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――盗賊団『深緑の餓狼』。
元Bランク冒険者の従魔使いを団長に据えたならず者の集団で、イーリアス聖王国中を転々としながら行商人や村をターゲットに活動しているとか。
団長以下幹部のほとんどは従魔士であり、犯行のほとんどを魔物の仕業にしているらしいです。捕まることなく盗賊団を続けられているのはそのおかげだとか。
狼型の魔物を使うことを好み、特に団の名前の元になっているフォレストウルフが主力だとか。
……ん? そのフォレストウルフって、拠点ではどうしているんですか? 首輪を繋いでいるとか? ……かなりの数がいるから、放し飼いにしている? 森に放っておけば、勝手に支配種が仲間を増やしてくれるんですか。便利ですね。
「け、けど。そのフォレストウルフたちがいきなり何十匹といなくなったってお頭がイラついてたんだ。この森は入り口のあたりにフォレストウルフが多く生息してるから、戦力増強にゃもってこいだ……って……あの、ど、どうしてそんな『笑顔だけど目がまるで笑ってないからめっちゃ怖い顔』をしてるんでしょうか? お、俺、なんか失礼なこと……」
「………のせいか」
「は、はい?」
「あのクソエンカは、お前らのせいかーーーー!!」
「え、ちょっ……ぎゃーーー!!?」
腰を沈め、捻りを加えた拳を勢いよく突き出しました。それを真正面から顔面で受け止めた男が、勢いよく地面に倒れ後頭部を強打しました。ものすごい痛がっていますが、いい気味だとしか思いません。てか、もっと苦しめ。
え? 何をしているのか、ですか? 嫌ですね、尋問に決まっているじゃないですか。
あの盗賊団らしき三人組を、私は奇襲しました。無防備に背中を見せている方が悪い。
こっそりと背後に近づき、手に持った鋼鉄のナイフと初心者のナイフを三人いるうちの二人のこめかみに突き刺し、残った一人は背中を思いっきり蹴っ飛ばして転ばせました。
ナイフを刺した二人は、即死です。急所狙いと【不意打ち】がいい感じに作用したのでしょう。やっぱり暗殺者スタイルが向いているんでしょうか?
背中を蹴り飛ばした最後の一人はうつぶせに倒れていたので、背中を踏みつけて動けなくしたうえで首筋に剣を当てました。
そこからは、大体こんな感じです。
「――動くな、下郎。死にたくなければ、私の質問に答えなさい。余計なことをしたり、無駄な発言をしたら、折るわ」
「ヒ、ヒィ!? な、なんなんだよお前は!?」
「誰が口を開くことを許可したのかしら? はい、ワンアウト」
「ガァ!?」
「最初は軽く踏みつけただけ……。次はどうしようかしら? すぐに死んでしまったらつまらないし、そうね……骨を一本ずつ砕いていこうかしら? それとも、少しずつ皮を剥ぐ? ……ああ、お前の体を端から切り刻んで、それをお前が食べるというのはどう? 自分の体の味を知れる機会なんて、そうそうないわよ?」
「な………ッ!?」
「あら? また許可なく口を開いたかしら? よほどひどい目にあいたいのね。お前、被虐趣味なの?」
「……! ………!!」
「ふふっ。そう、それでいいの。それじゃあ、質問を始めるわ。……ああ、言っておくけど、嘘はつかない方が賢明よ? お前が嘘をついていると私が判断したら、その時は……分かるわね?」
「……!(こくこく)」
……とまぁ、こんな感じで盗賊Aさんは快く尋問に応じてくれました。これもすべて、私の人徳のなせるワザでしょう。異論は認めません。
とりあえず動けないように両手を背後できつく縛りあげた後、起き上がらせてからいろいろと聞きたいことを聞かせていただきました。
聞いたのは、主に盗賊団の情報です。敵を知り己を知れば百戦危うからずというやつです。
盗賊Aさんは仲間の情報を売ることに多少の抵抗を見せていましたが、先に死んだ二人の死体から首を切り取って目の前に転がしてあげれば、すぐに素直になってくれました。
一瞬前までさび付いた機械みたいだったのに、トゥルントゥルン口が滑る盗賊Aさん。顔を真っ青にして、盛大にどもりながら私の質問に答える姿を見ていると……なんだかこう、動悸が……これはまさか…………って、どう考えても嗜虐心ですね。私の中のドSソウルが燃え上がっています。
それは置いといて、盗賊Aさんから聞いた盗賊団の情報なのですが……構成人数十五人に加え、常駐している従魔が三十体ほど。森の奥の広場で天幕を張りそこを拠点にしているとか。
いやぁ、無策で突っ込んでいって勝てる相手じゃありませんね。数の暴力、実に恐ろしい。
となれば、夜になるのを待ってから奇襲でも仕掛けますかね? しかし、そうにしたって十五人全部をばれずにコロコロとはいきません。
むむむ……これはなかなか難易度が高いですよ? こちらの手札が圧倒的に足りないです。いっても詮無き事ですが、やはり銃が……って、これを言うのも何度目でしょうか。
ないものねだりをしたところで、欠けているピースが見つかるはずもありません。今ここにあるものを駆使して何とかするしか……ん? 今ここにあるもの……?
