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 目を覚ました私は、宿屋の食堂で朝食を食べ、すぐにギルドへと向かいました。『北東の森』の詳しい情報が欲しいのと、森で受けることのできる依頼を探すのが目的です。


 まだ早い時間ですが、かなりの人数がギルドにはいました。ギルドに入って来た私を見て、ヒソヒソと何かを話している人もいました。……たった一日で、随分と注目されるようになってしまいましたね。この調子だと、また絡んでくるような輩が出てきそうです。レベリングが十分に終わるまでは、森にこもりっぱなしでもいいかもしれませんね……。よし、テントと食料も買いに行きましょう。


 依頼の髪が張り付けられているボードに近づき、『北東の森』に関する依頼を探します。ふむ……『フォレストウルフの討伐』、『ウォーモンキーの討伐』といった討伐系や、『癒し草の採集』、『ジャイアントハニーの採集』などといった採集系。あっ、『盗賊団の討伐』と言うのもありますね。あれは受けておきましょう。


 むむむ、と考えながら、私が選んだのは『フォレストウルフの討伐』に『ベアの討伐』、そして『ジャイアントハニーの採集』と『盗賊団の討伐』です。


 盗賊団は言わずもがな。討伐系二つは、森の比較的浅いところで戦えるそうなので、訓練初日のメニューとしては最適と判断しました。


 『ジャイアントハニーの採集』は……まぁ、私が欲しいから、そのついでですね。


 ジャイアントハニーは、ジャイアントビーという蜂型の魔物からとれる、甘みの強い蜂蜜らしいです。


 そう、甘みの強い。ここ重要です。


 自分の精神性が他人に比べておかしいことになっているのは自覚していますが、そうは言っても私も女の子の端くれです。人並み以上に甘いモノが好きなのです。


 ですが、この『始まりの町』には甘味があまりに少ない! 少なすぎるんです! ……失礼、少し興奮してしまいました。ええ、これもすべてこの町の甘味の供給体制が整っていないのが悪い。


 商店街のような場所はあらかた見て回りましたが、甘味を扱っている店はほとんどなく。甘いものと言ったらよく分からない桃色の果実くらいでした。……まぁ、それはそれで美味しかったんですけどね? 強い甘み。けれど、仄かに感じられる酸味が……って、そうじゃないですね。


 まぁ、あっさりと言えば、甘いものが食べたいんです。蜂蜜なら、パンに塗って食べれるだけでも美味しそうですし。


 というわけで、この四つの依頼をもってカウンターに移動します。受付嬢はご存知トーリさん。今日もたらんと垂れたケモ耳と、朗らかな笑みが大変キュートです。


 トーリさんは私がカウンターに近づいたことに気づくと、にっこりと笑いかけてきてくれました。



「マリスさん、おはようございます。まだ早いのに依頼にお出かけですか?」


「ええ、おはよう。早いと言っても、もう結構な人が来てるじゃない。それほどじゃないでしょ? あっ、依頼はこの四つでお願いするわ」


「あはは、それもそうですね。えっと、依頼は『フォレストウルフの討伐』、『ベアの討伐』、『ジャイアントハニーの採集』、『盗賊団の討伐』の四つでよろしいですか?」


「ええ、あってるわよ」


「承りました。依頼はどれも期限が三日になっております。期限を超えてしまうと依頼失敗となり違約金が発生しますので、注意してください。……では、マリスさん。頑張ってくださいね?」



 テンプレート通りの注意を口にした後、トーリさんはにっこりと笑みを浮かべ、優しく激励の言葉を送ってくれました。その言葉だけでやる気が俄然と出てきましたよ。やっぱりかわいいは正義ですね。


 トーリさんの「頑張ってくださいね?」に内心でテンションマックスになった私は、そのまま勢いよくフィールドに向かおうとして……おおっと、買い物を忘れるところでした。いけないいけない。


 まず買わなくてはいけないのはテントです。これは、プレイヤーが街の外で安全委ログアウトするために必要なアイテムで、これが無いとログアウト後のアバター残留時間に魔物にコロコロされてしまい、ログインと同時にデスペナルティを受けた状態で教会に……なんてことになってしまいます。


 テントを手に入れるために向かったのは、ポーションなどのアイテム類を販売しているアイテムショップ……ではなく、魔道具を販売している魔道具店です。なんでもこの世界のテントは魔法の付与された特別性のモノらしく、普通のアイテムショップでは取り扱っていないとか。


 ……という話を、最初に尋ねたアイテムショップで店員さんに教えてもらいました。情報を教えてくれたお礼に、ポーションをいくつか買っておきました。


 気を取り直して向かった魔道具屋は……なんというか、とても分かりずらい場所にありました。大通りから外れた路地を二回か三回ほど曲がり、かなり入り組んだ場所にぽつんと建っている石造りの建物がそれでした。


 一応看板が出ていて、魔道具屋だということはすぐに分かったのですが……雰囲気が、とても暗いです。それに、なんだかジメジメしています。キノコとかが好きそうな雰囲気ですね。


 入るのに若干の勇気がいる感じの建物ですが、入らないわけにもいきません。意を決して、横開きの扉を開きました。ガラガラッ、と大きな音が鳴り響きます。


 そうして踏み入れた店内は……はい、妖しさ満点です。そこら中によく分からない薬品の瓶が置いてあって、魔物の一部らしき燻製やホルマリン漬けが飾られています。ガラス製のショーケースの中には悪趣味なデザインのアクセサリーが並んでおり、触るだけで呪われそうです。



