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冒険者登録を終えた私は、まだギルドの中で、先程の受付嬢さん……トーリさんと話をしていました。
「そうですね……。この町で、銃という武器を扱っている店は無いと思います。製作可能な職人さんもいないでしょう。南通りの露店街なら、掘り出し物としてあるかもしれませんが……手に入る可能性は、高いとは言えないでしょう」
「そう……やっぱり、このあたりではマイナーな武器なの?」
「はい、多分そうだと思います。少なくとも私は銃を使っている方を見たことはありません。マリス様はどちらでそれを手に入れたんですか?」
「最初から持っていたのよ。異界人は、自分の技能にあった武器を持ってこの世界に飛ばされるようになっているの」
「そうだったんですね。知りませんでした」
「やっぱり異界人の方ってすごいんですね!」と無邪気に微笑むトーリさん。思わず頭を撫でたくなる衝動を必死に押さえます。
嗚呼……トーリさんが可愛い……! なでなでしたいです。思いっきり愛でて私のなでなでナシじゃ生きられない体にしたい……! おっと失礼、内なる欲望が漏れそうになりました。
今私がいるのは、ギルドの個別室という場所です。ギルドの職員と内密な話をしたいときや、長時間話を聞きたい時などに使われる場所です。
情報収集がしたいので、いろいろと質問させてほしいといった私の申し出を、トーリさんは快く受けてくれました。
時間は大丈夫なのかと聞いたところ、三十分くらいなら交代に入って貰えるとかなんとか。「遠慮なく、何でも聞いてくださいね!」と胸を張って少しお姉さんぶるトーリさんは、とってもキュートでした。私の背が低いので、子供だと思われているのでしょうね。
そのお言葉に甘えて、さっそくこの始まりの町で銃が手に入るか聞いてみたのですが……結果はご覧の通り。どうやらあのナンパ男が言っていたことは真実だったようです。ちなみに、私の言った『異界人』とは、この世界の住民がプレイヤーを指す言葉だそうです。
しかし、このくらいであきらめる私ではありません。次の質問です。
「じゃあ、この町の中心にある大きな結晶体。アレは一体どういうモノなの? 私たちは一度行ったことのある町に瞬時に移動できるモノ……としか聞いていないのだけれど」
私がこの世界に最初に降り立った時、広場にあった結晶体。町と町をつなぐファンタジーらしい移動手段な転移装置なあれを何とか有効活用できないかと考えたわけです。本来は行ったことのない街には絶対に行けないという(たとえパーティー内に行ったことのある者がいても、他のメンバーが行ったことが無いなら使えません)仕様になっていますが、こう、裏技みたいなモノがないかなぁと。
「『門の神結晶』のことですか? はい、おおむねその認識で間違いないかと。確か異界人の方々はあれを無料で使用出来るんですよねぇ……羨ましいです」
「その言い方からすると、こちらの世界の人たちはその『門の神結晶』を使うのにお金がいるのね」
「ええ、一回10万エリンもするんですよ? この間、先輩が恋人との旅行で使っていましたが……アレは彼氏に払わせてましたね。王都での祭りに参加したと言ってまいたけど……はぁ、羨ましい」
……ふむ、なるほど。あ、いえ、今の愚痴に賛同したわけじゃありませんが、ちょっと気になるところがありましたね。聞いてみましょう。
「ねぇ、トーリさん。その先輩さんは、その祭り以前に王都に行った経験があったのかしら?」
「え? いえ、なかったと思いますよ。先輩、初めての王都、楽しかったー! って自慢しまくってましたもん。それが何か?」
「いえ、ちょっと気になったことがあっただけだけよ。ありがとう。それでなんだけど……」
一つ、仮説が思い浮かびましたね。これなら……銃を手に入れることができるかもしれません。
そのあとは、この町に図書館があるかどうかを聞いたり(ありました)、この町の周辺に出てくる魔物の情報を聞いたり(『旅立ちの草原』の近くにある『北東の森』には強力な魔物が現れるそうです)、最後に情報屋がいる場所を聞き出しました。
トーリさんにお礼を言ってから、ギルドを出た私が向かったのは、この町にある図書館です。冒険者ギルドのある通りに存在しているらしく、十五分ほどで到着しました。ギルドに負けず劣らずに大きな建物に足を踏み入れます。
図書館の中は静かで、どこか荘厳な雰囲気が漂っていました。扉を開けた瞬間から、私の全身を紙とインクの香りが包み込みました。イイですね、こういう空気。心が洗われていくような感じがします。
入ってすぐにある受付で使用料金である1000エリンを払い(これは使用後に返ってくるそうです)、司書さんに探している本のある場所を聞きました。
「ねぇ、武器に関する本はどこにあるのかしら?」
「武器の本なら……二階のこのあたりかしら?」
「ふむふむ……分かったわ。教えてくれてありがとう」
では、司書さんに聞いた場所に向かいましょうか。図書館の中は静かで落ち着きますね。町の中は活気に満ちていましたから、インドア派の私には少し大変だったり……。
本棚に納められた数えきれないほどの本。その背表紙を眺めながら、私は目的の場所に向かいます。……途中でなかなか気になるタイトルがいくつかありましたが、今は目的を達成する方を優先しましょう。
司書さんに教わった辺りの本棚は、『武器大全』や『剣の歴史』といった武器関連の書物がたくさん並んでいました。私が探すのは、銃に関する本です。具体的には、銃がどのあたりでよく使われているかが分かる本ですね。えっと、【図書館】でダイスロール……ではありませんね。地道に探しましょう。
というわけで、本棚を見て回ること十五分。『銃の歴史』や『銃の図巻』といったそれらしい本を見つけたのは良いんですが……。
「……取れないわね」
嫌がらせかッ! と思うほど高い場所にありました。ええ、地上三メートルほどの場所です。私の身長の二倍ですね。……【跳躍】があれば活躍したモノの! 普段はあまり活躍しない【跳躍】が輝ける機会を奪ってしまいましたね。
おっと、そうじゃありません。どこかにはしごか何かがありませんかね?