私の視線が自然と盗賊Aさんに照準を合わせました。私の右ストレートによって鼻血をだらだらと流し、痛みに顔を歪めている滑稽極まりない姿を見つめます。
「…………ふむ」
「え、ちょっ、何ですか? まだ俺何もしてないですよ!? な、なにか気に障ることでもありましたか? ちゃ、ちゃんと謝りますからやめてくださいお願いします殺さないで!!」
……うーん、凄いおびえられてますね。あの目は化け物を見る目です。花の乙女に向けていいものではありませんよ。失礼しちゃいます。私は悪役であって化け物ではないのです。
せいぜい、不意打ちで仲間を二人ころころして、首筋に剣を添えて脅して、素直になってもらうために仲間の首を切り落として目の前に転がし、ちょっと理不尽な感じで苛立ちをぶつけただけじゃないですか! 化け物扱いされるいわれがありません。
まぁ、私は心の広い悪役なので、その程度で怒ったりはしません。せいぜいナイフを盗賊Aさんの近くの木に投擲するくらいです。これはダーツ投げの練習ですから。他意はありません。ちょっと手元が狂って頬を掠めちゃいましたけど、お茶目な失敗です。他意はありません。ありませんよ?
さて、盗賊Aさんで遊ぶのもこのくらいにしておきましょう。盗賊団に対するいい案も浮かびましたから……ね。
私は、カタカタと震えながら涙と鼻血で顔をもっとぐちゃぐちゃにしている盗賊Aさんに話しかけます。
「ねぇ、お前?」
「殺さないで……殺さないで……」
「…………ふんっ」
「いだっ!? あっ、ご、ごめんなさいごめんなさい!」
「うるさい、口を閉じなさい。……そう、それでいいわ。ところで、お前に話があるのだけど、いいかしら? まぁ、拒否したらその瞬間がお前の終わりなんだけど」
「……! な、なんでしょうか! なんでも言ってくれ……いえ、言ってください! 俺に出来ることならなんでもします!!」
え、今何でもって言いました? ……ではなく。
私に対する恐怖に支配されている盗賊Aさんは実に従順です。まるで餌をもらうために媚び諂う犬畜生のように、血と涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃな顔に下手な愛想笑いを浮かべています。
「ふふっ」
おっと、思わず笑っちゃいました。だって……その姿があまりに無様で滑稽で……とってもマリス好みでしたので。
私は無様で滑稽な盗賊Aさんにとある『お願い』をしました。それを聞いた盗賊Aさんは目を見開き、口を半開きにしてうめき声を上げました。
「どう? 分かったかしら?」
「そ、そんな……。そ、それだけは! それだけは許してくれ……許してください! ほ、他のことならなんでもします! だ、だから……!」
盗賊Aさんは私の『お願い』がどうしても受け入れられないのか、額を地面に擦り付けてまで私に懇願してきます。さらに無様度が上がりましたね。けれど、さすがにそこまでされてしまったら、私も心を動かされて……。
――もっと酷いことがしたくなっちゃいました。
「アハぁ、だぁめ」
口元を邪悪に歪ませ、盗賊Aさんの頭を踏みつけます。ローファーの靴底で、盗賊Aさんの後頭部をぐりぐり。……ふむ、これが人の頭を踏みつける感触ですか。これは何とも……悪くない、ですね♪
さて、マリスになりきっている影響か、どんどん悪役らしい考えが浮かんできます。どうすれば目の前の存在を苦しめることができるのか、とかですね。
盗賊Aさんは自分の所属している盗賊団に対して、かなりの忠誠心を持っているご様子。しかし、痛みと恐怖で情報をぺらぺらと吐いてくれるところを見るに、その忠誠心も絶対というわけではないようです。まだ自分の命の方が大切なんでしょう。
「それだけは……それだけは……どうか……!」
「それをやらないというのなら、お前に待っている運命は死だけよ。でもそうね、それならこうしましょう」
そういって私は指先をナイフで浅く切り裂き血をにじませ、盗賊Aさんの首筋に『猫』と書きました。特に意味はありません。
それ自体に特別な力があるわけではない無駄な行為。けれど、この状況下ではとてつもない効果を生み出します。
考えてみてください。痛めつけられ、脅され、頭を踏みつけられた状態で、首筋に冷たいナニカが這いまわる。とても不気味ですね。
だから……、
「な、なにを……したんですか……?」
無駄で意味のない行為でも、『何かされた』と勘違いを起してしまうのですよ。
私は盗賊Aさんの頭から足をどかし、顔を上げる許可を与えました。
そして、ぐちゃぐちゃな顔を土と草でもっとぐちゃぐちゃにした盗賊Aさんへ、にっこりと笑いかけます。
「――今、お前に『呪い』をかけたわ」
さぁ、スキルにはありませんが……【言いくるめ】ロールです。