「…………ふぇふぇふぇ、お客さんかね?」



 店の中に足を踏み入れた私に、そんなしゃがれ声が聞こえてきました。突然聞こえてきたそれに思わずビクッと肩が跳ねます。


 慌てて近くの戸棚に向けていた視線を、声のした方向に移動させます。そこには、薄暗くてよく分かりませんでしたが、一人のおばあさんがいました。店内よりも一段高くなっているところにちょこんと座っており、おばあさんの前に置かれた低いテーブルには、『いかにも』な水晶玉が鎮座しています。本人の衣装も真っ黒なローブに先っぽの折れた三角帽子なので……見た目は、『魔女』そのものです。


 そんな魔女のおばあさんは、私が驚いていることを見抜いたのか、「ふぇふぇふぇ」とおかしそうに笑っています。



「……コホン。あ、貴女がここの店主かしら?」


「そうだよ。可愛く怯えていたお嬢さん? 気丈にふるまう姿も中々だが、あの一瞬だけ見せた怯え顔は格別だったねぇ。ふぇふぇふぇ」


「……きょ、今日は買いたいものがあって来たの。外で使えるテントは売っているかしら?」



 なんとなく、ヤバめな雰囲気を感じるおばあさんの言葉を極力気にしないようにしながら、そう注文をします。



「おやおや、強がってしまってまぁ。そんな可愛い姿を見せてくれたお礼に、ちとサービスしてやろうじゃないか。テントだったかい? 一番小さいサイズは五万エリン。これは本当に寝るだけのスペースしかない奴だね。ベッドと簡易的な調理設備付きだと十万エリンだよ。どっちにする?」



 ふむ……お金に余裕はありますし、ここは十万エリンのやつにしておきましょうか。しかし、ベッドと簡易調理設備付きとはどのくらいの大きさなのでしょうか?このお店、外から見た限りそんなに大きいようには見えませんし、どこにそんなものが置いてあるんでしょうかね。



「そうね。せっかくだし、十万エリンの方にさせてもらうわ。ちなみに、それってどのくらいの大きさなのかしら?」


「大きさかい? 大きさはこんなもんだよ、ほれ」



 そう言っておばあさんが取り出したのは……ビー玉とピンポン玉の間くらいの大きさの赤色のボールでした。……テント?



「えっと、これのどこがテントなのかしら?」



「ふぇふぇふぇ。その反応を見るに、お主はつい最近現れたという異界人かの? ならわからんくても仕方ないの。これは収納玉といって、空間の魔法が付与されておるのじゃ。で、この中にテントが収納されておるというわけだの。ちなみにじゃが、中のテントも広さが魔法で拡張されとるからの」


「収納に、空間の拡張ねぇ……。そんなことが出来るのね」


「まぁの。この国……イーリアス聖王国は昔から時空魔法の研究に熱心でのお。その研究成果がこうして反映されとるわけだ。そのテントもこの国だからこそその値段だが、他国なら倍じゃきかんぞ?」



 あっ、この国の名前ってイーリアス聖王国って言ったんですね。初めて知りました。……最初に調べた国の名前が、自分が今いる国じゃないってどうなんでしょうね? まぁいいですけど。


 とりあえず、色々と教えてくれたおばあさんにお礼を言い、テントの代金を払ってお店をでました。


 その足で色々と食料を買いあさった私は、二度目となる『旅立ちの草原』に向かいました。


 親切な門番さんに挨拶をして、門をくぐった私は、まっすぐに北東に向けて歩き出します。


 視界の先には、薄っすらとですが、すでに森らしきものが見えているので、迷うことは無いでしょう。途中ででてくる魔物を……って、またゴブリンしか出てきませんね。いい加減にしてくれませんか?


 途中で現れるゴブリンを八つ当たり気味にコロコロしつつ、歩くこと三十分。薄っすらとしか見えてこなかった森が、だいぶはっきりと見える様になりました。


 このあたりになると出てくる魔物にも変化がみられるようになり、鋭い角を額から生やした『チャージラビット』や二足歩行をするネズミ『ラットマン』。身体が大きく、突進攻撃を仕掛けてくる『グラスホーン』など獣系が多いみたいですね。


 とはいえ、強さ的にはそれほどでもありません。


 チャージラビットの角でつく攻撃をひらりとかわし、着地を狙ってナイフを突き立てます。一撃では流石に倒せないので、膝で胴体を抑えつつもう一回、もう一回とナイフでぐさぐさし、計四ぐさぐさで倒すことが出来ました。


 ラットマンは二体から三体の集団で現れます。とはいえ、連携をとってくるわけでもなく、ただ闇雲にツッコんでくるだけ。牙を向いてくる顔面を靴底で蹴り飛ばし、飛びかかり攻撃はすれ違いざまにナイフでザクッと。素早い動きで行動を見破られにくくしてきましたが、残念、【防害の盾】の前では無力です。


 グラスホーンは……二本の鋭い角は確かにいたそうでしたが、攻撃が直線的すぎます。頭を向けたほうに全力疾走で突っ込む。これだけですよ? カウンター気味に足を斬り付けてやれば、お得意の突進攻撃もできずにもがくだけです。あとはそこをぐさぐさぐさー! フッ、完全勝利です。


 そんな感じで、新たにエンカウントするようになった魔物をかるーく捻りつつ、さらに歩くこと三十分。やっと森の入口が見えてきました。


 こうして近づいてみてみることで分かるのですが……この森、生えている木がどれもこれも大きいです。高さは三十メートルは優にありますし、太さだって私が両手を広げて三人分はあります。


 鬱蒼と生え茂る緑に、巨大な木。自然というモノの雄大さをまざまざと見せつけてくるような……『北東の森』は、そんな場所でした。


 見ているだけで、気圧されてしまいそうな……いえ、駄目ですね。そんな弱気じゃ。



「ふぅ……尻込みしてもしょうがないわね。さぁ、レベリングを始めましょう」



 そう気合を入れた私は、深い森に足を踏み入れました。

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