強でもするかー」
そう自らに言い聞かせると、ベンチから立ち上がって、自分の教室へと足を向けた。結局のところヤマヒコ以上にそれが悩みの種なのだ。
佐田明、15歳。中学3年の彼は、少し他の人とは違った所はあるが、それでも、数ヶ月後の高校受験が一番の悩みという、ごくありふれた中学生だった。