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『北東の森』。
草原や山脈街道よりも出現する魔物が強く、数も多いです。それに加え、天然の障害物が大量にあるので、戦い難さもひとしお。難易度は段違いといっていいでしょう。
森に足を踏み入れた私は、あたりを警戒しながら慎重に進んでいきます。木々の隙間は一メートルもなく、遠くまで見通すことはできません。日光が遮られているせいで薄暗く、さらに視界が悪くなっています。
木の幹の影、背の低い茂み、生い茂る葉の中と、隠れられそうな場所はたくさんあります。いつ魔物が飛び出してきてもいいように、すでにナイフは抜刀済みです。
枝から垂れ下がる蔦や地面から飛び出した根っこが動きを阻害してきますし……これは、予想以上に環境が悪いですね。うーん、ちょっと動きを確認しておいた方がいいかもしれません。
というわけで、森の中での戦い方を確認します。各方位に注意を払いつつ、あまり大振りな動きはしない。最短、最小限の動作を行います。また、幹や枝を使った三次元的な動きもやろうと思えば出来そうでした。気分は忍者ですね。
そんな風に、歩きながら森での戦い方を模索していると、さっそく最初のお客さんが現れました。
「グルルルル……」
「ガゥ! ガゥ!」
「あら、獲物が自分から来てくれるなんて、運が良いわね」
森での初エンカウントは、周りの景色に溶け込むような深い緑色の毛皮を持つ狼でした。依頼対象のフォレストウルフで間違いないでしょうか? 森に出てきて、緑の毛皮をしている。多分間違いないでしょう。これでグリーンウルフとかいう別種だったら怒りますよ?
現れたフォレストウルフは五体。『フォレストウルフの討伐』を達成するために倒さなくてはいけない数は三十。つまりこの襲撃で六分の一が賄えることになります。それを楽が出来たと言えるのかどうかは、フォレストウルフ……森狼の強さ次第ですね。
「さぁ、かかっていらっしゃい。獣畜生ども」
挑発的なセリフと共に前に出した手をくいっ、としてやると、森狼たちは瞳に怒りを宿らせて襲い掛かって来ました。
五体の森狼のうち、戦闘にいた二体がまず飛びかかってきます。私との距離は十メートルもないくらい。四足歩行の獣にはあってないような距離です。
左右から襲い掛かってくる森狼Aと森狼B。牙を向き、爪を光らせ私の肉を裂かんと殺意を叩きつけてきました。落ち着いて、順番に対処していきましょう。
まず、私の左肩を狙っている森狼Aを、右側に動くことで回避します。さらに。間髪入れず私の右脇腹を斬り裂こうとする森狼Bに右拳を突き出します。狼の前脚と人間の腕。リーチの分はこちらにあります。
「せあ!」
「ギャンッ!?」
私の右拳が森狼Bの額をカウンター気味に打ち据えました。
森狼Bは情けない鳴き声を上げながら地面を転がっていきました。それを見送ることなく私は左手のナイフを背後に一閃。二度目の噛み付き攻撃をしてきた森狼Aを斬り裂きます。ふふっ、一度目を避けられた後、ターンしてもう一度襲い掛かってきていたのは見えていましたよ?
