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私を包んでいた光が晴れて、視界いっぱいにファンタジーな光景が広がりました。
石造りの街並み、『いかにも』な中世風の服装をした住民たち。そして、鎧姿だったり剣をもっていたりする人たちが見えました。
ほぅ、と感嘆がため息となって口から漏れました。
これが……『神話世界の探求者』の世界、『異界ミース』ですか。恐ろしいほどにリアルです。頬を撫でる風、耳に届く喧噪の音、鼻に届く何かのいい匂い、石畳を叩く足裏の感触。そのどれもが現実と遜色ありません。
キャラクターメイキングを終えた私は、何やら大きな結晶体が置かれている広場に出現したようです。あたりには、同じ格好……シンプルなシャツにズボン(女性はブラウスにスカート)を着た人が多くいます。彼らは私と同じプレイヤーでしょう。
さて、広場がプレイヤーでいっぱいになる前にここから移動しましょうか。まずは、街の散策です。
広場を出た私は、マップに従って北に延びる大通りを進んでいます。どうやらここは商業地区のようで、呼び込みの声があちらこちらから聞こえてきます。ほう、あれは武器屋ですね。あっちは防具屋で、あれは……服屋でしょうか? むむ、結構可愛い服が置いてありますね。見ていきましょうか? ……と、思いましたが、値段が高い。初期の所持金は10000エリン。計画的に使わないと、すぐになくなってしまいそうです。あっ、エリンというのは、この世界のお金の単位です。
このお金は大切に使いませんと……。特に、私の『命題』はお金がかかりそうですから。ほら、悪役ってお金持ちなイメージ、ありません?
とはいえ……世界を滅ぼすと決めたはいいものの、一体何からしていけばいいのやら。目についた人をサクサク殺していくっていうのもなんか違う気がします。別に快楽殺人鬼になって大量虐殺がしたいわけじゃないんですから。
そういえば、チュートリアルのようなモノがあるんでしたっけ? 各プレイヤーの『命題』に合わせた行動指針がメニューから見ることができるとか……。ついでに、ステータスも確認しておきましょう。
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Name:マリス Gender:Female Race:人族
State:殺人症
STR:E
DEF:E
INT:E
MIND:E
AGI:E
DEX:E
LUK:D
Skill:【ナイフLv1】【銃Lv1】【隠すLv1】【目星Lv1】【聞き耳Lv1】
Equipment:初心者のナイフ(STR) 初心者の銃(DEX) 布の服(DEF) 布のスカート(DEF) サンダル(DEF)
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……何やら不穏な表示が見えますね。なんですか、状態異常『殺人症』って。説明を見てみましょうか。……はぁ、『命題』によるデメリット? 一日に一度、人を殺さなくてはいけない? ……何ですか、これ。
詳しく見てみると、どうやらプレイヤーが定めた『命題』を『善・悪』に分けた時、『悪』に属する方のプレイヤーに架せられるデメリットのうち、最も重いモノらしいです。一日に一度、プレイヤーなりNPCをコロコロしないといけないそうですね。コロコロしないと、結構なペナルティがあるとか。
なんとなく、運営が「俺らが丹精込めて作ったこの世界を壊そうってんだ。このくらいは覚悟してもらうぜ?」って言ってる気がしますね。挑戦状を顔に叩きつけられた気分です。
けどまぁ、その方がやりがいがあるというものです。運営の妨害も、NPCの抵抗も、プレイヤーの反抗も、全てを跳ね除けてやる! という気概でがんばりましょう。
さてさて、気構えは十分ですし、ステータスの他の項目も見ていきましょう。
能力値は、見事にEが並んでますね。人族はこの平均的な能力値が特徴の種族です。これからですね。LUKが唯一Dなのはどうしてでしょうか? いやまぁ、運が良いことは良いことなので、いいんですけど。
スキルは……はい、膨大な数ある初期スキルをあさっていたら、偶然見つけてしまった【目星】や【聞き耳】、そして【隠す】のスキル。運営キーパー、ダイスはどこで売っているんでしょうか?
