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 こそこそと身を屈め、茂みの中をゆっくりと移動します。音を立てないように、気配を漏らさないように。私は今、自然と一体となっています。


 隠密行動をしながら私が見つめているのは、丸まって気持ちよさそうに寝ている大きな影。茶色い体毛と丸っこい耳が特徴的な獣型魔物のベアでした。見た目はリアルの熊と大して変わらない気がします。


 フォレストウルフエンカ地獄から抜け出した私が次に出会ったのが、この睡眠中のベアでした。森の中で熊と出会うなんてまるで童謡のようですが、それはさておき。ベアはクエストの討伐対象でもあるので、さっさとコロコロしてしまおうと思ったのですが……。


 ベア、でかい。


 いや、大きいんですよ、ベア。全長三メートルくらいですかね? だいたいそれくらいです。私の約二倍ですよ。


 今の私では、真正面から相手をするのは少し厳しいモノがあります。無論、ナイフと格闘で勝てないとは言いませんが……まだまだこの森でしなければならないことはたくさんあるので、ここで疲労困憊になるのは避けたところ。


 そんなことを考えていた私に、ふと天啓が舞い降りました。別の言い方をすれば、アイデアに成功した、ですかね?


 その天啓とは。


 ―――せや、隠密行動からの奇襲で暗殺したろ! もしかしたら【隠れる】スキルが手に入るかもしれへんやん?


 というモノです。関西弁なのは気にしないでください。私にもよく分かっていませんが、何故か関西弁で思い浮かんだだけですので。


 ようするに、真正面から戦いたくないなら、暗殺すればいいじゃないというわけです。卑怯? なんとでも言ってくれて結構ですよ。私のキャラが騎士とかなら正々堂々と戦うこともやぶさかではありませんが、今の私はあくまで『悪役(マリス)』なのです。やれることはなんでもしますよ。


 そんなこんなで、私はこうしてこそこそしているのです。



「……【祝福の刃】」



 ベアとの距離は三メートルほど。ベアの近くに生えている木の裏手に回った私は、手にしたナイフに魔力を宿し、一撃の威力を強化します。


 狙うのは、眉間。熊の弱点としては最も有名な場所ですね。脳漿を掻きまわしてやりましょう。


 ベアの全長は三メートルほどですが、丸まって眠っている今ならその巨大さはあまり関係ありません。ふっふっふ、こんな場所でスヤスヤしている迂闊さを呪ってください。


 普通に接近してしまえば、眠り熊とはいえ流石に気づかれてしまうでしょう。なので、ここは上から攻めるとしましょう。


 今現在身を隠している木は、割りと低め位置にも枝が生えており、尚且つ表面がでこぼこしています。上を見てみれば、私の胴周りと同じくらいの枝が幾本も伸びています。その内の一本は、丁度熊の頭部の上に在りました。


 ここまでくれば、もう私のやりたいことは分かりますね? 


 ナイフを口に咥えた私は、音を立てないように木に上り、ベアの頭上の枝へと渡ると、ナイフを両手で握りしめ、ぴょんと飛び降りました。


 ―――グサリ



「ガッ……!?」


「さようなら、森のくまさん」



 ナイフはベアの額に深々と突き刺さりました。狙った場所に命中し、私の手に肉を貫き、頭蓋を砕く感触が伝わってきました。


 『落下の勢い+【祝福の刃】+きゅうしょにあたった』によって、ベアに大ダメージを与えました。そして、そのまま命を刈り取り、ベアは肉の塊になりました。解体によって手に入ったアイテムは『ベア肉』と『ベアの毛皮』、『ベアの爪』に『ベアの牙』。結構な量ですね。


 さて……寝ているベアの討伐には成功しましたが、これは望外の幸運というやつでしょう。今度は真正面から戦うことになると思いますし、しっかりと対策を考えておきましょう。


 あの巨体から繰り出される一撃の威力は絶大。当たってしまえばひとたまりもありません。【防害の盾】があるとはいえ、受け止めるのは危険でしょう。耐久のステータスには自信がありませんし。


 ならば、戦い方は一撃離脱を繰り返すヒット&アウェイが最適解でしょう。巨体であるということは、威力や耐久の面では優れていますが、小回りが利かないという欠点が存在します。


 そして、私は同年代の平均身長よりも小柄です。すばしっこさにはそこそこ自信があります。ベアの攻撃をかいくぐりつつ、ナイフで相手の関節や筋を狙って攻撃を当て、徐々に命を削っていく。……面倒ですが、確実性がありますので、この戦い方をすることになるでしょう。


 銃が普通に使えれば、近づく前に脳天を打ち抜いたりすることも可能なんですけど……ないものねだりをしていても意味はありませんし、今あるものでできる最善を突き詰めていきましょう。


 自分より巨大な存在との戦闘の練習にもなりますし、手を抜かず全力を尽くしましょう。


 ふむぅ……回避の際に、木を盾にすることで相手の行動を制限したりすることもできそうですね。次のベアでいろいろと試しましょうか。


 クエスト達成に必要な討伐数は五。あと四体、あと四体と思いながら森の中を歩いていると、ほどなくして二体目のベアとエンカウントしました。


 さぁ、どこからでもかかってこーい! という気概でベアに近づいた私は、しかし目の前の信じがたい光景に思わず「ひぇ?」と間の抜けた声を零してしまいました。


 それもそのはず。私が発見した二体目のベアは、まるで一匹目の焼き増しのごとく、体を丸めて夢の世界に旅立っていたのですから。



「……ぐ、偶然ってあるものなのね」



 思わず漏れ出た声を、はっとしてすぐに閉じます。不用意に声を上げたら、ベアが起きてしまう……! しかし、そんな私の心配をよそに、ベアは微塵も起きる様子がありませんでした。敵を目の前に熟睡とかいい度胸してますね。

