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百花から『神話世界の探求者』を貰った日から、あっという間に一週間が経ちました。そう、ゲームの正式開始日です。
事前にネットなどでこのゲームの情報を調べたりして、準備は万端と言ってもいいでしょう。……けど、少しおさらいしておきましょうか。
『神話世界の探求者』は、ステータス制ではなく、スキル制のシステムを採用しており、習得したスキルに応じてステータスが決まります。例を挙げると、剣術のスキルと習得すると、近接系のステータスに補正が入る……見たいな感じです。
ステータスは詳しい数値を確認することはできず、STR(物理攻撃力)、DEF(物理防御力)、INT(魔法攻撃力)、MIND(魔法防御力)、AGI(敏捷)、DEX(器用さ)、LUK(幸運)の七項目が、F~Sのアルファベットに、+、-を加えた21段階で表示されます。HPやMPも同様で、ゲージは表示されるが、数値は分からないらしいです。
スキルは、オーソドックスなモノから変わりモノまで選り取り見取り。数えきれないほど存在しているとか。
スキルの習得方法は大きく分けて三つ。
一つは、行動によって解放されたスキルを、スキルポイントを使って有効化する方法。これがもっとも基本的な習得方法です。
次いで、技能結晶と呼ばれるアイテムで特定のスキルを習得する方法。ボスの討伐報酬や、レアドロップなどで手に入るらしいです。技能結晶で習得できるスキルは特殊なモノが多いらしいです。
最後は、人……NPCに教えてもらう方法です。ゲーム内のNPCの中には師匠キャラみたいな存在がおり、彼らに教えを乞うことで習得できるスキルがあるそうです。道場のようなモノがあるのでしょうか?
そして、キャラクターメイキングの段階で、プレイヤーはスキルを五つ選ぶことができます。一度に有効化できるスキルは十個まで。残りは控えに回されるようです。
次いで、種族です。人族、獣人、エルフ、ドワーフ、魔人族の基本五種族に加えて、特殊種族があります。これはキャラクターメイキングの時にランダムを選ぶと極稀になることができるようです。
後は……キャラの外見は、大きく変えない方がいいというくらいでしょうか? 現実とかけ離れた姿にすると、脳が混乱するとかで、推奨されていません。それに、無理矢理容姿を整えようとしたりすると、違和感がすごいことになるとか……。リアバレ(リアルの顔がばれること)対策に、目の色や髪の色を変えるのがおすすめとか。
そうそう、ゲーム内では時間の進みが現実と違うらしく、リアルよりも三倍速いそうです。どういう技術を使っているのやら。文系の私には謎でしかありません。
おや? そうこうしているうちに、サービス開始一時間前になりましたね。すでにキャラメイキングならできるので、さっそく始めましょうか。
部屋の空調を確認し、リラックスできる恰好に着替えたら、VRゲームをするためのゴーグルとヘルメットを合わせたようなヘッドギアをかぽっとはめます。このヘッドギアにはすでに私の身体データなどが入力されています。『神話世界の探求者』もインストール済みです。
外れないようにしっかりと留め具を付け、ベッドに横たわります。ヘッドギアの側面についているスイッチで電源を入れると、視界にホーム画面が表示されます。ホーム画面から『神話世界の探求者』を選んで……。はい、ログインです。
『ログインしますか?』という表示に『Yes』を選択。すると、眠りに落ちる様に、すぅーと意識が遠のいて……。
気が付けば、見知らぬ場所に立っていました。
なんといいますか……。とても、シンプルな場所です。壁も天井も白一色。ベッドと医療器具が置いてあったら、病院の一室のようになったかもしれません。
はて、ここに送られたは良いけど、キャラメイキングはどうすれば……と、考えていると、目の前の壁が……いえ、空間そのものが、ぐんにゃりと歪み、そこから人が表れました。
女の人ですね。一目見た感想は……綺麗な人、ですね。白銀のショートカットに、サファイアの瞳。鋭利さを感じさせる美貌は、表情というものをどこかに置き忘れてしまったかのようなポーカーフェイス。……いえ、無表情云々は私が言えた口じゃありませんが。
そして、服装はなぜかメイド服でした。白黒のフリルミニスカートに、頭にのったヘッドドレス。白いオーバーニーソックスはガーターベルトで止められています。足元には黒のローファー。完璧な無表情萌えメイドさんです。可愛い。
メイドさんは、私の目の前に来ると、ペコリと頭を下げます。惚れ惚れするほど洗練されたお辞儀でした。
「ようこそ、『神話世界の探求者』の世界へ。私はサポートAIのメイシアと申します」
おっと、これはご丁寧に。私も挨拶を返しましょう。意識して口元に笑みを浮かべ、背筋をピンと伸ばし、両手を身体の前で重ねてお辞儀をします。