というか、このゲームはVRMMORPGであってTRPGではないはず……。まぁ、これのおかげで、世界を滅ぼす方法がなんとなく分かったんですけどね。
武器スキルはナイフと銃。本格的に探索者を目指そうかな、と。その内、マーシャルアーツとか受け流しとかその辺のスキルも取りましょうか。初心者のナイフは腰に、銃は太もものホルスターに収まっています。
【目星】は、重要な何かを発見できるスキルで、【聞き耳】は重要な何かを聞き取れるスキル。【隠す】は対象を選んでそれを隠蔽することができるスキルです。
この【目星】と【聞き耳】の曖昧さ。なんですかね、『重要な何か』って。イベントフラグとか発見できるんでしょうか? それともアイテム?
装備の隣にかっこで囲まれているのは、その装備を着けていることで補正の入る能力値です。まぁ、見るからに初心者装備ですし、補正も微々たるものだと思いますけどね。
あと、所持アイテムに初心者ポーションと携帯食料が入っていました。初心者ポーションは、プレイヤーのスキルのどれかがレベル10になるまで使える、無くならないポーションで、HPを最大値の10%回復してくれます。携帯食料も同じで、こちらは満腹度を半分回復してくれます。
初心者ポーションを取り出してみました。見た目は、試験官に入っている黄緑色の薬品、といった感じですね。説明によると、飲んでもかけても大丈夫だそうです。
ステータスの確認も終わりましたし、そろそろ町から出てフィールドに行きましょう……というところで、厄介事とエンカウントしました。
「ねぇ、君、今一人?」
ゆるくウェーブをかけた茶髪の男が、にこやかな笑みを浮かべながら私に声をかけてきました。頭上に表示されるアイコンが緑色なので、プレイヤーですね。ちなみに、NPCなら青色、ノンアクティブの魔物なら黄色、アクティブな魔物やPKなら赤色になります。
装備があからさまに良い物なので、βテスターでしょうね。テスターたちは報酬としていくらかデータの引継ぎができるそうです。ソースは百花。
それで、この男の目的ですが……。
「私に何か用かしら?」
「いやぁ、一人でいるし、良かったらパーティー組んで一緒に冒険しない? っていうお誘いだよ。ほら、君初心者でしょ? オレ、βテスターだし、いろいろと教えられると思うんだー」
あー、はい。ナンパですね、これは。
母親は言わずもがな、父親もかなりのイケメンで、その二人の遺伝子をいかんなく受け継いでいる私は、贔屓目に見ても『美少女』と言って差し支えない容姿をしています。そのせいか、こうして男性から声をかけられることがそれなりにあります。
私自身、恋愛というものにこれっぽっちも興味がありませんので、こういうお誘いはほとんど断らせていただいています。なので、
「せっかくのお誘いだけれど、断らせてもらうわ。私は一人が好きなの」
こう言っておけば、あきらめてくれるでしょう。さぁ、どこでもいいから消えなさい、ナンパ男よ!
「あ? オレが教えてやるっていってんだろ? 素直について来いよ」
……あらら、予想以上に短気な方でしたか。一気に不機嫌そうになり、口調も荒くなりました。演技が下手過ぎて鼻で笑いたくなります。やったら怒りを加速させるだけなのでやりませんけど。
はぁ、面倒です。もう一回お断りすれば帰ってくれるでしょうか?
「私の言葉が聞こえなかったの? 一人が好きって言ったでしょ? それとも言葉の意味が理解できなかったのかしら?」
「ハァ!? ふざけてんじゃねぇぞ、てめぇッ!」
「ふざけてるのは貴方の方よ。……もういいかしら? 貴方に構っている時間がもったいないわ」
「……ッ!」
結構苛烈な感じで拒否すれば、ナンパ男は顔を真っ赤にして怒り狂ってました。なんでしょう、酷く滑稽に見えます。笑いをこらえるのが大変ですね。
私が必死に笑いをこらえていると、ナンパ男は私の全身に視線を巡らせました。……怖気が走るので、やめてもらえません?
そして、ナンパ男の視線は私の太もも……ではありませんね、ホルスターに収まった銃で止まりました。そして、何やら小馬鹿にするような笑みを浮かべました。このファンタジー世界にあるまじき、グロック似のオートマチック拳銃が何か?