 

 少し釈然としないもの感じながらも、あの犬畜生地獄を抜け出した私に神様がご褒美をくれたと無理やり自分を納得させます。……今の私、一応ながら信仰しているのは全知全能にして白痴の魔王様なんですけど、あの神様がご褒美なんかくれますかね? 深く考えるのはやめておきましょうか。


 考えていた戦い方が無駄になったのを残念に思いつつ、先ほどと同じように木に登り、落下の勢いをつけた刺突で急所を穿ち、ベアを殺しました。戦利品は先ほどのラインナップに加え、『ベアの掌』というアイテムが手に入りました。


 ……珍味? 確か、かなり時間をかけて調理しないと食べられないんでしたっけ? 初めて詳しく調べた時は驚きましたよ。海ブドウみたいな感じで、姿形が似ているからそう呼ばれているものだとばかり思っていましたので。


 そんなどうでもいい思考を早々に打ち切り、私はさらなるベアを求め森を進みます。


 次こそは、そんな決意を抱きながら……。


 しかし、現実は残酷なものでした。



「……またなの?」



 三体目のベアは、仰向けになりのんきにいびきをかいていました。


 もう木に登ることすらせず、眼球を貫きその向こうの脳みそを引っ掻き回しました。



「…………また、寝てる」



 四体目のベアは、浜に打ち上げられたトドみたいな感じで転がっていました。


 ナイフで刺すだけでは芸がないので、近くに生えていた木の幹を【祝福の刃】で切断力を高めたナイフでざっくざくし、三分の二くらい削れたところでベアのいる方へ思いっきり蹴飛ばします。ビキビキという音とともにぶっ倒れた木はベアの脳天に直撃し、ぐちゃっと赤い花を咲かせました。わぁ、きれい(遠い目)。



「…………」



 五体目のベアは……ああ、はい。もう言わなくてもいいでしょう。寝てたので、殺しました。以上です。


 ……あの、私何か悪いことしましたかね? 犬畜生地獄に始まり、今度は睡眠熊地獄。この森は何か私に恨みがあるんでしょうか? いい加減にしないと燃やしますよ?



《プレイヤー:マリスはこれまでの経験によりスキル【不意打ち】を習得しました》



 おっと、ここで追い打ちですか。こちとら真正面からの戦闘を望んでるんですよ? にもかかわらず手に入れたスキルは【不意打ち】とか皮肉にもほどがあります。システムにまで嫌われているようで何よりです。


 ……って、私は世界を滅ぼそうとしてる悪役でしたね。この世界に嫌われて当然でした。クソエンカも、出したやる気がことごとく空振りするのも、イラっと来るタイミングでのスキル習得も、全てそれが原因……ということにしておきましょう。私の精神衛生上、それが一番です。


 ため息を一つつき、気持ちをリセットします。もうこうなったら暗殺者スタイルを極めちゃいましょうか……と現実逃避気味に考えていると、私の視界の端に、何やら光るものが映り込みました。


 これは……【目星】ですね。このスキル、自動発動とかするんですね。


 とりあえず、光っている場所を覗き込みます。



「これは……何かしら?」



 茂みの中に隠れるように置かれていたのは、半分ほど食い千切られた肉塊でした。明らかに人の手が加わった形をしています。


 なぜこんな場所にこんなものが? そう思いつつ、私はその肉塊をイベントリに収納します。


 えっと何々……? アイテム名は『罠肉』……ですか。無味無臭の睡眠薬が仕込まれており、食べた獲物を深い眠りに誘う……だそうです。


 ふむ、どうしてこんなものがここに? 猟師が仕掛けた罠……という可能性もありますが、なにか違和感があります。


 なんというか……雑、なんだと思います。猟師が仕掛けた罠にしては、置いてある場所とか、仕掛けた方とかが考えられていない。獣は賢いですから、こんな風に無造作な罠には、一回目は引っかかっても二度かかることはないでしょう。

 

 猟師が仕掛けたのでないのなら……プレイヤー? いえ、プレイヤーなら罠なんてまどろっこしいことはせずに、直接殴るでしょうし。あいつらは脳筋。違いない。


 猟師でもプレイヤーでも無いとなると……ああ、そういえば。いましたね、該当しそうな者が。いえ、者たち、というべきでしょうか?


 私が一つの答えにたどり着いた直後、まるで狙ったかのようなタイミングで私の耳がこちらに近づいてくる足音を捉えました。【聞き耳】が発動したようです。


 足音は、三つ。三人分の気配が聞こえます。……気配が、聞こえる? いえ、深く考えないようにしましょう。


 私は音を立てないように茂みの中に身を潜め、気配の主が現れるのを待ちます。距離はさほど離れていませんので、すぐに彼らは姿を現しました。


 ……いえ、『彼ら』なんて呼称はふさわしくありません。『奴ら』か『彼奴ら』で十分でしょう。


 私の視線の先、先ほどまでベアが寝ていた場所には、三人の男。



「チッ、ここも外れかよ」


「たくっ、どうなってんだよ。せっかく罠を仕掛けたってのに、全部空振りじゃねぇか」


「このままじゃ、お頭の怒りを買っちまう。捕まえたベアを従魔にして戦力にする計画が……」



 薄汚れた格好に、手入れのされていない武装を身に着けた、人相の悪い男たち。


 十中八九、クエストにあったこの森を拠点にしている盗賊たちでしょう。向こうから出てきてくれるとは都合がいいですね。


 この森に入ってから、溜まりに溜まった鬱憤……晴らさせていただきましょうか。


 

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