「初めまして、千寿朱音です。よろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとうございます。では、さっそくキャラクターメイキングをなさいますか?」
「はい」
私が頷くと、メイドさん……メイシアさんは、パチンッと指を鳴らしました。その仕草がとても様になっていて、つい「おぉ……」と感嘆の声を出してしまいました。
メイシアさんのフィンガースナップが鳴り響くと同時に、私の手元に半透明の板が現れ、目の前には『私』が現れました。
私が入力した身体データから作り出されたであろうそれは、現実の私そのままの姿をしていました。
腰まで伸びた濡れ羽色の髪。わずかに紫がかった黒眼。容姿は……まぁ、整っているのでしょうね。決してナルシストというわけではありませんよ? 学校の友人たちから日々聞かされる評価とか、両親の容姿とかから出した客観的な意見です。私としては、ジト目気味の目がコンプレックスなのですが……まぁ、素の時以外は関係ないので、大丈夫でしょう。
身長は、百五十五センチと低めです。体型は……貧相ではないのですが、どちらかと言えば線が細い方でしょう。胸は……ノーコメントで。無いわけでな無いんです。これからなんです! ……え? 私の年齢? 女性に歳を聞くとは無粋ですね。
とまぁ、内心で誰に言ってんだか分からないことをぶつくさ言いながら、目の前の私を、ゲーム用に改変していきましょう。
……さて、私はこの世界で、どんな人物になりましょうか? え、どういうことか、ですか? それは――――
私―――千寿朱音は、幼いころから表情に乏しく、何をしても無味無臭無感動な人間でした。
特に理由があったわけではありませんが、『現実』というものに対して、極端に興味が薄く、関心を持とうとしませんでした。対して、絵本やテレビなんかには異常な興味を持っていたのですが。
私は、現実への興味をほとんど持てないことと引き換えに、『仮想』への興味がもの凄かったです。幼少期、家にいても幼稚園にいても絵本を読むかテレビを見るかで、話しかけられても一切返事をしない。邪魔をされたらその相手を無言でにらみ続けるという、とても嫌な子供でした。
そんな私が、一応人並みの反応ができているのは、ひとえに母親の尽力があってこそでしょう。
私の母、千寿葵は、女優でした。天性の美貌と演技力を持ち、それを腐らせることのなく努力を重ねた母は、まさしく女優の中の女優と言っても過言ではないはずです。父と結婚し、私が生まれた時に女優を引退したそうですが、その時はすごい騒ぎになったとか。
リアルへの興味が皆無だった私も、母の出演している作品には興味を示したそうです。その延長線で、母のことも。……まぁ、演技が仮想の中に入っていると言えばそれまでなのですが。
そんな母は、現実に目を向けない私に、こう言いました。
「いい、朱音。そんなにこの世界に興味が持てないなら、考え方を変えてみなさい。現実に興味を持てとは言わないから、現実を仮想と同じだと考えるの。現実でも、人はある程度自分を偽って暮らしているわ。つまり、常に演技をしているの。お母さんがやってたことと一緒のことを、皆もしてるってこと。朱音も、そうしてみたらどうかな? お母さんみたいなことしたいって、前に言ってたでしょう? どうしたらいいのかは私が教えてあげるから、頑張ってみない?」
……要するに、現実を舞台だと思い込み、そこで『普通の人』の演技をしろ。母は、私にそう教えたのです。現実と仮想をイコールでつなげることで、現実への興味を持たせようとしたのでしょう。
そして、母は私に演技を教えました。幸い、母の才能は私に受け継がれていたらしく、私の演技はみるみるうちに上手になっていきました。小学校を卒業するころには、違和感なく『普通の人』のフリをすることができるようになっていました。
今考えると、小学生の娘に何を教えてるんだって話ですけど……その教えのおかげで、私は普通の生活が出来ています。母には感謝の念しかありません。
とまぁ、その話は良いんですが……そういったことを続けているうちに、自然と人や状況に応じてキャラを使い分ける癖が出来てしまいました。学校ではおとなしめな優等生を演じていますし、ネットゲームでは活発なキャラを演じることもあります。
だから、こうして悩むんですよね。この『神話世界の探求者』というゲームで、私はどんな人物を演じようかな、と。
うーん、せっかくなら、今までやったことないようなキャラを演じたいですね。むむむ……あっ、そういえば。このゲームのキャッチコピー、『秩序混沌、善悪すらも自由な命題テーマを実行せよ』でしたね。ふむ……。
…………ふと、思いつきましたが……これは……まぁ、面白いと言えば面白いのでしょうか……?
