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「のう、朱音や。おぬし、ゲームとかやるかの?」



 私―――千寿朱音(せんじゅ あかね)は、何の脈略もなく投げかけられたその言葉に、きょとんとしました。


 場所は行きつけ……というわけではないけど、月に数回は来る喫茶店。窓際の二人掛けの席に腰掛けた私は、向かいに座っている珍妙なしゃべり方をする女の子―――友人の、白野百花(はくの ももか)と、この店のフルーツパフェ(絶品何ですよねぇ)を食べに来たのですが……。


 注文を済ませ、お冷を一口飲んだところで、百花から「ゲームするの?」と聞かれました。なんの脈略もありません。というかですね……。



「何を言ってるんです百花。貴女は私が生粋のオタクであることを知っている数少ないうちの一人でしょうに」


「そうなんじゃけどね? なんというか、話の上手い切り出し方が見つからなかったのじゃよ」


「はぁ、そうなんですか」


「うむ。おぬしは、このゲームを知っとるかの? ほれ、これじゃ」



 そういって百花が鞄から取り出したのは、ゲームのパッケージ……っ!?


 思わず立ち上がって、机に身を乗り出してそれをガン見します。ガタンッ、と大きな音を立ててしまいましたが、そのことが気にならないほどに、私はそれに集中していました。


 パッケージの表紙は、大地と空を背景に、鎧を身に着け剣を持った男と、ローブ姿で杖を持った女が、背中合わせで立っているというシンプルなモノ。


 そして、タイトルは―――『神話世界の探求者』。


 今、話題沸騰中のVRMMORPGです。


 開発運営はエポックワークス社というVRゲームを専門にしている会社で、この『神話世界の探求者』はエポックワークス社の最新作にして最高傑作と謳われています。


 ゲームのキャッチコピーは『秩序混沌、善悪すらも自由な命題(テーマ)を実行せよ』。


 


 この『神話世界の探求者』は、プレイヤーが『命題(テーマ)』というものを決め、それに沿ってゲームを進めていくという特徴があります。自由度がバカみたいに高いゲームなので、行動の指針を決めないとやっていけないのでしょう。


 発売前からよく分からないほど注目を集めていたこのゲームは、よくある異世界ファンタジーモノなんですが……従来のVRゲームと比べて、恐ろしいほどリアルなんだとか。NPCも本当に生きているかのような感じだそうです。いえ、運営の発表によれば、データ上とはいえ本当に『生きている』らしいのですが……詳しいことは知りません。


 βテストはすでに終了しており(もちろん、βテスターたちの評判もすごく良いです)、後は発売を待つだけの段階何ですが……なんで、百花が持っているのでしょうか? ……ハッ、まさか!



「百花……貴女、βテスターだったんですか?」


「うむ、その通りじゃ」



 全く知りませんでした……。というか、そうなら教えてくれても良かったのに……え? 言わない方が面白い反応が見れそうだった? そうですか、面白い反応とやらは見れましたか? ……見れた、と。そうですか、良かったですね。



「それで? それを私に見せてどうしようと? あれですか、自慢ですか? βテストどころか、そのあとの事前予約の抽選にすら落っこちた私に対する自慢ですか。……よろしい、ならば戦争だ」



 昔から運はそんなに良くないんですよね、私。


 どこぞの少佐みたいなことを言いながら拳をべキバキさせ始めた私に、百花は広げた両手を前後して『落ち着け』のジェスチャーをしました。



「どうどう、落ち着くのじゃ。それに、別にこれを自慢するわけでもないからのぅ。そのようじゃと、朱音は手に入れることが出来なかったんじゃろ?」


「……悪いですか?」


「うむ、そんな朱音に朗報じゃ。この『神話世界の探求者』じゃがの、朱音に譲ってやろうと思っておるのじゃ」


「……本当ですか!? 本当ですよね!? 本当に本当なんです!?」


「おわっ! だから落ち着けと言っておるじゃろ!」



 これが落ちついてられますか! え、というか、本当にいいんですか!? マジに?



「そんなに念を押さんでも……。……全く、学校の連中が今のこ奴を見たら、どんな反応をするのかのぅ……」


「嫌ですね百花。私が学校の連中の前でボロを出すようなへまをするとでも?」


「猫かぶりを自慢されても困るのじゃ」



 猫かぶりとは失礼な。私はその場その場にあった対応を心掛けているだけですよ? ちなみに学校ではおとなしくて控えめな優等生キャラで通しています。学校内で私の本性を知っているのは、百花くらいなんですよ? 他の人には一切バレていません。どうぞ女優朱音と呼んでください。



「演技しとること自体は素直に認めるんじゃな」


「まぁ、それは事実ですからね。それで、どうしてそれを譲ってくれるなんて話になったんですか? いえ、貰えると言うなら遠慮なく貰いますが」


「これと言って特別な理由があるわけでもないじゃがの。βテストの報酬として自分用以外に余分に一つ貰ったのじゃよ。転売するのもあれじゃし、おぬしが手に入れて無いなら譲ろうと思ったのじゃ」



 そういって、百花は私に『神話世界の探求者』のパッケージを手渡してきました。それを両手で恭しく受け取り、パッケージを食い入るように見つめます。今の私は、漫画なら瞳にキラキラと星のエフェクトが飛んでいたでしょう。



「わぁ……! ありがとうございます、百花。やはり、持つべきものは友ですね」


「なんじゃろうなぁ……。この状況でそのセリフ、まったく嬉しくないのじゃ……。にしても、おぬしの無表情も筋金入りじゃのう。どうして声でそれだけ感情を表現できるのに、表情がピクリとも動かんのかの?」


「それは……そういう機能設定になってますので」


「おぬしはいつからオートマタになったのじゃ?」



 そんな風に軽口を叩きつつも、私の視線は『神話世界の探求者』にくぎ付けです。ふふふっ、次回生産版まで待たなくていけないと思っていたところに、思わぬ幸運です。百花には感謝しかありませんね。ここは一つ、お礼をしたいのですが……。



「ああ、礼には及ばぬからの。わらわからしたら、ただ必要ないモノを引き取ってもらっただけじゃしの」



 と、先に言われてしまいました。むぅ、流石にそれは申し訳ないと思うわけでして……とりあえず、今日一日はすべて私の奢りということにしましょう。



「良いと言っておるのじゃが……」



 それでは私の気が済まないのです。我慢して奢られてください。



「……まぁ、そこまで言うなら、ごちそうになるのじゃ」


「はい、ごちそうになっちゃってください」



 おっと、そうこうしているうちに、フルーツパフェが運ばれてきましたね。この店に来るときは必ずと言っていいほどこれを頼みますが、いつみても美味しそうです。


 その後、私と百花は丸一日、たくさん遊びました。カラオケに行ったり、アニメショップで買い物をしたり……夕方くらいに解散しました。


 それにしても……本当に、思わぬ事態でしたね。まさか欲しかったゲームが、こんな形で手に入るとは。


 正式稼働は、一週間後でしたっけ? ふふっ、今から楽しみで眠れないかもしれません。まぁ、三徹ならまだしも、一週間睡眠ナシは普通に死ねるのでやりませんが。


 そういえば、このゲームは『命題(テーマ)』を決めてからプレイするんでしたね。


 私は、どんな『命題(テーマ)』でこのゲームを楽しみましょうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「命題」を決めてプレイするVRMMOという発想が面白いですね 運営側が用意しているものではないから、自然と各々がロールプレイになりそう
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