ナイフでの一撃は大したダメージにはなっていませんでしたが、森狼Aを怯ませることはできました。
しかし、ここで気を抜けばすぐさま死神のお節介になってしまいます。すでに森狼Cと森狼Dが私の左右から挟撃を仕掛けてきているのですから。
いつの間に移動していたのかは分かりませんが、『きっと来るだろうな』と意識をしたうえで警戒を解かなければ避けられないモノではありません。前に飛んで森狼C、Dの狙いを外します。
そして、頭上に向かって右手を伸ばしました。
「ガァッ!!」
「【防害の盾】」
「ガァ!?」
不可視の防壁によって、頭上から奇襲を試みていた森狼Eは運動ベクトルを崩され、頭から地面に墜落しました。おっ、丁度いい場所にありますね。ほーら、追加ダメージですよー、と胴体を蹴り付けました。わりと勢いよく吹っ飛んでいく森狼Eは、近くの木に背中を打ち付け……あー、あれは痛い。
さて、一通り森狼たちの攻撃をいなしてみて分かったのですが……あんまり強くないですね。
いやまぁ、確かに草原や街道に出てきた魔物に比べ、ステータスは高めですし、連携も様になってはいますよ? けれど、脅威とは思えないんですよねぇ。
まっ、これも私が強過ぎる故といいますか? 調子に乗るつもりはありませんが、自分を卑下する趣味もありませんので、はっきりと言ってしまいましょう。森狼、貴方たちは私よりも弱いです。それこそ、五対一に加え相手のテリトリーでの戦闘という不利な状況でありながら、危機感がこれっぽっちも働かないくらいに弱い。
「この程度なのね、フォレストウルフ。期待外れもいいところだわ」
別にフォレストウルフに期待していたわけではありませんが、これまでまともな戦闘が出来ていなかったので、森での戦闘は本格的なモノになるのでは? という思いがあったのは確かです。
それが、蓋を開けてみればこの有り様。がっかりするのも仕方がないというものです。
森狼の底は知れました。さっさと殲滅してしまいましょうか。
「獣畜生? 貴方たちには過ぎた呼称だったようね。この程度だったら、雑魚犬で十分ね」
「「「「「……ガァアアアアアアアアアアアアッ!!!」」」」」
どうやら、雑魚犬はお気に召さなかった様子ですね。大層にお怒りなようで。
「【祝福の刃】」
魔術を使い、ナイフに魔力を纏わせます。両足を少し開き、腰を落としました。戦闘態勢です。
「さぁ、来なさい雑魚犬。せいぜい可愛がってあげるわ」
私の言葉に、怒りをさらに強めた森狼たちが襲い掛かって来ました。怒りのせいか、さっきよりも動きが単調でさらに弱くなっている気がしますが……。
とりあえず、殲滅してしまいましょう。
《プレイヤー:マリスはこれまでの経験によりスキル【挑発】を取得しました》
……私、そんなに煽ってますかね? システムさん?
◇◇◇
森狼の群れをコロコロした私は、その後も森の中を進みます。
出てくる魔物はフォレストウルフ、フォレストウルフ、森狼ときてフォレストウルフ。
……おおん? この森には狼しかいないんですか? 『北東の森』とかいう名前でしたよね? 『フォレストウルフの森』の間違いでしたっけ? あ?
「……死になさい、犬畜生」
「ぎゃんッ!?」
これで七度目の襲撃、都合四十三匹目の森狼の背中を思いっきり踏みつけます。戦い方が随分と荒っぽくなってしまいましたが、音速を超えたストレスを発散するためなので、仕方がないことです。
今まで散々ダメージを与えられ、満身創痍だったフォレストウルフはその一撃で命を散らしました。そのまま収納し、解体を実行。四十三枚目の毛皮と八十六個目の爪をゲットです! ……いや、すでにクエストの達成条件は果たしていますし、お金にしかならない毛皮や爪を手に入れても嬉しくないんですけどね?
それでも、モチベーション維持のために無理矢理テンションを上げていきます。さぁ、次こそはフォレストウルフ以外の魔物が出てきてくれるはずっ! というか、いい加減出てきてください!!
と、内心で絶叫しながら森の中をずんずん進んでいきます。もうかれこれ二時間近く森の中を歩いているので、そろそろ森の中腹に差し掛かる頃でしょうか?
きょろきょろとあたりを見渡してみると、やはり景色が少し違いました。木が太くなり、全体的に緑が濃くなっています。差し込む日光は半分以下、薄暗い中をサーチライトのように照らす陽光はかなり幻想的で、思わず見惚れてしまうほどでした。……今しがた、木の影から犬畜生どもが現れるまでの一瞬の話ですが。
「ガウガウッ! アォーーンッ!」
「グルウウウ……ガゥ!」
「……死ね」
結局、私のフォレストウルフ地獄は、キルスコアが三桁に達するまで続いたのでした。
しかし、初エンカウントのゴブリンといいあのナンパ男といい……やだ、私のエンカ運悪すぎ……?