「ハッ! 始まりの町じゃロクに銃弾を手に入れられねぇクソ武器を使ってるようなバカだったのかよ! だからβテスターのオレの誘いを断るなんてバカな選択をしたのか!」
…………え?
……そー言えば、スキル選択の時に…………。
『……あの、マリスさん。本当に【銃】スキルでいいんですか?』
『ええ、いいわよ。探索者に、私はなる!』
『本当に、本当にいいんですか?』
『何よ、問題があるって言うの?』
『い、いえ。それは言えませんが……』
『ふぅん……? まぁいいわ。銃火器を使った戦闘をしてみたかったこともあるし、私は銃を使うわ!』
『……まぁ、本人が良いと言うならいいのでしょうか……?』
なーんてやり取りがありましたけど、それってこれのことでしたか。……え、ヤバくないですか、これ。銃弾のない銃とか、ゴミ同然ですよ。鈍器にしようにも強度がアレですし……。
ま、まぁ、いったん落ち着きましょう。まだ慌てるような時間じゃありません。銃弾を手に入れる手段を考えればいいんです。それが見つかるまでの戦闘は、ナイフと素手で行いましょう。よし、これで何の問題もありません。
さぁ、目の前の調子こいてるやつにも、余裕綽々な態度を見せつけてやりましょう。悪役とは、常に余裕を崩さないのです。
「ふぅん、それが? 何か問題があるかしら?」
「も、問題ありまくりだろ! 銃弾がねぇのに、どうやって戦うんだよ! クソ見てぇな不遇武器なんだぞ、それは!」
「はぁ……、ねぇ、貴方。それは貴方の尺度で測った時の話でしょう? あなたが問題にしていること如きが、私の問題になるとでも思っているのかしら? だとしたら、とんだ思い違いね。銃弾が手に入らない? 不遇武器? そんなの、私には何の問題にもならないわ」
強気な発言と冷たい視線をセットでプレゼントしてやれば、ナンパ男は言葉に詰まったように黙り込んでしまいました。
何かを言おうと口をパクパクしていますが、言葉は出てきませんでした。その様子は、エサをねだる金魚のようで、かなり滑稽です。
さて、お相手が黙ったことですし、私はもう行きましょう。こんなところで時間を無駄にはできません。さっさとフィールドに出たいのです。
「これで話は終わりよ。二度と話しかけてこないでくれると嬉しいわ」
「なっ……」
それっぽいセリフを口にし、ナンパ男の脇をすり抜けて先に進みます。ナンパ男が振り向いてきた気がしますが、無視です。
そのままスタスタと歩き去ってしまえば、ナンパ男のことなど頭からさっぱり消えてしまいました。
歩きながらも、頭の中を占めるのは、いきなり浮上した中々に致命的な問題です。
「銃弾が手に入らない……か。どうしたらいいのかしら?」
装備欄を確認したところ、初心者の銃に装填されている銃弾は十五発。これが無くなってしまえば、銃はただのゴミに成り下がるというわけですか。さらに、スキルレベルも上がらないでしょうね。
それに、銃弾が買えないということは、銃本体も買えないということでしょう。それでは、初心者装備からの脱却ができません。
本当にどうしたものか……駄目ですね。考えようにも、情報が無さすぎます。どこかで、情報を手に入れることができればいいのですが。図書館とかありませんかね? そのあたりも含めて、誰かに話を聞いてみましょうか?
そうして考え事をしていると、やがて北門にたどり着きました。ここから最初のフィールドである『旅立ちの草原』に出ることができます。
はぁ、かなり厄介な問題が出てきてしまいましたが、とりあえずは当初の予定通り、この世界での戦闘を体験してみましょう。
門に近づくと、憲兵さんらしき若い男の人が声をかけてきました。
「そこの君、この先は魔物が出現する。十分に気を付けていきなさい」
これはご丁寧に。お礼の意味を込めて、笑みを返しておきましょう。にっこり。あ、顔が赤くなりました。純粋そうな方ですね。
憲兵さんに見送られて、私は門をくぐりました。
悩みでいっぱいな思考は切り替えていきましょう。さぁ、初戦闘です!