今しがた思いついたキャラクターのイメージ通りに、見た目を設定してみましょうか。
手元のウィンドウを操作して、髪の毛と瞳を、鮮やかな紅色に染め上げます。後は、髪の長さを腰から膝裏まで伸ばしましょうか。まぁ、残りはリアル基準でいいでしょう。
設定を終えると、自分の見た目が今決めたものに変わりました。なんというか、いつもよりも苛烈さが増している感じです。
さて、見た目も変えたことですし、後は内面です。
意識するのは……悪役です。
これまで演じてきた『私』は、大体が善人でしたし、その真逆を行ってみようと思うのです。『秩序混沌、善悪すらも自由』と銘打っているのですから、『混沌・悪』のような性質のキャラクターがいてもいいと思うんです。
いつもはピクリとも動かない無表情に、仮面をかぶせるように、笑みを浮かべます。自信満々な、不敵な笑みを。そして、姿勢を正し、胸を張りました。いきなり雰囲気を変えた私を見て、メイシアさんがわずかに目を見開きました。驚いてもらえたなら何よりです。
「……随分と、雰囲気が変わりましたね。驚きました」
ふふん、でしょう? では、口調も変えてっと……。イメージとしては、エスっけのある感じで。
「ロールプレイの一環よ。さぁ、外見はこれで決定。続きをお願いできるかしら?」
「口調まで……。分かりました。それでは、『命題』の設定を始めます。まず、『命題』とは何なのかということを説明させていただきます。まず……」
メイシアさんの説明を要約すると、やはり『広大な世界を生きるための指針となるもの』ということになります。決めた『命題』によって出現するクエストが変わったり、習得できるスキルが増えたりするそうです。また、『命題』から大きく外れた行動をとると、重いペナルティがあるそうです。
大半のプレイヤーは『この世界を自由に楽しむ』という『命題』を立てているそうですが……悪役ロールプレイをするなら、そんな生ぬるい『命題』などありえませんね。
悪役……悪役……ふむ、物語の悪役たちの目的で、もっとも大規模なものと言うと……世界征服? うーん、なんかしっくりきません。世界をどうこうするというのはよさげ何ですが……あっ、ならこういうのはどうでしょうか。
「メイシアさん、私の『命題』が決まったわ」
「決まりましたか? では、この場で宣言してください」
宣言……まぁ、そういう演出なんだということで。
演出と言うなら、ちゃんとロールプレイもしないとですね。こう、実にあくどい感じの笑みを浮かべて、胸の下で腕を組みます。
「私の『命題』は―――――『世界を滅亡させること』」
そう、はっきりと言い切りました。
悪役の望みで、世界征服と同じくらい大規模なものと言えばこれでしょう。間違いないはずです。この世の全てを破壊し尽くす破壊神にでもなってやりましょう。
私の宣言にメイシアさんは一瞬硬直していました。あれ? この『命題』はダメでしたか?
「……承認しました」
あ、OKみたいですね。良かった。
「では、貴女のこの世界での名前を教えてください」
はい、今度はプレイヤーネームですか。うーん、悪役っぽい名前悪役っぽい名前……。
「じゃあ、マリスでお願いできるかしら」
「マリス、で本当によろしいですか?」
「ええ、勿論」
「承認いたしました。では、次に……」
その後、種族とスキルを決めて、キャラクターメイキングは終わりました。
それにしても、スキル選択の時に見つけたあのスキル……これは、そういうことなんでしょうか?
さぁ、準備が終わりました。これから、『神話世界の探求者』の世界に飛び込みます。……その世界を滅ぼすために。
なんか、やっちまった感がありますが、一度決めたことですし、やり通して見せましょう。
私、マリスは、頑張って世界を滅ぼします!
「マスター、少しよろしいですか?」
「おー、メイシアちゃん。どったの?」
「……パターンXが現れました」
「……え、まーじーでー?」
「はい、本当です」
「Xってアレだろ? このゲームをぶっ壊してやろうぜ! って言うやべぇ『命題』のヤツだろ? え、マジで出てきたの!?」
「はい……。ところで……あの世界を滅ぼすなど、一介のプレイヤーに可能なのですか?」
「うん? できるよ? 難しいっちゃ難しいけど、不可能ではないからなー。まぁ、情報が何もないところから始めるんだし、そこまでたどり着けるかどうか見ものだねぇ」
「……本当に、できるんですね。しかし、どうして滅びの要素などを世界に組み込んだんですか?」
「まぁ、物語の定番だからじゃねぇか? 俺が組み込んだわけじゃねぇから、詳しくは知らんがな。入れたの多分、あの頭おかしい人だろ」
「……ああ、あの人ですか」
「そ、あの人。だとしたら、考えるだけ無駄ってやつだよなー」
「そうですね。はぁ……どうなってしまうのでしょうか……」
「面白くはなりそうだがな。くははははっ」
「笑い事ではないんですが……」
「まっ、そう硬いことを言いなさんな。その世界を滅ぼそうというヤツが、マジでそれを達成できんのか、見物だな!」
「はぁ……このマスター、本当にどうしようもないですね……」