あたりを見渡してみますが、それらしきものはありませんでした。こうなってくると、もう本棚をよじ登るくらいしか手段が無いのですが……。
「……どうしたの?」
「ッ!?」
いきなり聞こえてきた声に、ばッと振り返ります。そこには、いつの間にか一人の女の子が立っていました。私よりも背の低い、十歳くらいの女の子です。
そして、その女の子には、羽が生えていました。蝙蝠の羽根のようにも、昆虫の翅のようにも見える、変わった羽です。レア種族ですかね?
女の子は驚いている私の顔をじっと見つめています。ピンクに近い短めの赤髪を、頭の上で二つ結びにしており、顔立ちはお人形さんのように可愛らしいです。さらにぴょこんとつむじのあたりに生えたアホ毛がベリーキュート。どこか眠そうな感じがするのは、目が常に半開きだからでしょう。恰好は、髪の毛と同色のワンピースに、ポンチョのようなモノを羽織っています。
「……えっと、貴女は?」
「……ここで働いてる。お姉さん、何か困ってるの?」
「え、ええ。上の方にある本が取りたいのだけど、はしごか何かはあるかしら?」
「……なんていう本?」
「『銃の歴史』と『銃の図巻』という本なのだけど……」
「……分かった。待ってて」
「え?」
そう言うと、女の子は背中の羽をブゥウウウンと振動させ、ふわりと宙に浮きました。……ハチドリ跳び? 本当に、何の種族なんでしょうか?
そのまま女の子は本棚の上の方に行くと、私の探していた二冊を手に取りました。……っと、おや? なんかもう一冊持ってますね。なんでしょうか?
「……持ってきた。もう一冊は、私のお勧め。読んでみて」
重そうな本を三冊も持っているのに、まるでふらついた様子のない女の子。見た目によらずSTRが高いのでしょうか?
私は女の子から、目的の二冊とおすすめされた一冊を受け取りました。おすすめの一冊は、表紙が触ったことのない材質で作られていました。そこに刻まれているタイトルは……『AL・AZIF』? えっと……あるあじふ…………えっ?
「ちょ、ちょっと! この本…………いない?」
本の表紙から視線を戻すと、先程までそこにいたはずの少女の姿はどこにもありませんでした。残っているのは、私の手の中にある三冊の本だけ。
途方に暮れた私は、一番上に乗っている怪しげな本を見つめました。
『AL・AZIF』……これって、こんな簡単に手に入っていいモノなんですかね? 普通に考えて駄目だと思いますが……えぇ……? ちょっと、混乱が収まりそうにありません。
私が呆然としていると、事態はさらにヤバめな方向に進んでいきます。
パラリ……。と『AL・AZIF』の表紙が勝手に目くれました。ちょっ! ピンチです! 主に私のSAN値がッ!?
『……契約…………』
私が慌てていると、不意に、そんな声が聞こえました。無機質でありながら、どこか悍ましさを感じるような、不気味な声が、脳内に直接響きます。
『……適合者の『■■■■■■■』……数値『3%』………封印……限定解除…………スキル【魔術】、【魔導書】を強制付与………所有者登録…………完了………』
『AL・AZIF』のページがパラパラと一人でにめくれ、そこから光があふれ出します。ああ……手遅れな感じがひしひしと………。
『契約、執行』
最後に聞こえたその言葉。それに続くように、私の口が勝手に言葉を紡ぎます。
「――――――永久に沈むもの」
永遠を生きるモノ、すなわち神。
「――――――消えることなく」
彼らは死なず、ただ深き眠りにつく。
「――――――愚者は舞台に上がり、笛を奏でる」
異常なる者、現れし時。
「――――――さすれば、死すら終焉を迎えん」
彼らは、眠りから覚める。
最後の一節を唱え終わった瞬間、ページの隙間という隙間から漏れていた光が、さらに強烈な輝きを放ちました。
光は私を飲み込み、視界を真っ白く染め上げました。
――――――――――けて。
何かが、聞こえました、
――――――――す、けて。
それは……どこか、懐かしさを感じさせる声でした。
―――――――――たす……けて……!
その声は、助けを求めています。
あなたは、誰ですか? こんなに……胸が締め付けるほどの寂寥感を覚えさせるあなたは……誰なんですか?
そう問いかけても、答えはありません。ただ、『たすけて』という悲痛な叫びが聞こえるだけ。
これは、一体何なのでしょうか。
どうして……私は、この声を聞いていると、泣きたくなるほどに胸が苦しくなるのでしょうか?
そして、光に包まれた視界に、何かが浮かび上がってきました。
それは……幼い少女の形をした、『■■■■』。
その姿を視界に納めた瞬間……私の意識は、暗転しました。
『契約完了。契約者に、【■■■■の福音】が与えられます』
『契約者は呪文【祝福の刃】、【防害の盾】、【魔力付与】を取得した』